【369】 夏休みの宿題を  (いぬいぬ 2005-08-15 23:35:02)


「まあ、ヌイグルミがいっぱいね」
「・・・・・・・あの」
「まあ祐巳さんらしい部屋よね。あ!祥子さまの写真発見!」
「・・・・・えっと・・・二人とも?」
「まあ祐巳さんたら。この写真を何に使ってるのかしら?」
「いや・・・・もしもーし」
「志摩子さんが言うと生々しいわね・・・お?さすが祐巳さん、部屋にまでチョコレート常備してあるなんて」
「二人とも・・・」
「じゃあタンスから捜索開始と行きましょうか?」
「タンスはやめて・・・じゃなくて!」
祐巳、由乃、志摩子の三人は、祐巳の部屋に集まっていた。
「早く始めないと、夏休みの宿題終わらないよ!」
夏休みの宿題を、三人の力を合わせて終わらせるために。


「まったく!山百合会の仕事があるんだから、少しくらい減らしてくれっての!宿題」
由乃はイライラとシャーペンをカジリながら愚痴をこぼしている。
「由乃さん、それは無理だよ」
祐巳は由乃をなだめるが、由乃の不機嫌は治らなかった。
今日は八月三十日。タイムリミットまで後三十六時間を切っていた。
「でも、後三教科だけなんだから、終わらない量じゃないよ」
祐巳は励ますつもりで言ったが、由乃はまだ納得行かない顔をしている。
「だいたい暑くて授業にならないから長期休暇を取ってるはずなのに、宿題を出すってのが間違ってると思わない?」
なかなか終わらない宿題に飽き、根源的な疑問を口にしだした。
「そんな事言われても・・・志摩子さんも何か言ってあげ・・・志摩子さん?!」
「何?祐巳さん。今忙しいのだけれど」
「私のタンスの中身相手にどんな忙しい事があるのよ!・・・って何ぱんつ握りしめてるの?!」
「意外とパステルカラーが多いのね?」
「え、そうなの?てっきり白ばっかりかと思ってたわ」
「由乃さんまで!ちょっと!お願いだからタンスの中身漁らないでぇ〜!」
宿題に飽きた由乃も参戦し、祐巳の部屋は大捜索が始まってしまった。
「少しくらい良いじゃない。息抜きも必要よ?」
「息抜きなら漫画でも音楽でも用意するから!タンスはやめ・・・」
「『まだ自分には何ができるか判りませんが、できれば将来は良い奥さんになりたいです』・・・あら、祐巳さんて結婚願望が強いのね?」
「いやぁぁぁ?!そ、それ!中等部のアルバム!机の中まで漁らないで〜!」
「何々?『好きな食べ物はショートケーキ』?ぷふっ!祐巳さんてば昔から甘いもの好きだったのね」
「良いじゃない!好きなんだから・・・ってもうやめて〜!」
さっきまで宿題に追われていたはずなのに、祐巳の部屋は狩人たちの猟場と化してしまった。
「祐巳さん、この写真のかたは誰?」
「それは聖さまのクラスメートで・・・ってそんな机の引き出しの奥まで?!」
「あ〜!祥子さまが見たら何て言うかなぁ?知らない人とツーショット写真なんて」
「それは・・・去年の卒業式の時に頼まれて・・・」
「祥子さま嫉妬なさるかもね?『祐巳!この人は誰?!あなたとはどんな関係なの!』って」
「え?で、でも、もらった写真を捨てる訳にも・・・・・・って違う!だから宿題始めないと・・・」
「・・・・・・あれ?こっちはもしかして江利子さまのクラスメート?」
「さすが由乃さん、黄薔薇さまのクラスメートの顔覚えて・・・・・・だから机の引き出し漁るのはやめて〜!」
「あら、このお人形は?」
「それは、初等部のお友達が転校する時にくれた・・・・・・・・・志摩子さん、そこ鍵掛かってなかった?」
「あら、ピッキングは乙女のたしなみよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・そんな優しい笑顔で言われても・・・」
「?・・・・・・・・・『ずっとアナタを見ていました。もしよろしければ明日の放課後・・・』?」
「うわわわわっ!?よ、由乃さんそ、それは!」
「まあ、それはもしかするとラブレター?」
「だめー!!返してー!!」
「うわぁ、コレって日付からして一学期の終業式の日じゃない?祐巳さん、コレどうしたの?行ったの?」
「いや、それは、その・・・なんか『紅薔薇の蕾』に幻想を持ってた子で・・・」
「振ったんだ?」
「いや・・・お互いにまだ良く知らない間柄だから、とりあえずたまにお話しするようになって・・・」
「まあ、じゃあ今はじらしてるトコロね?」
「ち、違っ!そんなんじゃ・・・」
「『良いお友達のままでいましょうね?』って感じかしら?なまじ強く否定されてない分、あきらめきれなくて酷いかも知れないわね?」
「そ!そんなつもりじゃ!」
「祐巳さんて罪な人なのね・・・」
「だ、だからそんなつもりじゃ・・・って、いい加減にしろ──────!!!」
とうとう爆発した祐巳に、流石の二人も猟をやめる。
「いくらなんでもプライバシーの侵害よ!だいたい今日は夏休みの宿題をするために集まったんでしょう?!」
「悪かったわよ・・・もうしないから怒らないで?」
「私、お友達の部屋に呼ばれたの初めてだったものでつい・・・ごめんなさいね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・志摩子さん、とりあえずポケットにしまったパンツ返して。由乃さんもこっそり手紙を自分のカバンにしまわない!」
「えー?」
「一枚くらい・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうね、入院してれば宿題はしてなくても大丈夫かもね」
祐巳が急に優しく微笑んできたので、二人は素早く獲物を返品した。
『ごめんなさい。もうしません』
同時に土下座したりなんかする。

