【3831】 人生初の右に祥子、左に蓉子好きになった  (るーくん 2014-11-22 21:09:42)


またしても、頭の悪い百合です。もう少しマジメな話をかけないのかと自身を問い詰めたい所存です。せっかくなのでこちらでも投下。
少し長いです。

■□■□■

「祐巳、どうしたの?」

 所はリリアンの校舎の片隅。
 桜が我よ我よと主張するかのように咲き乱れる春。
 誰が言い出したか、こんなにも綺麗な桜があるのに花見をしないのはもったいないことこの上ないとのこと。
 せっかくだから、山百合会の皆で集まってお花見をしようという事になった。
 各々が予定を組み、時間を合わせて、飲み物食べ物持ち寄って、天気のいい日に集まってお花見だ、というわけである。

 卒業したばかりであるお姉さま方も来られ花見は大いに盛り上がりを見せた。

 ということで冒頭に戻るわけである。
 新紅薔薇である祥子が卒業してしまった前紅薔薇でありお姉さまでもある蓉子と妹であり紅薔薇の蕾である祐巳と一緒に、皆が持ち寄った食べ物をつまみながら雑談を楽しんでいると祐巳が顔を赤らめてぼんやりとしていた。

「あぁ、祐巳ちゃんが飲んじゃったのね」

 祐巳の様子を見てどこからともなく出てきたのは前黄薔薇である鳥居江利子、その人であった。
 祥子と蓉子は思わず顔を顰めた。江利子は物事の大半を面白いかそうでないかで判断する厄介な性分を持つ人間なのである。なまじ、キレる頭を持ち合わせているのが質の悪さに拍車をかけている。

 きっと、今度も面白くなりそうだということで何かを仕込んだのだろうと紅薔薇姉妹は内心ため息を着いた。

「それで、今度は一体何をしたの?」

 呆れながら、祐巳がこうなったのはどういう事なのかと江利子に問う蓉子。
 祥子は大事な妹に何をされたのかと気が気ではないのだが、焦って江利子を楽しませるのも癪なので平然を装っている。

「買ってきた飲み物の中に間違ってお酒が入っちゃっててね。誰かが気付いて飲まないだろうと思って言わなかったのよ」

 口ではそういうものの、あわよくば誰かが間違って飲んで面白いことになればいいなんて思惑が目に見えていた。

「ちょっと、なんでお酒なんて買っているのよ……」

 呆れるというかなんというか……仮にも薔薇さまと言われていた人間がお酒を買っているなんて聞いたら山百合会のファンは卒倒するかもしれない。

「あれ〜、祐巳ちゃんまさかウーロンハイ飲んじゃったの?」

 次に入ってきたのは前白薔薇である聖であった。江利子の計画に聖も一枚かんでいたようでニヤニヤとした笑みを浮かべている。

「あ、あぁ……あああぁ……」

 祥子が頭を抱えてその場に蹲った。流石に前薔薇さまの三人も祥子のその悲壮感溢れる声に驚く。

「祥子、どうしたの?」

 見兼ねて、姉である蓉子が声をかける。普段は毅然とした態度を貫こうとする祥子がこうも取り乱すとはただ事ではない。

「祐巳は間違いなくお酒を飲んだのですよね?」
「え、えぇ。祐巳ちゃんの近くに栓のあいたウーロンハイの缶があるし聖と江利子の言ってることが本当だったら間違いないわ」

 それを聞いた祥子は更に顔を青ざめさせる。祥子がここまで取り乱すとなると周りの人間も全員どうしたものかと祥子の方を向く。

「祥子、どうしたの?もしかして祐巳ちゃんにアルコールは御法度だった?」

 顔を青くした祥子を見て、聖は冷静に状況の理解に努めようとする。
 面白半分でアルコールを持って来たのは考えが足りなかったのではないかと聖と江利子の2人は自身の浅慮を恨む。

