【3785】 やった!やったよとりあえず飛ぶ?  (れいむ 2013-10-13 16:17:40)


【短編祭り参加作品】


 おかしな話であった。その日、薔薇の館に集合がかかったにもかかわらず集まったメンバーは誰もその理由を知らないというのだから。
 しかも集合をかけたとおぼしき祥子さまと令さまはいつまでたってもその姿を現さないのだ。

「志摩子さんは何も聞いていないの?」
「ええ、ごめんなさい。祥子さまと令さまがお二人で何かしていらっしゃるのは気が付いていたのだけれど」
「薔薇さま同士とは言っても、学年が違うと相談もないのね」
「ごめんなさい」
 祐巳と由乃は別に責めているつもりはないのだろうが、なんだか責められているようで志摩子は身を縮こませた。

「由乃さまも祐巳さまもお姉さまを責めないでください。お姉さまとは関係ないことでしょう」
 そう言いながら志摩子をかばうようにして間に割って入ってきたのは乃梨子だった。そのさまはまるでひな鳥を庇う親鳥のようだ。
 相手が上級生であろうと関係はない。大切なお姉さまを守るためにと威嚇のまなざしを向けた。

「別に責めているわけじゃないわよ」
「そうよ、ただ志摩子さんが何か知っていないか聞いただけじゃない」
 乃梨子の鋭いまなざしを受けても、二人は別にひるむようなことはなかった。
「お姉さまは繊細なんです。もっと言葉を選んでください」
 にらみ合う両者の間に不穏な空気が流れ始めた。もともと理由も分からないままこの場に留め置かれていて、みんなイライラしていたのだ。
 何気ない言葉が争い事を引き起こしてもおかしくはなかった。

 流れ始めた不穏な空気を一掃したのは瞳子だった。
「みなさん、紅茶のおかわりいかがです? 頂いたクッキーもありますよ」
 皆が不意を突かれたように声のするほうへと目を向けた。みんなの視線が集まる中、まるで気にせずにカップを配り、山盛りのクッキーが入った器を
テーブルの中心にドンと置いた。みんなが暖かい紅茶の香りに包まれ、空気は一気に和んだ。

「瞳子、ありがとうね」
 不穏な空気が流れる中、何もできなかった姉を救ってくれた妹に祐巳は感謝の言葉をかけた。
「私が紅茶のお変わりが欲しかったものですから。それに令さまからの差し入れも手付かずでしたし」
 出来た妹は姉の言葉の意味を正確に理解したうえで、あえて気づかない振りをする。だから祐巳もいちいち訂正や説明はしない。

「令さまからの差し入れって手作りクッキーだったんだ」
「最近作りまくっているわ。クッキー作りの奥深さに目覚めたんですって」
 由乃は小さめのクッキーをつまむと口に放り込んだ。
「あー、もう。なーんで帰っちゃだめなのかしら。やることも無いのに・・・こうやってぼーっと過ごしてるだけじゃない」
 そう言うと、テーブルに突っ伏してしまった。その言葉は誰に向けられたものでもなかったが、志摩子は自分が責められているようで胸が痛んだ。
「ごめんなさい」

 申し訳なさそうに身を縮め、頭を下げる志摩子。そんな姿を見て乃梨子は訳もなく苛立ちを覚えた。自分が悪くなくても場を収めるために頭を下げなければならないこともある。
そんなことは十分理解している。でも、そんな時でも乃梨子の大好きなお姉さまはもっと凛とした輝きをまとっていたはずだった。
もっとしゃんとしたりりしさを持っていたはずだった。
 今の志摩子にはそんな輝きが一切感じられなかった。薔薇の館に意味もなく留め置かれている状況がみんなの心を徐々に蝕んでいるからだろうか。
「お姉さま! 自分が悪くないのにそうやって謝るのはやめてください。お姉さまの生き方に口出しする権利は私にないですけど。だからこれはただの・・・私の願望かも知れませんが・・・」
 乃梨子は一瞬言いよどんだ。その言葉を発することにためらいを覚えたのだ。しかし、意を決したように志摩子の両肩に手を添えた。
「胸張って生きろ」
 言いながら志摩子の胸をそらせた。体型が出にくいリリアンの制服であっても志摩子の胸ははっきりとその存在を主張している。その場にいた幾人かが嫉妬が
混じった視線を投げかけた。それ以上張らなくていいよ。その声は誰が発したかわからないほど暗くよどんでいた。

