【短編祭り参加作品】
「あなたは蔦子さんに写真を頼りすぎていないかしら」
姉・築山三奈子の指摘に対して、自覚はあった。
私も新聞部員として、一年生ながらもリリアンかわら版に記事を何本も載せている。
だが自分で撮った写真を載せたことはまだ一度もない。
しかも自分の記事に関連する写真を、蔦子さんに譲ってもらったことは何回もあった。
私は蔦子さんを頼っている。だが蔦子さんは、私をそれほど必要としていない。
蔦子さんは貸し借りに厳しい人でないとしても、これでは記者として問題がある。
「何が何でも自分の写真でなければいけないとは言わないけど、
これでは真美が写真を撮れるのか自体が疑問だわ」
「失礼な。写真くらい撮れます」
「言っておくけど、記事として使えるレベルの写真よ?それだけのことが言えるなら、
明日一日の間に撮って、見せてごらんなさい」
後で考えてみると、毎日記事になり得るネタが転がっているわけではないのだから
ちょっと難しいことを言われていたのだが、このときは勢いで承知してしまった。
しかし一人でカメラを持って構えてみると、確かにいつもと違う緊張感があった。
逆に言うと、いつもの私が自分で写真を撮らない前提で活動していたことを認めざるを得ない。
まず練習用として、自分の左手を二回撮ったが、その程度のことで緊張は解けなかった。
まずは始業前の登校風景を撮ろうと、早く来て校内で待ち構える。
新聞部の私がカメラを持っていることはそれほど意外ではなかったようで、
リリアン生たちもそれほど警戒はしていない。撮影のためにはよい状況だ。
おしゃべりをしながら校舎へ向かう4人組を撮ろうとしたが、
その中の一人の姉がやってきたようで、構図が求めていたものと変わってしまった。
仕方ないので代わりに、朝練でランニングをするソフトボール部を撮ろうとしたが、
逆方向からやってくる陸上部と重なってしまい、撮れなかった。
始業前の撮影をあきらめて、昼休みに賭けることにした。
さすがに教室内で写真を撮るのはためらわれたので校庭へ出た。
するとカラスが数羽立ち止まっていた。
どうしよう、人を撮ろうと思っていたけど、カラスに切り替えるべきだろうか。
悩んだ結果、カラスを撮ることにしたが、勇気ある生徒がカラスを追い払ってしまった。
私はまだ写真を撮れていない。
午後の授業中に、写真を撮れなかった経緯を振り返ってみる。
今になって思うのは、「なぜ撮れなかったか」ではない。
「なぜ『撮れない』と思ってしまったのか」だ。何でも撮ってしまえばいいではないか。
放課後、誰もいなくなった教室で、私は落ち込んでいた。
あの後も何度かカメラを構えるところまではいったが、シャッターを押すまでは行かなかった。
理由は何通りもあるが、結局は私の問題だ。
要するに、蔦子さんの上手な写真を当たり前のようにもらい過ぎたことで、
蔦子さん並によい写真でないと満足できなくなってしまったのだ。
自分では料理を作れないくせに舌が肥えてしまったようなものだ。
今の私には、左手の写真2枚しかない。
さすがにこれほど悲惨な状態は想定しておらず、途方に暮れていたところ、
教室に入ってくる人がいた。
「レギュラーキャラかと思った?残念!桂さんでした!」
「……」
「いや、何か反応してよ。このネタやると私もつらいんだから。
ほら、何か悩んでるんでしょ?」
「……。じゃあ桂さん、テニスで何か苦手なことってある?」
「私?私はサーブが苦手なんだ。ラリーが始まっちゃえばいくらでも動けるんだけど、
自分からサーブをするときは相手に全てを読まれているような気持ちになって、
恐くて何もできなくなっちゃうんだ」
今の私と似ている。
「でも桂さん、打たないわけにはいかないから結局サーブはするんでしょ?」
「うん。でも結局ほとんど返されちゃう。そこから私が競り勝つことは多いから、
精神的な問題じゃなくて、本当にサーブが下手なんだと思う」
今の私の状況に当てはめると、私は本当に写真が下手ということだ。
「そうか。自分の弱点をごまかすんじゃなくて、弱点を認めた上で努力することが大事なのね」
「そう言おうと思っていたけど、真美さん悟るの速っ!」
「桂さんも苦手なりにサーブの練習に励んでいるのよね。私も写真撮影が苦手だったけど、
苦手だと認めた上でちょっとでも克服できるように頑張るわ!」
「いや、全部言われると私のセリフがなくなっちゃうからその辺で…
この日のためにセリフをいっぱい用意してきたんだから…」
「桂さんありがとう。今から下手くそな写真の練習を目一杯してくるわ。じゃあね」
「……! …… … 」
それから私は、新聞部の部室が閉まる時間まで写真を撮りまくった。
人が少なくなっていたので、報道的価値はない写真ばかりだったし、
できた写真も蔦子さんのもののような鮮やかさはなかったけれど、
それでも私にとって、大量にシャッターを押す行為自体が重要な経験だった。
後日、お姉様にこのときの写真を提出した。
拙さを笑われることを覚悟していたけど、反応はそれよりもっと悲しかった。
忘れていた訳ではないようだけど、関心が次のことに移っていたのだ。
国語の井上先生の恋愛の噂を聞いて、尾行をしていたところ、
偶然近くでひったくり犯が発生したのだ。お姉様はすかさず犯人の写真を撮り、
犯罪捜査に貢献したらしい。他にも証言者は何人もいたのだが、お姉様の写真は
共犯者まで写っていた点で捜査への貢献度が高かった、と警察の方々が説明してくれた。
お姉様はもちろん鼻高々で、リリアンかわら版の次号のネタもこれで決まりだ。
このあとは盛られまくった武勇伝が紙面を埋めるのだろう。
「何を言っているの真美。本番はこれからよ」
「えっ?」
「私のカンでは、井上先生の交際は二股ね。今のタイミングでなら
書いても停学にまではならないわ。次々号で今度こそこのネタをものにするわよ」
また始まった。カンが当たったことなどないでしょうに。
珍しく得た名声をいつもそんなところで浪費して。
「真美、今度の尾行はあなたもついて来なさい。カメラマンとして」
「!」
ああ、悪事とは知りながらも、ついつい従ってしまう。
新聞部一年山口真美、ただ今修行中です。