「い、いえ、違いますわ。祐巳がお酒を飲んで危ない目に会うのは私たち……」

 予想していなかった祥子の言葉に花見に来ていた山百合会のほぼ全員が頭の上に疑問符を浮かべていた。

「祥子、それはどういう……」
「ゆ、祐巳さん!?」



 蓉子の声を遮ってリリアンの生徒にあるまじき大きな声をあげたのは、リリアンでもトップクラスの上品さを持っている藤堂志摩子だった。

「志摩子さんって本当に綺麗」

 そしてその志摩子が声を上げる原因を作ったのは不幸にも間違ってお酒を飲んでしまった福沢祐巳、その人だった。

「志摩子さんは私のこと好き?それとも嫌い?」

 その声の方に一同首を回すとアルコールの所為か頬を紅潮させ目をトロンとさせた祐巳が、座っている志摩子の膝の上に座って抱きついていた。

「す、好きよ……?」

 祐巳の独特な雰囲気に押されよく分からないまま質問に答える志摩子。質問が質問だったから志摩子も頬を少し赤らめている。

「私も志摩子さんの事大好き!」
「んぅ!?」

 それはもう流れるようなハグからのキスだった。
 志摩子は目を白黒させてどうにもこうにもできずに、祐巳のキスを拒む間もなく受け入れた。
 唇が触れ合うだけのフレンチキス。触れては離れ、離れては触れる。何度も何度も止まらないその啄ばむようなキス。最初は驚いたものの少ししたら多少の思考能力は戻る。少し力を入れて祐巳を押し返すだけでいいのだ。ただそれだけで今のこの望んでいない状況は打開できる。
 なのに、その少しができない。止めさせなければいけないと頭では理解しているのに自身でも理解のできない熱が沸いて来て今の状況を喜んでいた。

「志摩子さん、どこにも行かないでね。志摩子さんがどんなに嫌がっても離れてなんかあげないからね。わかった?」

 祐巳のキスの雨がやんだかと思うと何故かどうしようもない寂しさが志摩子を襲う。自分も理解できない寂しさに動揺をしていたら、耳元で囁かれた。その言葉と吐息は志摩子の動揺を大きくし、更に顔を赤くさせた。

「わかったら返事をして?」

 耳にかかる吐息。鼓膜をくすぐる甘い声。祐巳の声は志摩子の思考をドロドロになるまで蕩けさせる。

「わかり、ました……」

 志摩子は何故か、今の祐巳の言葉を拒否することができなかった。出処のわからない「従いたい」という欲求がとめどなく溢れてくる。
 志摩子の理性はドロドロに蕩け、後に残るのは甘い甘い祐巳に誘われてしまう本能だけ。

「わかったならいいよ」

 そう言って抱きしめる力を更に強く、再び志摩子にキスをしようとする祐巳。
 最早、志摩子にはそれを拒否するなんて選択肢はない。

「んん!?」

 キスをされることは分かっていた。それを受け入れるつもりでいた志摩子だが、予想していなかった新しい刺激に普段上げないような声をまたしてもあげてしまう。
 抵抗する間もなく唇を優しくするりと開き、祐巳の舌が志摩子の口内へと侵入する。
 驚いたもののその驚きはすぐに快感と形を変えて志摩子を襲う。祐巳の舌が志摩子の歯茎をなぞり、舌を絡めてくるのだ。祐巳のキスは強引なのに甘く、そして優しく志摩子を捕らえる。
 なすがまま与えられる快楽を受け入れることしか出来ない志摩子。志摩子の口内に泉のように溢れる唾液が祐巳の唾液と混ざり合い、それを祐巳に水音を立てて吸われると今までの人生で一度も感じたことのないレベルの快感と背徳に押しつぶされる。

 志摩子からは理性も思考回路もとうに消え、ただ祐巳の舌に弄ばれ、祐巳の口から流れてくる唾液をこくこくと飲むだけの意識しか残っていない。

 一分以上も続いたその深い深いキス。
 祐巳はゆっくりと名残惜しそうに志摩子の口から離れる。離れるのを拒むかのように2人の口からは唾液でできた銀の糸が伸びていた。
 祐巳はそれを指で絡め取って口に含む。
 そして再び志摩子の耳に口を寄せて

「どこにも行かせてあげないから」

 志摩子はこくりと小さく頷いた後、魂が抜けたかのように惚け、桜をぼーっと見つめていた。



「祥子……あれ、ほんとに祐巳ちゃんなの?」

 一部始終を見ていた一同、静まり返るその中で最初に口を開いたのは蓉子だった。

「はい……どういう訳か祐巳はアルコールの類を摂るとあんな風になってしまいますの」

「……スケコマシ」

 誰が言ったかスケコマシ。普段の祐巳には全く似合わない言葉なのだが、今の酔いの入った祐巳にはこれ以上ないくらいピッタリの言葉だった。

 誰も声を出せないでいると、祐巳がすくっと立ち上がり周りを品定めするかのように見回した。
 その場にいた全員が祐巳の目を見て悟る。祐巳は次の獲物を物色しているのだと。

