【3686】 全然似てないぐだぐだ誰にも止められない  (くま一号 2012-09-02 12:36:31)


【降誕祭の奇跡シリーズ】
【No:3554】→【No:3684】→【No:3685】→これ【No:3686】
#注意:あくまでもフィクションですので、文中の医学的記述に裏付けはありませ(ry



「ねえ、奇跡って信じる?」


あの人は最初から嘘をついていたんだよ。
だから、あなたをあの人には渡せない。
お願い、信じて。
わたしの奇跡だけを信じていてほしいの。


 †  †  †


 今日子

 知らなかったってばーー。盲腸の手術が全身麻酔じゃないなんて。
お姉ちゃんの手術のあといろいろ調べたのにこれは知らなかった〜〜。

 だってさ、だってさ、おなか切るんだよ! おなか!
ほんとに感じないの?

「切っているところの痛みの感覚はありません。なんかごそごそしてるな、くらいのものですね。心配いらないですよ」
 心配しますって〜〜〜〜!
 ごそごそってなによ! ごそごそって!

「全身麻酔も選べますけれど、できることなら避けたいんですよ。局所麻酔を強くお勧めします」
 ひかりさんの眼の手術の時とは条件が違うよね、小学生だもんね、お腹は見えないもんね、はぁ。
「大丈夫よね、今日子」
「………………はひ……」
「局所麻酔でお願いします」

「わかりました。それでは、お母さんは入院受付で手続きをお願いします」
「ご案内します」と、看護士さん。
「あ、その前に手術の承諾書を読んで署名をお願いします。本人がここ、保護者の方がその下の欄に……」
 サインしましたよ。ええ。しましたっ!!
全部お任せしますからお願いしますっ。
三田今日子、逃げも隠れもしませんっ!
明日の朝、腹、切られます。

 おなか痛いし。


 †

 入院の手続きを終えて、病室に案内された。
ストレッチャーに乗ったままエレベータに乗って病棟階へ。
エレベータを出たら、扉を開けるとその階のナースステーションの前。
思い出してきた。五年前と全然変わらない風景。

 看護士さんが出てきて、ご挨拶。
「三田今日子さんですね? お母様ですか」
「はい」
「今日子の母親です。お世話になります」
「第一外科病棟ナースの斉藤愛子です。よろしくお願いします」
「あ、よろしくお願いします」

 はきはきした口調。栗色のショートヘアに意志の強そうな目。
二十代後半くらいかな? 看護婦さんってどうして美人が多いんだろう?
白衣の腕に二本、紺色の線が入っているのは主任の印。
お姉ちゃんの頃はナース帽につけてる人が多かったんだけど、最近かぶってないひとが多くて、斉藤さんもかぶってない。

「お母様はこちらへおいでください。多少の手続きと注意事項の説明がありますので」
内科から案内してきた看護婦さんに言われて、お母さんはナースステーションへ行った。
私はそのまま、すぐ目の前の病室に入ってベッドに寝かされた。その日のパジャマはお母さんが持ってきていて着替えた。
 救急車に乗るときに、着替えとか歯ブラシとかを鞄に入れてるっていうのが、慣れていると言っていいのか動転していたのか微妙だ。
 斉藤さんが、用意のできていた点滴をする。私って、針を刺すところの静脈が細いらしくて採血とかの時に看護士さんが苦労するんだけど、ベテランらしく一発ですんなりいった。

 その斉藤さん、私の顔を見ていてちょっとなにか考えたようだった。
「今日子ちゃんは、手術、初めてかな? 前にここに入院したことある?」
「いいえ、手術も入院も初めてです」
「そっか。心配しなくてもまかせてれば終わっちゃうからね。まあ今は心配だろうけど、今夜はゆっくり休んでね」
「はい」

「どうしても眠れない時のために、睡眠薬の処方が出てるわ。なんなら今から飲んどく?」
 ちょっと考えたけど……とりあえず痛み止めが効いてるし……
「いいえ、眠れると思います」
「そう、もし眠れなくて頭ぐるぐるになっちゃったらナースを呼んでね。トイレも一人で行けないようだったら遠慮しないですぐ呼んで」
「はい、ありがとうございます、斉藤さん」
「あ、私、愛子ちゃんでいいから」
「あ……いこ……ちゃん?」
「そう。あと、お姉さんは許すけどおばさんは禁止だから」
「……はい、愛子お姉さん」
「よろしい。うふふふ」
 手術前の患者の緊張を解くのも看護士の仕事のうちだというのはわかってるけど……いいんですかね、これ。
 病棟は9時の消灯時間を過ぎてるんですよ?

