【3773】 パエリア食べようとする  (bqex 2013-09-28 00:00:42)


【短編祭り参加作品】



 今日は福沢祐巳にとって人生初めてのアルバイトの初日である。
 これは本年度から行われることになった職業体験プログラムの一環であった。
 祐巳はいくつかの候補からマーガレットにリボンのロゴでお馴染みのファーストフード店に決めた。
 制服姿のまま店を訪れて、そこで研修を受け仕事を体験する、わずか半日のことだがとても楽しみだった。

「こんにちわ。私リリアン女学園高等部の福沢祐巳と申します」

「あれー、祐巳ちゃん?」

 祐巳の向かいに立っていたのは誰あろう、二年前の白薔薇さまである先輩の佐藤聖さまだった。

「せ、聖さま! どうしてこちらに!?」

「ここで去年からバイトしてるのよ。リリアンから職業体験に来るって聞いてたけれど、まさか祐巳ちゃんだったなんてね」

 よしよし、と聖さまは祐巳の頭をなで始めてからすぐに抱き着く格好になる。

「どうしてこうなるんですか! 私は一応学校の授業の一環として――」

「授業の一環としてここに来てる生徒の面倒を見るように頼まれてるわよ。これから一緒にお仕事するんだから、親睦を深めるスキンシップってところかな」

 ぎゃう、という祐巳の悲鳴を堪能してから聖さまはようやく祐巳を離した。

「じゃあ、うちの制服に着替えてもらおうかしら。あ、手伝ってあげようか?」

「一人で大丈夫です!」

 ロッカールームでユニフォームのポロシャツ&スカート姿に着替える。

「帽子をかぶるんだけれど、前髪は必ず帽子の中にしまって。横や後ろは一つでも二つでもきちんとまとめてくれればいいよ。あ、時計外すの忘れないでね……服装OK」

 聖さまは祐巳の両肩をつかんでくるりと一回転させると親指と人差し指で輪を作った。

「こっちへ来て。ここで仕事の前に必ず消毒をするの。こうやって――」

 実際にやって見せ祐巳にお手本を示す聖さま。
 薔薇の館で短い間だったがこんな風にレクチャーされたこともあったっけ。と祐巳は昔を思い出した。

「じゃあ、どうぞ」

「はい」

 見よう見まねで同じように消毒する祐巳。

「綺麗になったところでまずは一通り見学からね。まずは厨房から行こうか」

 聖さまの後についていくと厨房では三人の若い女性が働いていた。

「ああ、副店長いいところに来てくれたわ。今飛び込みでお持ち帰り20人分の注文が入っちゃって」

「えっ、聖さまって、副店長なんですか?」

 祐巳は驚いて声に出した。

「副店長って言っても本当の店長がシフトでいない間にいろいろやらされるだけだけどね。さて、それより20人分とは大変だ」

 お持ち帰りで20人分だなんて差し入れだろうか。予約すればよかったのに、と祐巳が思っても詮無い事。

「今は非常事態なの。副店長権限であたしが責任取るから、祐巳ちゃんも手伝って」

「ひえ〜っ!」

 なんといきなりの実戦投入である。

「祐巳ちゃん、とんでもないことになったって顔に出てるよ」

 百面相は相変わらずだね、と笑われる。

「じゃあ、このパッケージをこうやって開いて。ここにセットするとポテトが決まった量だけでてくるから、あと11個お願い」

「はいっ」

 お客として何度も受け取ったことのあるパッケージを壊さないよう気を付けて広げポテトを詰める。
 聖さまはその間にケーキを用意する。
 もう一人がパンに具を挟んでいる。

「ドリンクをここに入れるのを手伝ってくれる?」

 別の女性に紙袋を渡された祐巳はいつもこの店の店員がしているように丁寧にドリンクの入った紙コップを袋に入れた。
 同時進行でサンドウィッチが袋に入れられお客さまにお出しできるようになる。