「よし、私に任せて」

 立ち上がったのは前白薔薇であり、同時に志摩子の姉でもある聖であった。
 誰かがあの状態の祐巳を宥めなければならない。
 ならば原因を作った一人でもある自分が行くべきだと責任を感じているのである。
 それに同性とのキスと言った事で、最も抵抗がないのは明らかに自分なのだ。キスの一つや二つくらいならばなんの問題もない。

「聖さま、貴女では祐巳を止められません」

 そう言って立ち上がった聖を止めようとする祥子。

「そんなのやってみなくちゃわからないでしょ。それに曲がりなりにも私は祐巳ちゃんの先輩なのよ。後輩にビビって逃げるのなんて情けないじゃない」

 祥子の忠告もそこそこに聖は祐巳の方へと近づいていった。周りの山百合会のメンバーは固唾を飲んで見守っていた。
 ただ、祥子だけが悲観的な……祐巳を止めようとしても無駄だという表情を浮かべていた。

「やぁ、祐巳ちゃん」
「聖さま……」

 祐巳の前に立ち、いつも通りの気さくな先輩にならなくてはならない。今の祐巳に隙を見せてはいけないと聖は本能で理解していた。できるだけ平静を装って、出きる限りいつも通りを心がける。

 見つめ合うこと十数秒。
(やめとけばよかった……)
 と、聖は自身の浅はかさを今更になって責めた。
 いつか、聖は同族は匂いでわかると言った。そしてそれ以上に、天敵は本能で理解してしまうのだ。
 なにが先輩が逃げたら情けないだ。もう少し早く今の祐巳をちゃんと知っていればよかったと悔いていた。
 祐巳の目は完全に捕食者のソレであった。何時ものように透き通るような真っ直ぐな目ではなく、吸い込まれる海のような色を含んでいる。
 そして何より、自身への視線がいつもとは全く違ったのだ。祐巳の目は聖のことを子羊として見ていた。聖が気づいた頃にはもう遅い。
 聖の本能が告げる。
 この祐巳ちゃんは全女性に対して負ける事はない。祐巳ちゃんからすると今この場は可愛い子羊が食べ放題の楽園に等しいのだと。

「聖さま!」
「ちょっ、祐巳ちゃん!?」

 聖の首に両手を回し抱きつく。突然バランスを崩され、祐巳の顔が聖の顔に吸い込まれるように近づいてくる。

(来るか……!?)

 咄嗟の事で聖は拒否することも、逃げることも出来ずに祐巳が近づいてくるのをただ待つだけとなった。
 志摩子の時とは違い、いきなりなんだな。
 だなんて事を考えられるくらいには余裕がある。これも元から予想していたのと同性とのキスへの抵抗のなさのお陰か。

 そんな事を考えていた。

「ひゃっ!」

 その余裕は一瞬にして崩れ去った。
 祐巳の舌がなんの躊躇いも容赦もなく聖の左耳への侵入を果たしたのだ。

「は、ふぅ……」

 予想外だった。想像だにしていなかった経験したこともなかったその刺激は聖が普段出さないような声を出させるに至る。
 耳の中で舌が僅かでも動く度、熱した鉄を突っ込まれたかのような容赦のない快感が聖を襲う。
 舌の動きに合わせ耳の中で淫らな水音が響き、その音が更に聖の精神を燃やし、焦がし、溶かす。

 聖の膝は産まれたての子鹿のようにガクガクと震え、ついに耐えきれなくなったのか床へぺたんと座り込む。

「ゆみ、ちゃぁん……」

 数分前までの先輩風を吹かせていた聖はどこへやら、腰砕けになり座り込んで顔を上気させ祐巳を見上げるその表情は何時もの聖を知っている人達から見れば余りにも衝撃的だった。

「聖さまったら、仕方ないですねぇ」

 座り込んだ聖に合わせるように祐巳も膝を畳んで座り、聖の顔を両の手のひらで包み込んで引き寄せた。

 そして志摩子にしたのと同じように、深くて甘い素敵な毒を含んだキスを聖に落とす。
 すぐに目をトロンと蕩けさせ、終わった頃には志摩子と同じようにポーッと虚空を見つめていた。