お母さんが戻ってきた。
「それじゃあ、明日の朝来るからね。楽にしていればいいから」
「うん、大丈夫だよ。お母さんこそ、帰り、気をつけて」
「今日子はなんにも考えないでゆっくりおやすみ」
「おやすみなさい」


 †


 で、結局、眠れない。
不安? うん、めちゃくちゃ不安。
 ひかりさんとお姉ちゃんもそうだったんだろう。
まだ十時前だもん、小学生だったひかりさんはまだしも、高校生は普通起きてるって。それに、おなかすいたよぉ。しばらくまともなものは食べられないよね、きっと。
 こんな時間に他の人に話しかけるわけにもいかないし、まさか愛子ちゃんに泣きつくようなみっともないことはできないし。ひかりちゃんもお姉ちゃんも、由乃ちゃんも、不安を抑えて頑張ったはずだ。

 それならいっそこのさい、この部屋でお姉ちゃんがどうやってキョウコさんになったか、ゆっくり考えてみようじゃないか。

 いまいる部屋は、五年前にお姉ちゃんとひかりさんがいたのと同じ部屋。これは偶然ではなくて『明日手術するための緊急入院!』なんて飛び込み患者はここになることが多いそうだ。
 目の手術をする小学生みたいな『やっかいな』患者もそうだ。ナースステーションから一番近いから。
 六人部屋で、私は廊下から見て左側の真ん中。ちょうどひかりさんがいたのと同じベッドになった。

 謎のひとつは、キョウコさんの声がひかりさんのすぐ近くに聞こえたこと。

 この理由は意外にすぐわかった。
 隣の廊下側のベッドとの間のカーテンが開いたままになっている。今は隣は空いている。五年前、ひかりさんはここに耳の遠いお婆さんが入院していると思っていたようだけれど、違う。それは私が覚えている。お姉ちゃんがここにいたんだ。斜め向かいのその日まで空いていたベッドではなくて。
 隣はベッドのスペースが違う。廊下側に少し突き出た部屋の形のせいで隣だけが広いのだ。

 この総合病院、完全看護ということで夜間は家族が付き添うことができない。だからよほどのことだったと思うんだけど、お母さんはその晩病室に泊まった。廊下側の壁際にお母さんのための簡易ベットが置かれたから、たぶん、そのためにベッドを代わったんだね。
 お姉ちゃんはカーテンをはさんでひかりさんのすぐそばにいたんだ。それも、お母さんのベッドを入れた分カーテンに寄ってただろうから、ほんとにひかりちゃんの耳元にいたんだよ。
 これは大発見。

 私はお姉ちゃんのベッドよりも病室の奥に入ることはなかっただろうと思う。だから、残念ながら小学生のひかりちゃんのことは覚えていない。お姉ちゃんよりもわたしの方が不安で泣いていたから、会っていても覚えていなかっただろう。
 お母さんはひかりちゃんのことを覚えているだろうか。私と一緒に一度家に帰って、お母さんだけ着替えとかいろいろ持って引き返したから、ひかりさんがお姉ちゃんと話したのはその間のことに違いない。
 お母さんが病室に戻ったときには、ひかりさんは寝ちゃってたんだ、多分。

そして私は……そうやって考えているうちに、寝ちゃってたんだ、多分。


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〔五年前の六人部屋の図〕
(携帯で読んでる人ごめん)

  ┃ナースステーション
  ┗━━━━━━━━━┛
←この先エレベータ
               廊下
↓担架とかがある        
_______┏   ━━━━━━━━━━
━━━━━━━┛   簡易ベッドが置ける  ←三田母が泊まり込んでた。
[_空きベッド_]  [耳遠お婆ちゃん]  ←本当は明日美がいた。
〜〜〜〜〜〜〜〜 〜〜〜〜〜〜〜〜
[いびき美人OL]  [_黒須ひかり_]  ←今、今日子がいる。
〜〜〜〜〜〜〜〜 〜〜〜〜〜〜〜〜
[骨折女子大生 ]  [小太り中年女性]
〜〜〜〜〜〜〜〜 〜〜〜〜〜〜〜〜
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
          窓側 
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〔図おわり〕



 †


 翌朝、目が覚めたらお母さんが来ていて。

 手術はあっさり終わった。麻酔を注射するところから数えても一時間もかからなかったんじゃないかな。
背中に刺す麻酔の注射がものすごく痛かったのと、手術台についている棒に両方の手つかまらせられてたのが、後でぎっちり握ってて放すのが大変だったのを妙に覚えているくらい。麻酔は効いてるのにごそごそしてました。うん、なんかお腹の方でごそごそしてた。ごそごそで今切ってるのかなーとか想像しないように必死で押さえてた。