「祐巳ちゃんはここで待ってて」

 聖さまたちは20人前もの袋を両手に持ってお客さまのところへ運びに行った。

「やれやれ。初めての職業体験でハードな目に遭わせちゃったね」

 戻ってくるなり聖さまが祐巳に声をかけてくれた。

「あの、いつもこんなに大変なんですか?」

「忙しい時間帯は、ね。普通あれくらいの量は予約してくれるんだけど。まあ、たまにあるかな」

 そう言って聖さまは笑う。

「じゃあ、見学の続きを――」

 その時。

「――お客さま、大量注文はお時間をいただくことになりますがよろしいですか? ご協力ありがとうございます。そちらでお待ちください」

 いつの間にかお客さまが来ていたようで別の女性店員が応対していたのだが、次の瞬間。

「テリヤキバーガー8個、シーフードバーガー5個、チーズバーガー5個、ダブルエビマヨ――」

 と怒涛の注文が入った。ドリンク、サイドメニューも大量に注文されていて先ほどより多い。

「うわあ!」

「祐巳ちゃん、もう一回手伝ってちょうだい」

「は、はい」

 断れなかった。
 今度はポテトの他、サイドメニューのパエリアを専用レンジで温めた。

「ありがとうございました」

 怒涛の客は先ほどより多めの袋を抱えて出て行った。

「こ、こんなこと滅多にないんだけれどね」

 聖さまはちょっと困惑したような表情で祐巳に微笑みかけた。その時。

「お客さま、大量注文はお時間をいただくことになりますがよろしいですか? ご協力ありがとうございます。そちらでお待ちください」

「ええっ!?」

「またっ!?」

 二度ある事は三度あるとはいうが、三度目は壮絶だった。一度目と二度目を合わせたくらいの量の注文が入った。

「パエリアばっかり、こんなにも! もうパエリアはないよ!!」

 ぼやきながら聖さまがサンドウィッチを作り続ける。
 祐巳もパエリアの温め作業に慣れてきた。

「ありがとうございましたっ!」

 聖さまが連絡を取り、店を閉めた。

「もう今日はパエリアはもちろん、在庫もほぼゼロになってしまったから上に連絡して店を閉めることにしたから。ごめんね、祐巳ちゃん。せっかく職業体験に来てくれたのにこんな目に遭わせちゃって。ほとんど体験にならなかったでしょう」

「い、いえ。充分です」

 ぐったりと疲れた祐巳は聖さまの着替えを手伝ってあげるという提案をぴしゃりと断り家路についた。

 ◆◇◆

 今日はお姉さまが楽しみにしていた職業体験をなさる日。
 場所は小笠原グループが先日買収したファーストフードのチェーン店らしい。
 使用人に相談したところ余すことなく体験できるよう手を尽くしてくれると約束してくれた。
 しかし、なぜ今日の夕食はそのファーストフードのメニューなのだろう。
 これがどうお姉さまが余すことなく体験できることにつながるのかさっぱりわからない。

 ◆◇◆

 今日は祐巳が楽しみにしていた職業体験の日。
 場所は父が先日買収したファーストフードのチェーン店らしい。
 使用人に相談したところファーストフードの醍醐味を味わえるよう手を尽くしてくれると約束してくれた。
 しかし、なぜ今日の夕食はそのファーストフードのメニューなのだろう。
 これがどう祐巳がファーストフードの醍醐味を味わうことにつながるのかさっぱりわからない。
 ファーストフードの醍醐味を味わいたいのは私ではなくってよ。

 ◆◇◆

 祥子さんは融さんが買収したファーストフードが気に入ったみたいで使用人に相談していた。
 世間知らずな箱入り娘になってしまったのではと心配していたのだけど、年相応にこういうものが好きになるみたいね。
 そうだ、夕食はこの店のメニューにしましょう。美味しそうだから皆さんにもおすそ分けしなきゃ。
 さっき店長に電話して店ごと買い占めると言ったら泣くほど喜んでいただけたわ。
 祥子さん、喜びそうね、うふふ。


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