 場は再び誰も口を開かない静かな、そしてどうしょうもないような空気に満ち満ちていた。聖の状態を目の当たりにして誰もどうしたらいいのか戸惑っていた。
 ただ一人祐巳だけは再び周りを見渡し、ある一人を見定めると目を細めにっこりと可愛らしい笑みを浮かべて歩き出す。

「江利子さま、楽しんでますか?」

 聖を骨抜きにした祐巳が次に目を付けたのは江利子だった。

「え、えぇ。楽しんでるわよ」

 なんでもないように振る舞ってはいるが、頬には冷や汗がたらり。
 江利子にとって今の状況は面白かったのだが、イマイチ楽しめなかった。いくら楽しいとはいえ、その矛先が自分に向いてしまうのはたまったものじゃない。

 ちょこんと江利子のとなりに座り込んで江利子の肩に頭を預ける祐巳。

「祐巳ちゃん?どうしたの?」
「少し、聞いてもらってもいいですか……?」

 さっきまでの狼のような祐巳はどこへやら。小動物のように大人しくなって江利子の傍に控えるその姿は姉妹にすら見える程に自然に収まったのだ。最初からそこが自分の低位置のように。

「えぇ、なにかしら?」

 警戒心は忘れずに、されどそれをおくびも出さないように答える江利子。

「その……ですね。江利子さまともっと一緒にいたかったなぁって」

 しおらしく呟いて江利子に更にしなだれかかる。

 ごくり、と思わず生唾を飲む江利子。
 自分は至ってノーマルで同性に対して恋愛感情やそういった類の感情を抱くことは一生ないだろう。そう思っていたのだが今の祐巳には流石の江利子といえども思わずドキリとさせるものがあった。
 祐巳の柔らかすぎる性格と明るく純粋な心を誰も拒否することが出来ない。勿論それは江利子も同様だった。

「江利子さまともっとお話したかった。一度くらい江利子さまと一緒に出かけたかった……」

 祐巳がぽつりぽつりと江利子の肩に頭を預け、桜を見ながら呟く。
 普段の祐巳からは考えられない儚さに江利子の中にある先ほどまでの祐巳の記憶はどこへやらと散ってしまった。周りの桜が祐巳を引き立て、江利子の意識を惹く。
 自分は祐巳との関わりが比較的浅かったことを後悔している節があるのは確かなのだ。
 これまで自分たちの周りには居なかったタイプ。何事にも等身大でぶつかっていくその姿勢は見ているだけで楽しく、こちらまで暖かい気持ちになる。彼女は江利子の高校三年間の最後のデコレーションをしてくれたのだ。
 短い間とはいえ、間違いなく福沢祐巳は江利子の高校生活には欠かせなかった存在なのである。 そう、自分から一方的に思っていただけだと思っていた。

「もっともっと江利子さまと一緒に楽しいことを追いかけたかったです……」

 自分だけではなく祐巳もそう思っていたのだと知り、柄でもなく胸にじんわりとしたモノが込み上げてくる。

「大丈夫よ、リリアンを卒業しても人との繋がりに卒業なんてないんだから。これからだって楽しいことを追いかけることなんていくらでもできるわ」

 祐巳の手に自分の手を重ねる。江利子よりも少しだけ暖かかった。

「本当ですか?」
「本当よ」
「本当の本当に?」
「本当の本当よ」

 しばらく見つめ合うこと数秒。ただ目があっているだけなのに心が祐巳の目に吸い込まれる。

「じゃあ、証をください」
「証?」

 こくりと首を傾げる江利子。
 一体何を上げればいいのだろうと思案する。カチューシャか、まさかロザリオなんて事は祐巳に限っては言わないだろう。

「キス、してください……」
「キス?」

 祐巳がいじらしくこくりと頷く。
 最早、江利子には目の前の祐巳しか見えてない。聖との出来事なんて記憶の片隅にも残っていなかった。

「高校生活の思い出を……江利子さまを一生忘れられないくらいの証を、繋がりを、刻んでください」

 そう言って目を瞑る祐巳。
 一瞬、どうしたものかと悩んだもののここで引くような鳥居江利子ではない。
 高校生活での足りない思い出は全部いまここで埋めてしまえばいい。これからの人生に祐巳というエッセンスは欠かせないのだ。だから祐巳には忘れられないように鳥居江利子という存在を刻んでやろう。