 由乃ちゃんもひかりちゃんも、意識はなかったとはいえこんな程度じゃなかったんだろうなあ。
 由乃ちゃんが冗談みたいに言ってたけど、心臓の手術って、手術中は心臓止めておいて人工心肺使うんだって。心臓止まっても人間生きてるんだね……。局所麻酔で手術中のことを覚えていた方が実は気が楽なんだってなんか実感した。


 手術が終わって、ベッドに乗せられて、ベッドごとそのまま病室に入った。
 あのねあのね、戻ったところはもとの病室じゃなかったの。
 お姉ちゃんの場合ICUに入ったから病室移ったので例外だと思ってたけど、そうじゃなくても病室って都合で変わるんだね。キャスター付きのベッドで患者を乗せたまま簡単に動かせるの。

 定番の、手術前にどことか剃られてどーこーとか、その日のおしっこのこととか、おならが出たらお祝いとか、そういう話は乙女の秘密なのでしない。絶対にしない。いま詳しく聞きたいと思った人はグラウンド20周くらいランニングしてきなさい。ただ、私は重湯(手術後最初の食事だった)が嫌いだぁ! とだけ叫んでおきたい。


 †

 手術の翌日。

 うとうとと眠っていたらしい。目を覚ますと、病室にはお父さんとお母さんと、そしてお姉ちゃんが、いた。
お母さんは、着替えを整理したりポットに水をくんできたりでばたばたしてるみたいだった。

「あ、みんな来てたの?」
「おはよう。今日子はお姉ちゃんより素直な子でよかったぞ」
と、お父さん。
「あのねえお父さん、盲腸こじらせたからって、私の心がひねくれてるわけじゃないんですけどぉ?」
と、お姉ちゃん。
「あ、すまん」
 ちょっと気まずい雰囲気。うん、私を元気づけるためとはいえ、その冗談は笑えないよお父さん。

 お姉ちゃんが顔を近づけて、両手で私の手を取った。
「ほんとうに、手術が無事に済んでよかったわ。ここまできたらあとは傷が治ればいいだけだから、一週間ゆっくりやすみなさい。とにかく……よかった……よかったわ……」
 話しながらお姉ちゃん、涙声になった。うん、お姉ちゃんは大変だったものね。
「ありがとう、お父さん、お姉ちゃん。なんかね、盲腸の手術ってほんとはこんなに簡単だったんだって拍子抜けしちゃった」
「これが普通なんだからな」
「ほんとに心配したんだよ、私と同じ日に起こすんだもの。やっぱり私たちは深い運命でつながれているの。なんという姉妹愛!」
「いや愛じゃないから!」
……ひかりちゃんのキョウコさんの正体は、こういう人です。あまり見せたくない。

「多分お姉ちゃんのおかげで、検査の人とか看護士さんとかから、まじまじ見られてる気がするんだけど」
「いいえちがうわ。それはね、今日子がとてもかわいいからなのよ。うふふふふふ」
 うあ。顔が熱くなる。この人はさらっと真面目にこういうことを言う。
「いや、それはないから! そんなのお姉ちゃんだけだから!」
「そんなことはないわ。一目見たらフリーズするくらい、今日子はかわいいの!」
……あーあ瞬時にしていつものペースに戻ったよ、この人。目に涙がたまってるからいまいち決まってないけど、その分破壊力が大きいんだよ。

「でも、うん、同じ日ってなんか怖かったよ。病院の人たちもなんか気遣ってるみたいだったよ?」
「え? 私、ほんとに覚えられてるの?」
「うん、あれだけ盲腸こじらすのって結構珍しいことだったみたいだよ。だから検査とかすっごく丁寧にされたよ」
「そっかあ。そうなんだ」
お姉ちゃんは、ちょっと遠い目をした。

「やっぱり姉妹愛は偉大だね。お姉ちゃんの大きな愛が今日子を護ったのよ」
「ちょっと、顔近い! 意味わからないんですけど!」
 しかも喋ると傷痛いんですけど。
「なんなら、ずっと泊まり込んで、着替えとか身体を拭いたりとかおトイレの世話とか全部お姉ちゃんが……あうっ」
 バキ! と目の前の顔に軽くチョップを食わせておく。
「そういうのは看護士さんの仕事!」
 今はこの程度しか抵抗できないんだからね、手術して動けない妹へのセクハラは自重してください。

「お姉ちゃんさあ、五年前……」
 まって。私は何を聞こうとしている?
どうしてひかりちゃんに嘘ついた、ってお姉ちゃんを問い詰めるの?

