【378】 雑煮鑑定団  (いぬいぬ 2005-08-16 22:47:47)


「あら、お雑煮って、そんなに種類があるものなの?」
冬休みも終わり、やっと御屠蘇気分が抜け始めた薔薇の館に、江利子の嬉しそうな声が響いた。
「ええ、地方によって色々な種類があるみたいですよ」
令も嬉しそうに話しているが、他の面々はおおむね「余計な事を・・・」という顔をしていた。
由乃は江利子に話題を振って嬉しそうに雑談を始めた令に対して。他の面々は、江利子があんなに嬉しそうな顔をした後はろくな事が無いと身に染みていたので、わざわざ火を点けてくれた令に対して。あまり反応が無いのは事情の判って無い祐巳と志摩子くらいのものだった。
「だからこの東京でも、ご両親の出身地によって色々なお雑煮があるらしいですよ」
雑煮という物は、たいがい親から受け継ぐ味があるものである。その親が地方出身者だったりすれば、同じ東京都内といえども郷土色豊かな、言うなれば御当地自慢の雑煮が各家庭ごとにあるだろう。
「へぇ〜。・・・・・・そうだ!」
急に明るい顔になり、何やら思いついたらしい江利子に、祐巳と志摩子を除く全員(令までも)が身構えた。
「次の土曜日あたりに、各家庭のお雑煮を持ち寄らない?」
どうやら江利子は、色々な郷土色豊かな雑煮を味わってみたくなったらしい。
「急に何を言い出すかと思えば・・・もうお餅なんか食べ尽くしてる頃じゃないの?だいたい学校に持ってくるとしたら、生の食材を持ち込んで調理する事になるでしょう。もし食材が痛んだら・・・」
ただの試食会で終わるとも思えなかった蓉子は、とっさに否定的な意見を出してみた。
しかし、一度エンジンのかかった江利子は、そう簡単には止まらなかった。
「あら、何なら私が提供するわよ?お餅。ウチは商店組合の集まりなんかで餅つきした分がまだ大量に余ってるから。それに食材の事だけど、この季節なら薔薇の館の中で日陰に置いておくだけで、凍りかねないほど冷えるはずよ」
間髪入れずに反論してくる江利子に、蓉子は「この機転の効く所を山百合会に役立ててくれれば、私の三年間も少しは楽だったかも」などと考えていた。
「でも、お雑煮って言っても、中味はお餅だけではないですから、持ち寄るとしても、急には無理では・・・それぞれのご家庭の事情もあるでしょうし」
江利子の妹だけあって姉から受ける被害がリアルに思い浮かんだのか、令も被害を食い止めるべく江利子をなだめようとする。
「ウチで余ってるのはお餅だけじゃないのよ?毎年どうやって余ったお餅を消費するかで悩むから、お餅に合いそうな食材にも事欠かないわよ」
そう言ってウィンクしてくる姉の姿を見て、令はもう自分の手に負えない事を悟った。
何か雑煮に対する執念のような物を江利子から感じ、蓉子は「この執念を山百合会に(以下略)」と考え、過去の苦労がフラッシュバックし、自閉症モードに入りつつあった。
「でもウチなんかお雑煮自体食べないよ?」
騒ぎを静観していた聖が言う。江利子があまりにも乗り気なので、できればこの話を止めたいようである。
「じゃあ、参加可能な人だけという事で。何か必要な食材があれば、早めに私に知らせてね?」
もはや決定事項のように言う江利子を止められる人間は、もう誰もいなかった。