 江利子は目を瞑っている祐巳の顎に指を添え、そっと顔を寄せ……



 まさか、あのいつでも余裕を持っていて何かあっても高みから見下ろしてせせら笑っている江利子までもが陥落するとは誰もが思っていなかった。

「お姉さま……」

 江利子の妹である令の内心はなんだか複雑だった。
 姉が聖のように半ば強引にキスでもされようものなら割って入ってでも止めるつもりだったのだが、目の前で行われたやりとりが余りにも自然で小説の中のワンシーンのようだったので止めようなんて微塵も思い至らなかった。
 最終的にキスをしたのだが、今のやりとりを見てしまうと嫉妬すら湧いてこない。それ程までに自然。舞台を見せられているといっても納得できてしまう。
 複雑なのは、姉が他所様の妹にキスをしているのに嫉妬の欠片も湧いてこなかった所為なのである。

 流石にそれは妹として姉に関心なさすぎなのではないか、薄情なのではないかとの葛藤に苛まれていたらグイッと腕を引っ張られた。

「令ちゃん、私たちで祐巳さんを止めるわよ」

 腕を引っ張ったのは令の妹である由乃だった。
 江利子は祐巳とのキスを終え、やり切ったからかポーッと心ここに在らずモードになっていた。

「でも、私たちが行ったところで祐巳ちゃんを止められるの?」

 いくら自分自身の意志で祐巳に落とされないとは思っていても、前例をいくつも見てしまうと流石に自信がなくなるというもの。
 白薔薇は姉妹揃って祐巳の事が好きなのは分かっていたからまだ納得できたが、まさか自身の姉までもが陥落するだなんて思ってすらいなかったのだ。

「止められる、じゃなくて止めるのよ!親友としてあんなスケコマシの祐巳さんは止めなくちゃ!」

 堂々とスケコマシって言っちゃうんだ……と一同思うものの、事実なので誰も文句を言わなかった。あの祥子までも、妹がスケコマシ呼ばわりされているのに異議を申し立てなかった。
 珍しく申し訳なさそうな表情までしている。
 その表情で祥子は以前にもこの状態の祐巳との間で何かしらがあったのだろうと推測できるが、今はそんな事を追及する余裕は誰にもない。現状をどうにかするだけでいっぱいっぱいなのである。

「一人で止めようとするからダメなのよ。二人でいけば祐巳さんもどうしようもないでしょ?」
「あぁ、確かに」

 わざわざ一対一になるから祐巳のペースに乗せられて独特の雰囲気を作られたのだ。
 二人ならば同時に口説き落とされるなんてこともなければ、ペースを持って行かれることもない。よしんば危なくなっても片方が助け舟を出せばいい。

「よし、祐巳さんを止めに行くわよ令ちゃん!」
「えぇ、これ以上は誰のためにもならないから早く止めないとね」

〜ダイジェストでお楽しみ下さい〜

「由乃さんの背中、本当に綺麗……うん、ずっと触ってたい」
「ひゃ!ち、ちょっと祐巳さん!?ど……こに手を入れ、ふぁぁ」
 背骨に沿って指を艶かしく由乃が最も敏感になるように触る。

「令さまってカッコいいけど、それ以上に可愛いですよね……こんな声出しちゃって、本当に可愛いです」
「ひゃ!ち、ちょっと祐巳ちゃん!?そんなとこ、ろ、噛まない、でっ!」
 令のうなじに鼻先を近づけすんすんと匂いを嗅いで、そのまま噛み付く。

 なんやかんやあって……
「ゆみちゃん……」
「ゆみさん……」

 こうなりました。



「ちょっと祥子、あの祐巳ちゃんってどうやって止めればいいのか知らないの?」

 白薔薇姉妹が最初に陥落、次いで黄薔薇ファミリーも全滅し、残るは紅薔薇のみとなる。

「しばらくしたら眠くなって、眠りにつくはずですわ。……ただ、それまではどうしようもありません」
「そう……まさか祐巳ちゃんが酔うとこんなことになるなんて私も考えたことなかったわ」
「私もですわ。普段の祐巳を知っている分、こうなるなんて自分の目で見なければ信じられません」