三人で机に向かい直し、再び宿題に取り掛かる事にした。
「さあ、残り三教科。がんばって今日中に終わらせちゃお?」
祐巳は前向きに言うのだが、残りの二人はテンションが低いままだ。
「もう。由乃さんも志摩子さんも、始めないといつまでたっても終わらないよ?」
「判ってるわよ。・・・仕方ない、がんばって追い込むか」
由乃はノートを開くが、志摩子は相変わらず部屋の中を見回していた。
「それにしても、志摩子さんまで宿題が終わってないなんて誤算だったわ」
由乃が悔しそうにつぶやく。
「まる写しは良くないよ・・・まあ、私も終わってないから人の事は言えないけど」
祐巳も少し残念そうに志摩子を見る。
すると、志摩子がキョトンとした顔でこう言った。
「あら、私、終わってないなんて言ってないわよ?」
『・・・・・・・・え?』
祐巳と由乃は間の抜けた声を出す。
「し、志摩子さん、今なんて?」
「まあ祐巳さん、人の話はちゃんと聞かないとダメよ?」
「あ、ゴメンなさい・・・いや、そうじゃなくて・・・」
由乃が大声で志摩子を問い詰める。
「じゃあ終わってるって言うの?!宿題!」
「ええ」
さらっと答える志摩子に、二人とも声を失う。
「いやだって・・・じゃあ何でココに?」
「祐巳さん。そもそも何故こうして集まる事になったか覚えてるかしら?」
「それは・・・薔薇の館で由乃さんに『宿題終わった?』って聞かれて・・・」
「そうよ!その時祐巳さんの家で一緒に宿題しようって事になって、志摩子さんも参加するって言ったんじゃない!」
由乃も再起動し、再びハイテンションで志摩子に詰め寄る。
「良く思い出して」
「・・・何を?」
「私はあの時『私も参加して良い?』って聞いただけよ?」
「・・・それって」
「一言も『私も宿題が終わってないから』なんて言ってないわ」
「・・・じゃあ、ココにいる理由って」
「だって祐巳さんの家に集まるって言うから・・・」
「・・・・あ」
「なんだか面白そうに聞こえて」
「・・・・あ、あ」
「ただ祐巳さんの家に来てみたかっただけなの」
「アホか─────!!!!」
由乃の雄たけびが、福沢家に響き渡った。


この直後、由乃がカバンから取り出した十手を志摩子が『天晴れ』と書かれた扇子で迎え撃つという戦いが展開されたのだが、祐巳はとりあえず疲れたので寝てみたりした。


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