そして土曜日の放課後。薔薇の館には、やけにハイテンションな江利子の声が響き渡っていた。
「それじゃあさっそく調理してもらおうかしら!」
館には蓉子と聖の姿もあったが、江利子が全て仕切っているので、ボンヤリとその様子を眺めているだけだった。
今回、江利子の呼びかけに答えてこの「お雑煮鑑定団(命名:江利子)」に参加したのは、まだ江利子の被害に会っていない志摩子と祐巳。そして妹としては立場上逃げられなかった令の三人だった。蓉子と聖は、はなから参加する気はさらさら無かったし、祥子と由乃もこれまでに何度か被害を与えてくれた江利子のために何かする気にはなれなかったようだ。
「ではくじ引きの結果、志摩子、令、祐巳ちゃんの順で試食させてもらいましょうか」
江利子はこのためにわざわざくじまで用意する熱の入れようだった。
「それでは私から。お口に合えば良いのですが・・・」
志摩子の雑煮は豪華だった。
「祖母が新潟の出身なので、新潟風らしいです」
醤油味の出汁に焼いた餅を入れてある。そこまでは普通の雑煮だが、藤堂家の雑煮はそこに大根、人参、ゴボウ、里芋、長ネギ、蒟蒻、トドメに鮭とイクラが入っていた。
「すごい豪華じゃない。あ、イクラって加熱してもけっこう美味しいんだね」
聖も嬉しそうに食べている。
「良かった、喜んでいただけたようで」
姉の笑顔に、志摩子もほっとした笑顔を浮かべていた。
「じゃあ次、令の番ね」
「ウチのは母の故郷の広島風らしいです」
そう言って令が出したのは、すまし汁に湯がいた餅を入れた物だった。そこに、ハマグリと岩海苔が入っている。
「うわあ、すごく良い磯の香りがする」
この会が始まるまでは不機嫌だった蓉子も、自然と笑顔になる。
「出雲の岩海苔で、ウップルイとかオップリとか呼ばれる物だそうです」
令も自分の家の雑煮が褒められて嬉しそうだった。
「ハマグリもお目出度いし、正月らしい良いお雑煮ね。初めて出会う味だけど」
江利子も上機嫌で品評していた。隣りでは由乃が「フフン、私は毎年令ちゃんと一緒に食べてるのよ」と、コッソリ自慢げな顔を江利子に向けていたりした。
「じゃあ最後、祐巳ちゃんの番ね」
「はい!」
緊張からやたらと元気に返事をする祐巳が持ってきたのは、白味噌仕立ての出汁に湯がいた餅の入った物だった。
「あの!おじ・・・祖父が香川出身だったそうで、その地方のお雑煮だと思います!」
緊張の解けない祐巳を落ち着かせようと、祥子は優しく語りかけた。
「まあ、大根と人参で紅白のお目出度い彩りね。この緑色のは青海苔かしら?見た目の良いアクセントになってるわね」
姉の優しい評価に、祐巳は飛び上がりそうなほど喜んでいた。
「うん、見た目がすごく綺麗ね。それじゃ頂きましょうか」
江利子の言葉に、全員が雑煮を食べ出す。
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
数秒後、全員が固まってしまった。
「あの・・・・・・お口に合いませんでしたか?」
一人残らず無反応なので、祐巳は不安になって聞いてみた。
祥子がニッコリと微笑みながら、祐巳の方へと顔を向けた。
「・・・・・・・とても美味しいわよ祐巳。アンコが入ってる所なんか特に」
そう、祐巳の作った雑煮は、餡入り餅を使用していたのだ。
見た目は普通。むしろ綺麗なくらいで、出汁の味も白味噌を使ってはいたが一般的と言っても差し支えないものだろう。ただ、油断しているところにイキナリ餡子が飛び込んでくるのだ。
祥子の様子を良く見てみると、箸をもつ手が小刻みに震えていたりする。
確かに甘い雑煮は各地に存在する。江利子もその事は令から聞いていたのだが、見た目が普通だったので、油断していたところに物凄い衝撃を喰らって動けなくなっていた。
全員がダメージに耐えている中、姉に褒められた祐巳だけが嬉しそうだった。
「良かった!喜んでもらえて」
そして、こんな事をカミングアウトしだした。
「私は大好きな味なんですけど、家じゃあ私以外は『二度と食べない』とか言ってたから心配だったんですよ」
『早く言えよ!!』
祐巳の一言に、それまで祐巳のために耐えていた全員がつっ込んだ。志摩子までもが大声で。




その後、江利子は蓉子に「私、もう少し保守的に生きていく事にするわ」などと宣言したり、その一言で蓉子が「その決意がもう少し早ければ、私の三年間も(以下略)」と再び自閉症モードに突入したりしたそうである。


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