 薔薇の館に沈鬱なよどんだ空気が充満している。意味のないことかもしれないが外の空気が何か変化をもたらしてくれるような気がして祐巳は窓を全開にした。
その途端冷たい空気が祐巳を包み込む。やっぱり窓を開けて良かった。そんな気持ちで中庭を見回すと信じられないものが目に飛び込んできた。

「男がいる!」
 祐巳の声に薔薇の館の全員が立ち上がり窓辺に集まった。ただ、由乃はひとり立ちつくしたまま嫌悪の表情を浮かべてつぶやいた。
「何言ってるの、祐巳さん。ここに男がいるって言いたいのなら、それはウォール・リリアンが破壊されたってことよ」
 ウォール・リリアン。それは一切の男を寄せ付けない乙女たちを守る鉄壁の警備である。たとえ生徒の父兄が倒れようとも中に入れることはしない絶対の守り、
それがウォール・リリアンなのだ。その警備の要は人類最強と呼ばれた利倍平張である。男が入れるはずはなかった。
 しかし窓辺に近寄り中庭を見下ろした先には祐巳の言葉どおり男がいた。しかも男はひとりではない。ざっと見たところ数人といったところか。何の前触れもなく現れた集団に
生徒たちは急いで校舎の中へ逃げ込んで行った。

 そのさまを窓辺に集まった全員が嫌悪の表情を浮かべてにらんでいた。先ほどまでこの場を支配していた陰鬱な空気がみんなの中に入り込み嫌悪と憎悪へと化学変化したようだ。
 男のすることは一つしかない。痴漢である。通学にバスや電車などの公共交通機関を利用しているもので痴漢の被害にあっていない者はいない。
 それはバス停二つ分しか利用しない由乃とて例外ではなかった。
 由乃の脳裏にはバスの中でお尻を触ってきた男の薄ら笑いが吐き気と嫌悪を伴って蘇ってきた。その時は持っていた待ち針を深々と刺して撃退したのだが、
触られた時の気持ち悪い感触はいつまでも残った。

「駆逐してやる!! リリアンから・・一人残らず」
 由乃の口から絞り出すように漏れた言葉はここにいるもの全ての想いだ。
 男には女のような知性は確認できない、力だけの生き物である。しかし男を駆逐するにはその力を削がなくてはならない。その方法が分からず女は長い間虐げられてきた。
男を駆逐する方法が発見されたのはつい最近のことである。それは女にとって身近なものであるがゆえに、男を駆逐できる力があるとは考えられなかったのだ。その方法とは化粧であった。
化粧を施すとなぜか男は弱体化し力を出すことができなくなるのだ。

「あれを使うの?」
 祐巳がつぶやいた。誰かに尋ねるようでもあり、判断をゆだねるような響きもあった。しかしその瞳には迷いがない。すでに決断を下しているものの眼であった。
「使う日が来なければいいと思っていたのだけれど・・・。とうとう使う日が来たようね」
 そう言ったのは志摩子だった。だが、言わせたのはロサ・ギガンティアとしての責任感だ。3年生の二人がいない今、志摩子が薔薇さまとして決断を下す時が来たのだ。
「立体化粧装置の準備を!!」
「「「「はい、ロサ・ギガンティア」」」」」
 凛としたロサ・ギガンティアの輝きに打たれ、その場にいた全員が声をそろえた。
 立体化粧装置。大量の化粧品を内蔵してスキンケアからベースメイク、リップ、アイメイクまでを高速にこなし、一瞬で男に化粧を施すための道具である。
男を駆逐するために山百合会が密かに開発していたものだ。
 志摩子の掛け声のもと山百合会の面々は立体化粧装置の準備に取り掛かった。化粧水、乳液、化粧下地、ファンデーション、チーク、リップ、アイライナー。
 次々と装置にセットされていく。