 山百合会の全員が祐巳に対して持っているイメージとしては、正直すぎてからかわれたり、いつも色々なことに振り回される根っからの被害者体質というか巻き込まれ体質であるというのが考えの底にあった。
 今の祐巳はそれとは対極。甘言で心を奪い、上級生でさえ振り回している。
 普段振り回されているから、その反動であんな風になってしまったのかとさえ思える。

「眠るまで、か。それまで、ただ見てるっていう訳にもいかないしちょっとキツくお灸を据えないといけないわね」
「ですが……!」

 今度は蓉子が祐巳を止めると意志を固める。
 今の祐巳を見てても眠るような気配は一切見せない。それまでの間、あの祐巳を放置することを蓉子はとても容認できなかった。

「分かっているわ。でもね、あの娘は私の孫なのよ。大事に思ってないわけがないの。だからこそ私が止めに行くのよ」

 そう言って蓉子は祥子にウィンクを飛ばす。
 此処までくれば祥子も祈ることしかできない。それがなにより悔しかった。
 姉である蓉子と協力して祐巳を止めたいと思ってはいるけれど、絶対に足を引っ張る結末しか見えない。どれほど心を強く持とうとしても、過去に一度今の……『スケコマシ』祐巳との記憶がどうしても蘇ってきて、酔った祐巳の言葉には到底逆らえる気がしなかった。


 意を決した蓉子はゆっくりと祐巳へと歩みを進めた。

「祐巳ちゃん、貴女ちょっとやり過ぎよ」

 蓉子は、まさか無条件で甘やかすものだと思っていた祐巳を叱ることになるとはまさか思ってもいなかった。

「蓉子さま……!」

 祐巳は蓉子を見て、ぱあっと何時もの無邪気な笑顔を浮かべる。
 その笑顔を見て、祐巳を叱る事への抵抗を覚えるがなんとか動揺を抑えて自分を保つ。

「祐巳ちゃん、貴女はリリアンの生徒なのよ。分かっているのかしら?」

 蓉子の声のトーンを察し、笑顔を曇らせ俯く祐巳。
 感情が表に出るのは酔っても変わらないようで、祐巳が落ち込んでいるのがひしひしと伝わる。
 蓉子としても、お酒を意図せずに飲まされた祐巳を責めるのは中々心が痛かった。
 元を辿れば酒を買ってきた江利子と聖が原因なのだが、その2人は心ここに在らず。何を言っても、届かないのは明白だった。

「それに山百合会の一員なの。将来的には貴女も山百合会を引っ張っていくのよ。その事を胸に刻んで、自覚を持たなければダメ」
「はい……」

 暗い顔で、こくこくと頷く祐巳の目には涙が滲んでいた。

「蓉子さま、ごめんなさい……」

 俯いたまま顔を上げず、蓉子へと謝まる祐巳。

「顔を上げて頂戴。私は祐巳ちゃんの笑顔が好きなのよ」

 蓉子も本気で祐巳に対して怒っていたわけではない。飲みたくもなかったお酒を意図せずに飲んでしまったからこうなってるだけなのだ。怒っているのじゃなく、ただ祐巳を止めようと思ったに過ぎない。

「はい、ここに座って。はい、口を開けて」

 反省をしたのならもう構わない。これ以上怒りたくもないのに祐巳を叱る必要もない。
 そう判断して、蓉子は座らせた祐巳の口に一口サイズのマドレーヌを食べさせる。おずおずと差し出されたマドレーヌを食べる祐巳はさながら小動物のようであった。
 大の甘党なのは酔っていても変わらないようで、涙目のまま口元を綻ばせる祐巳。

「かわいい」

 思わず口をついて出たその言葉は偽りなく本心であった。

「はい、もうひとつあるわよ」

 咀嚼し、飲み込んだ祐巳にもう一度マドレーヌを持って行くと今度は勢いよく飛びついた。
 余りに勢いが強過ぎて蓉子の指までパクリと咥え込んでしまった。

「ちょっ、祐巳ちゃん!?」

 突然人差し指に訪れた生暖かいような感覚に蓉子は驚いてしまう。
 蓉子の動揺を尻目に、祐巳は器用にも蓉子の指を咥えながらもマドレーヌだけを咀嚼し嚥下する。
 マドレーヌが食べ終わったにも関わらず、祐巳は蓉子の指を美味しそうにくわえ込んでいる。
 突然の出来事に蓉子の思考回路は仕事をボイコットしているのか何を言えばいいのか全くわかっていない。

