【短編祭り参加作品】
「ごきげんよう、蔦子さま。あら、絵ですか?」
笙子ちゃんは私の絵を覗き込む。不思議がるのは無理もない。
普段の私はカメラを持って駆け回っているのだから。
「うん。たまに描いているんだ。もしもこの世に写真がなかったら、
こうやって絵で表現するわけでしょ。そう思って絵を描くことは、
写真を撮る上でも役に立つと思うんだ」
「なるほど、さすが蔦子さま。…でも、やっぱり写真の方が冴えてますよ?」
はっきり言われてしまった。今描いているのは風景画なのだが、
技量的にはともかく、表現対象がはっきりしないつまらない絵だ。
「蔦子さまのことですから、人物画の方が向いているんじゃありませんか」
そうだね。じゃあちょっとヌードでも、という言葉が出かかったが、必死で我慢する。
この子は「はーい、脱ぎまーす」と本当に言いかねない怖さがある。
人物画にしない理由は簡単。写真なら一瞬で済むけど、
絵だと描かれる人を長く拘束してしまうからだ。
だが笙子ちゃんは、私を描いてくださいと言ってくれたので、チャレンジすることにした。
「うーん、うまく閃かないなあ」
「写真のようにはいきませんか」
笙子ちゃんに座ってもらったが、これを描きたいという気持ちが湧いてこなかった。
逆に、魂の入っていない絵を描くのもモデルに悪い気がする。
理由は大体わかる。私はふだん、撮られるために静止している人など撮っていない。
写真と無関係に動いている人間の方が好きなのだ。
まてよ、と思いつく。風景に加えようかと思って用意した造花があった。
「笙子ちゃん、ちょっとこれ、そのままあげるから持っていてくれないかな」
えっ、とかわいい反応が返ってきた。
すかさず私は、その表情をひたすら勢いだけで描き殴った。
「わあ、すごい。蔦子さま、ものすごくお上手じゃないですか」
褒められると照れるが、私もそう思っている。
ただのラフスケッチにすぎないのに、笙子ちゃんのかわいらしさが余すことなく表現されていた。
「うーん、結局私は『一瞬で戦う』方が得意なのかなあ」
さて、困ったことがあった。これに彩色をして、もっと良い絵にする自信がないのだ。
「気に入ったなら、これをもらってくれないかな」
「よろしいのですか?」
「うん。写真に役立てるのは心の問題だから、描いたものを取っておく必要は特にないんだ」
「じゃあ、いただきますね。ありがとうございます」
人には言えない。
あの後思い出しながら、別れ際の笙子ちゃんの笑顔を描いてしまったことを。
人には言えない。
描いた絵は今度は丁寧に彩色され、見事な出来になって、
私のお気に入り作品として保管されていることを。