「ファンデーションはパウダーしかダメよ。リキッドだと漏れちゃうわ」
「チーク多過ぎ、顔が真っ赤になっちゃうわよ」
「ねえ、アイライナーってジェルタイプだめなの?」
「こっちにコットン頂戴」
 化粧品は女子に不思議な力を与える。これから男を駆逐しに行くというのに、みんなわくわくしている。女の集団特有のかしましさが部屋中にあふれていた。

「パフがないわ。どこにあるか誰か知らない?」
「パフはないかもしれないわ。ガーゼか何かで代用できないの」
「ガーゼでもいい。誰か知らない?」
 祐巳の問いかけに志摩子が申し訳なさそうに差し出した。
「こんな汚い布しかなくて、ごめん」
 志摩子の手には一度使ったらしいガーゼがあった。祐巳はそれを黙って受け取ると装置にセットした。
「ううん、助かる。結婚しよ」
 突然の言葉だったが、志摩子は聞こえていなかったようだ。しかし、傍らにいた乃梨子は怒りに満ちた瞳で祐巳を睨みつけた。その瞳から逃げるように祐巳は窓辺に駆け寄る。

 男たちは相変わらず中庭にたむろしていた。その集団を眺めていた祐巳はある違和感を覚えた。何かが違う。その正体に気付いたときには大声で叫んでいた。
「女型の男だ」
「なんですって」
 仲間たちが作業を中断して窓辺に群がった。男の集団の中にひとり女型の男が混じっていたのだ。
「そんな。奇行種がいただなんて」
 女型の男とはすでに女装している男をいう。奇行種とも呼ばれ、化粧で駆逐することは出来ないとされている。なす術がないのか。目の前に突き付けられた現実にみんなは呆然となった。
「みんな!! 今は奇行種のことは考えないで。男を駆逐することだけを考えましょう」
 志摩子の叫びにも似た掛け声は呆然となっていた仲間たちを現実に引き戻した。
「さあ、行くわよ」
「「「「おお!!」」」」
 声を上げた山百合会の乙女たちの瞳に悲壮とも思える光が宿っていたことを後世のものは知らない。



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「それで? あなたたちは令を男と見間違えた上に、あいさつにみえた花寺の方々にいたずらして回ったわけね」
 祥子は腕組みをしながら冷やかに妹たちを睨みつけた。
「そんな大げさな。次期生徒会の役員挨拶とかですごく緊張してみえたからリラックスしてもらおうかと思って。ちょっとした茶目っ気じゃないですか」
「何がちょっとした茶目っ気ですか!! 仮にも次期薔薇さまともあろうものが集団で男性を襲うなんて。しかもこんなくだらないものまで作って」
「くだらないものじゃなくて立体化粧装置です。便利なんですよ、お化粧品が全部入れられる上に、取り出しやすいですし。ベルトで腰につけられるから両手が自由だし、
動き回っても飛び出さないように工夫してあるんです」
「他にもいろいろと便利な工夫があるんですよ」
「作るのに苦労したわよねえ」
「売り出したら大ヒットするんじゃない?」
 怒られていることも忘れて祐巳たちは立体化粧装置の話に花を咲かせた。その傍らで黙って聞いていた祥子の美しいひたいには怒りのあまり青筋が浮き出ていたが、
意気揚々と話す祐巳たちは全く気付いていなかった。


 この直後、薔薇の館で何が起こったかは定かではない。何を聞いても関係者は一様に口を固く閉ざし、目を伏せるばかりだ。分かっているのはかつて立体化粧装置と呼ばれたものが怒りに
任せたかのように粉々に粉砕され、窓から放り投げられたという事実だけである。




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