【短編祭り参加作品】
暗い闇の中で祐巳はひとり黙々と作業していた。
時間を忘れ、一心不乱に打ち込むさまはさながらマッドサイエンティストのようだ。
問題は分量だ。最初はほんのわずかでいい。気付かれてはいけないのだから。
大切なのは意識させないことなのだ。ほんのわずかでも続けていれば、やがてからだが慣れてくる。慣れるにしたがって、少しづつ量を増やしていけばいい。
意識とは関係なくからだが受け入れてしまったら、こっちのものだ。後はどうにでもなる。そこまで行けば、どれほどあがこうと後戻りはできないのだから。
こんなことをして、祥子さまは怒るだろうか。
なぜこんな体にしたと嘆くかもしれない。
いや、ひょっとしたら自分から欲しがるようになるかもしれない。もっと欲しいと哀願するようになるかも知れない。
どちらになってもかまわないと思う。いずれにせよ、祐巳は祥子さまに一生忘れられない爪痕を残したことになるから。そんな暗い思いにとらわれて祐巳は薄く笑う。
「なのにどうしてわかっちゃうんですか、お姉さま」
「わかるわよ、こんなにはっきりと見えているじゃない。悪いけれど、私いらないわ」
「あー、もう。ピューレではうまくいったから大丈夫だと思ったのになあ」
「どういうこと? ひょっとして今までにも入っていたの」
「先月から少しづつお料理に使ってたんです。一昨日のオムレツも人参入りだったのに、お姉さまちゃんと召し上がったじゃないですか」
「気が付かなかったわ。ああ、だから最近ずっとフードプロセッサーが出ていたのね」
「そうです。粗めのピューレでも大丈夫だったから、細かく切って入れてみたんです。これだけ細かくしたら気付かれないと思ったのに」
「これだけはっきり見えていたら気が付くに決まっているじゃない」
「どこに2ミリ角に切った人参に気付く人がいるんですか。しかも分かりにくいようにと餃子にいれたのに。ねえ、お姉さま、好き嫌い直しましょうよ」
一緒に暮らし始めて半年。祥子の偏食を治そうと奮闘する祐巳であった。