「ん……」

 一心不乱に愛しそうに蓉子の指をはむはむと舐る祐巳。
 赤子のように必死で自分の指を咥える祐巳を見ていると、蓉子の中の新しい扉が開きそうになる。

「祐巳ちゃん、離れなさい!」

 腐っても鯛、卒業しても薔薇様。
 蓉子は、開きそうになった扉を力ずくでバタンと閉じて、鋼の精神力の鎖でドアを開かないようにして抑え付けた。

「……?」

 何を考えてるかわからない顔で首を傾げる祐巳。
 蓉子は祐巳の余りの恐ろしさに戦慄を覚えざるを得なかった。あれだけ警戒して、ペースを持って行かれないようにと心がけていたのに心の隙間に狡猾な蛇のごとくスルリと入ってきたのだ。

(落ち着きなさい、私。祐巳ちゃんのペースに乗せられてはダメよ)

 乗せられてはダメとは言うものの、祐巳がそれを意識してやってない。故に、自然に流れるようなスキンシップ(過度)に移行されても反応が遅れる。

 何気無く近くにあったチョコレートを何個も口の中に放り込む。
 一度自分の中のリズムを取り戻すために、別の事を挟みワンテンポ置く。そうすることによって動揺なんかをリセット。

 この際、少し位はしたなくたってマリア様だってきっと見逃してくれると信じよう。

「蓉子さま、私もそれ貰ってもいいですか」

 唯一の誤算は、マリア様が見逃してくれても、祐巳が見逃さなかった事だ。
 返事も聞かずに祐巳は蓉子へと抱きついた。

「ゆ、んんんっ!!?」

 祐巳に優しく抱きつくようにふわりと押し倒され、反射的に口を開こうとした所に蓉子の口腔に祐巳の舌がスルリと侵入。
 祐巳の小さく柔らかい身体はの体温は高く、それを感じて心臓の打つ速度が早まる。
 唇に感じる祐巳の舌があまりにも柔らかく理性が蕩けそうになる。その上柔らかい舌が蓉子の口の中にあるチョコレートを舐めようと動く度にぞわぞわとくすぐったいような感覚が蓉子を襲う。
 しかし、そこを耐えるのがリリアン最強の紅薔薇である。

 溶け出して形を失いそうな理性をかき集めなんとか理性を保つ。
 ここで折れてはダメだ。すぐにでも祐巳を突き放してでも抵抗しないと理性が溶けるのも時間の問題だった。一先ず落ち着こうと思ったのを見計らったかのように押し倒され、困惑と動揺と多幸感が綯い交ぜ。
 さしもの、蓉子と雖もここまで不意を突かれると冷静ではいられない。ここで祐巳を引き離せるかどうかが瀬戸際だ。

 祐巳の肩に手をかけ、強引に引き剥がす為に力を込めた。
 その瞬間だった。

「んぅっ!?!?」

 蓉子の中のナニかがぷつりと音を立てて切れた。
 今まで、チョコレートを舐めていた祐巳の舌が唐突に蓉子の口の中の上にあたる口蓋をなぞるように這った。その瞬間に蓉子の人生で経験したことのないような快感が稲妻となって走り、残っていた理性を跡形もなく消し去った。

 何故、祐巳が蓉子自身も知らないような敏感な場所を知っているのか。そんな疑問は湧くが、すぐに蓉子の感情の根の部分から出る多幸感に押し流され消えてしまった。

「っ……ん……」

 蓉子は思う。
 どうして、自分は頑なに祐巳ちゃんを拒否していたのだろう。こんなかわいい孫なんだから一番最初に受け入れてあげるべきだったのだ。
 こんなに幸せなのだから、わざわざ幸せを遠ざけようとしないでいいのだ。
 今はただ、自分の全てで祐巳ちゃんを感じて受け止めればいい。



「祐巳……お姉さま……」

 祥子は眼前で繰り広げられる姉と妹とのスキンシップ(過度)をただただ見ている事しか出来なかった。
 その光景を見る祥子の心情はかつてないほどに複雑であった。妹を止められなかった悔しさ、姉を助けられなかった不甲斐無さ、止められなかったことに対しての残念さと同時にこうなるだろうとも思っている部分があり、祥子は自身の感情を把握しようと必死だった。

