【3704】 フラッシュな新人考えるアレ  (れいむ 2012-09-29 17:27:04)


【短編祭り参加作品】



 祥子さまの卒業と同時に祐巳はロサ・キネンシスになった。でもまだその呼ばれ方に馴染めていない。「ロサ・キネンシス」なんて呼ばれると、ちょっと照れる。


「まだ慣れないよね。『ロサ・キネンシス』って呼ばれても自分だと気付かない時もあってさ」
「そうそう。私なんかこのあいだ『ロサ・フェティダ』って自分が呼ばれてるのに令ちゃん探しちゃったわよ、」
「私も似たようなことあった」
 新人の薔薇さま同士が言い合う愚痴を横で志摩子さんがニコニコしながら聞いていた。今日も薔薇の館は平和だ。

「その点、志摩子さんは2年目だもんね。余裕でしょ」
「それほどでもないわ。去年は名前で呼ばれることのほうが多かったから」

 先々代の蓉子さまたちはお互いをちゃんと称号で呼び合っていたのに、祥子さまたちは名前で呼び合っていた。
 いや違う、祥子さまたちも一般生徒の前では称号で呼び合っていたような気がする。

「それってさ、呼び方を使い分けていたってことじゃない?」

「ねえ、私たちもそうしたほうがいいと思う?」
 由乃さんの声はすごく真面目な響きを持っていた。
「少なくとも下級生の前では称号で呼んだほうがいいと思うけど、でも人前に出た時に急に呼び方変えられる?」
 優秀な祥子さまたちだからこそTPOに応じて呼び方を変えられたのだ。
 はっきり言って祐巳にはその自信がない。

「難しいわよねえ。いっそのこと江利子さまたちの時のように普段から称号で呼び合うのってどう?」
「そうね、日頃から呼び慣れていれば、いざという時にあわてなくてもすむわ。ねえ、そう思わない?ロサ・キネンシス」
 志摩子さんの「ロサ・キネンシス」はとても自然でさりげなかった。
「そうね、私も・・ロサ・ギガンティアの意見に賛成。ロ、ロサ・フェティダはどうかしら」
 志摩子さんみたいにさりげなく口に出したかったのだけど、かなりぎこちない。
「どうって、私が反対する理由なんてないじゃない。ロサ・キネンシスとロサ・ギガンティアが賛成なら私だってかまわないわ」
 由乃さんもかなり照れているのが分かる。
 三人ともしばらく無言で見つめあっていたけど、誰からともなく含み笑いが漏れる。

「ちょっと恥ずかしい」
「慣れるんでしょう、ロサ・キネンシス」
「そう、そう。呼ぶのも呼ばれるのもね、ロサ・キネンシス」
「ロサ・フェティダもロサ・ギガンティアもそうやってからかうんだから」

「別にからかうつもりで言ったんじゃないわ。みんなで呼び慣れようと決めたのでしょう。ねぇ、ロサ・ギガンティア」
 由乃さんは志摩子さんの後ろに回って、肩に手を置いた。志摩子さんはその手にそっと自分の手を重ねる。
「そうね、ロサ・フェティダ。でも、二人きりの時は無理して呼ばなくてもいいのでしょう?よ・し・の」
 由乃さんの手を愛おしそうに撫でていた志摩子さんは、肩にあった手を両手で包み込むようにして胸元へと引き寄せた。
 自然と由乃さんは志摩子さんを後ろから抱かえこむような形になる。

「当たり前でしょう。二人きりの時にロサ・ギガンティアなんて。いつもどおりよ。し・ま・こ」
 由乃さんのささやきはどこか湿っぽくて、ねっとりとしていた。
「ん、もう、だめよ、由乃。こんな所じゃイヤ」
「誘ったのは志摩子じゃない」
「だめ、お願い。今度、二人きりの時に、ね」
「らしくないわ、志摩子」
 なおも続けようとする由乃さんを志摩子さんは拒絶することなく、されるがままになっていた。
「本当にもうだめなの。これ以上はだめ」
「いやよ、もう止まらないの」
「でも、だめ。これ以上続けていたら冗談じゃすまなくなりそう」
「え?あ、冗談きつすぎたかな」

 二人の視線の先には目を見開いて硬直している祐巳の姿があった。


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