「なあに?」
「ん……なんでもない」
「ねえ、今日子。私の時はいろいろ運が悪かったの。今日子はもう無事に手術が済んだし、もう大丈夫なの。心配しなくていいの」
「うん」
「私の時とは全然違うから参考になるようなことはあまりないと思うけど、やってほしいことがあったら何でも言ってね」
「うん、ありがと、お姉ちゃん」
「ううん、あの時今日子は、お母さんと一緒に一生懸命わたしの世話をしてくれてたんでしょ? お互い様だから」

「そういえばお姉ちゃん、大学は?」
「三年生は後期の中間試験が終わって、もうお休みよ。だから毎日来るから」
「しゅ・う・か・つ・は?」
「あ゛〜〜その単語、聞きたくない聞きたくない聞きたくない」
「就活から逃げるためにここに来てるんじゃだめだからね」
「う゛ー。うん、ほんとはお母さんと交代で来ることにしたわ。お姉ちゃんの溢れる愛で包んであげるから、大丈夫」

「明日美、そろそろ行くぞ。ナースステーションにご挨拶もして行くし」
 お父さんが時計を見て言う。
「そういえば、主担当の看護士さんはだれかな?」
 お姉ちゃんがベッドの足側に書いてある、患者の名前と血液型、入院日とか書いてあるカードを見ている。
こういうところが慣れてます。

「愛子ちゃんかあ。愛子ちゃん、主任なんだ」
「ああ、夕べ会ったよ。なんというか姐御っぽい人?」
「そうそう。姐さんって感じというか、五年前は『なんでヤンキーがナースやってるの?』みたいな?」
「えーー、すっごく優しかったよ」
「ふーん、愛子姐も丸くなったか。ぐふふふ」
「……なに、その笑い」

 お母さんが戻ってきた。
「ナースステーションに挨拶に行くけど、おまえも」
 とお父さん。
「あ、行くわ」
「それじゃあ今日子、お姉ちゃんの愛であなたを助けてあげるから、なにも心配せずにおとなしくしているのよ」
「私はお姉ちゃんが心配だよ」
「それじゃ、ゆっくり休めよ」
 わりと賑やかしい三人が出て行った。


 ひかりちゃんにスールの約束をしたのも、ああいうノリだったのかなあ。
高等部の頃、特に手術前は、あんなキャラじゃなかったけど、復学してからすっごく軽くなったよね。
私を思ってくれるのはよくわかるんだよ。わかるんだけど。

 私の名前を使ったっていうのは、ひかりちゃんを妹にする気が最初からなかったってことだよね。
リリアンの話をしたのは元気づけるためだっただろうけど、スールの空約束はひどいよ。
確かめたいけど、でもそれはお姉ちゃんには聞けないよ。怖くて。
もしまるっきり忘れてたらひっぱたきたくなっちゃいそうだよ。

 もちろん……ひかりちゃんには絶対に言えない。

 決めた。
 私は、キョウコだ。
 私がキョウコさんになればいいんだ。

 私も、お姉ちゃんにリリアン女学園の楽しい話をたくさん聞いていた。だから偏差値的にむりむりだったリリアン女学園高等部への外部受験を決めて、勉強がんばったんだ。だから、お姉ちゃんがひかりちゃんに話したことはだいたいわかるし、やろうと思えばあのころのお姉ちゃんの真似だってできる。病院の様子は、お姉ちゃんの病室へ通ったし、今入院してるんだからよく観察しておこう。
 大丈夫。五年前、小学校六年生のひかりちゃんの記憶と比べて、多少違っていたってボロは出ない。


 私は、ひかりちゃんのキョウコさんになるんだ。



 †  †  †


 真紀

 卒業した三田明日美、あの子はいったい誰なの?

 二年前の卒業生だから、今のクラスの四つ上の学年の卒業記録。
うん、三田明日美、たしかにいる。
「ちょっと思い出してきた。なんか大病して入院したんじゃなかったっけ?」
 渥美先生が横からのぞき込む。
「そうらしいわね。三学期までまるまる休んでいたとしても進級できないことはないんだけど、いつから復学したのかしら」

 考えてみれば長期休学は何人かいた。現に今も、不運にも入学式の帰りに交通事故にあって休学中の生徒がいる。何ヶ月も意識不明の重体になったのに、回復してこの四月からあらためて新入学みたいに入ってくる。
 普通はこっちの方が奇跡だ。ふむ。

「三田さんが盲腸なのは間違いないんでしょうねえ?
どっかのアニメみたいに、木の枝から落っこちて意識不明になったとは聞いていないわよ?」
「どっちの三田のことだ?」
 渥美先生が混ぜっ返した。


 まだまだつづくよ……締められない病かもしれない。


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