 そんな葛藤もすぐに真っ白になって吹き飛ぶ。

「お姉さま」

 感情に振り回されている祥子はビクリと反応をして顔を上げるとそこには普段からは考えられないほどに妖艶な表情をした祐巳が立っていた。
 そして祥子の葛藤は消え去り、既に心は祐巳の元へと堕ちていた。

「祐巳……」

 思考の片隅で思い出すのは、祐巳が家に訪れてきたときにお母さまが間違ってお酒を持ってきてソレを飲んでしまった時のことだ。
 どうしてお母さまが間違ってお酒を持ってきたのかだとか、それに何故誰も気付かなかったのかツッコミどころは満載なのだが、一体どうしてその事件は起こってしまった。

「はい、お姉さま」

 結果から言えば、親子そろって今の状態の祐巳にスケこまされたわけである。
 祐巳を挟んで親子二人で寄り添うように寝るのなんてこれまでも、そしてこれからも経験することなんて想像していなかった。勿論、小笠原親子が祐巳に堕ちたことを口外するわけもない。憶えているのは当事者である祥子と清子のみ。どういうわけか祐巳は酔いが醒めるとそのときの記憶が綺麗さっぱりなくなるようで、本人なのに憶えていない。

 あの時の多幸感が祥子の中に蘇り、それを今、すぐにでも感じることができる。
 そう思うと、すぐにでも祐巳に近づきたいと心が逸る。

「お姉さま、大好きですよ」

 その声は祥子の全てを幸せで満たした。

「私もよ、祐巳」

 もう祥子の目には祐巳しか映っていなかった。



「ん、ふわぁ……」

 頭が少し痛い。
 いつの間に眠っていたのだろうと祐巳は重たい瞼をゆっくりと開く。
 寝起きは良くないほうなのは自覚しているが、いつにもまして頭がぼんやりしている。

 横になっていた身体を上体だけ起こし周りを見渡す。

「……?」

 祐巳を中心として山百合会のメンバーが寄り添って眠っていたり、恍惚としたような表情で祐巳の事を見つめていたり、ちょっとだけ色っぽいような声で祐巳の名を呟いていたりと現実とは思えないような光景が広がっていた。
 後ろに気配を感じ振り返ってみると、江利子が座っていた。どうやら先ほどまで江利子の膝枕で眠りこけていたらしい。どうりで首も痛くないし、寝心地もいいわけだ。なんて、一人で謎の納得をする祐巳。

「おやすみなさい」

 とても現実とは思えなかったので夢だと確信を抱く祐巳。夢なら夢を堪能するためにもう一度江利子の膝の上に頭を乗せて眠りにつく。江利子はそれを楽しそうに受け止め祐巳の髪を撫でていた。
 撫でられているとすぐに眠たくなり、意識はすぐに朦朧とする。肌寒いのも、引っ付いて眠っている祥子や蓉子や志摩子と言った面々のお陰でまったく気にならない。
 そして祐巳は夢のような現実から本当の夢の世界へと旅立った。



 次に目を覚ましたときには膝枕をしてくれていたのは姉である祥子であり、何事もなかったかのように全員が花見をしていて
(やっぱり夢だったんだぁ。変な夢だなぁ)
 と、一人で納得する祐巳。
 そのままお花見は滞りなく進んで、大団円の元幕を閉じた。

 ただ、この事件が切っ掛けで祐巳が山百合会のメンバーの誰かに近づくと近づかれた側は顔を赤くしたり、手が触れたりするとビクりと反応してしまうのだが、少し疑問に思うだけでにぶちんの祐巳はなんとも思わなかった。
 要は、皆が皆、祐巳を意識するようになってしまったわけである。本人は微塵も気付いてはいない。何故だ。



 余談ではあるが、どこで見られたのか、何処から漏れたのかはわからないが、この事件の後、リリアン女学園の真の最強は福沢祐巳だとしめやかに噂されたという。
 その噂は決して大きく取り上げられることはなかったが、祐巳が卒業するまで噂され、リリアンの伝説としてひっそりと名を残すことになるのだが、それはもう少し先のお話。


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