前回【No:328】までのあらすじ………状況は混迷を極めているような気がしないでもないレイニーシリーズだったが、気にした風でもない志摩子さんは瞳子ちゃんにセカンドアタックを敢行したのだった。
「志摩子さん」
「はい」
振り向いて笑顔を返す志摩子に、カメラを向けた蔦子さんは結局シャッターは切らずにカメラを下ろした。
「蔦子さん?」
「なに?」
「蔦子さんの方が、何か言いたいことがありそう」
「そう?」
眼鏡の奥の眼が細められる。
「むしろ志摩子さんの方が、何か言って欲しいのかと思った」
そう、だろうか。志摩子は考える。この友人がそう言うのならそうなのかもしれない。
「なんだか、らしくないね。志摩子さん」
その言葉に、志摩子はむしろかすかな安堵さえ覚えた。
「そうかしら」
かすかな、苦笑。
「『らしくない』、なんて言う程、志摩子さんをわかってるなんて言う気はないけど」
「そんなことは……」
蔦子さんは、時に志摩子自身も気付いていない志摩子の内面を的確に見て取ることがある。一定の距離を保った位置から。それは恐ろしくもあったが、不快なものではなくて。
「はたから見てると、まるで祐巳さんに恨みでもあるみたい」
笑いながら言う蔦子さんに、志摩子はかすかに微笑んだ。『まるで』の一言を付けることで、そんなことはありえないと言ってくれているのだ。この友人は。
「そんなに変かしら」
「無理してるように見える」
スッパリとした蔦子さんの一言に、志摩子は笑みを消した。
「……乃梨子を妹にしてから、私は、私達はずっと平和だったわ」
「平和?」
「祐巳さん達が大変な時も、私と乃梨子は問題らしい問題もなくて……」
「……それを引け目に思う必要はないでしょう」
「ええ、もちろんそうなのだけれど……」
かつて、志摩子はみんなに救われた。それは確かに荒療治ではあったけれども。
「感謝してるのよ。祐巳さんにも、薔薇の館の人達みんなにも、蔦子さんにも」
「私?」
ちょっと意外そうな顔をする。蔦子さんの鋭い観察眼は、被写体となる対象に限られるのか、自分自身には向いていない。
「乃梨子のことで相談に乗ってもらったことがあるわ」
「ああ、そうだっけ?」
「今まで何の力にもなれなかった。だから力になりたいの」
「そんなことないと思うけどね……」
蔦子さんは呟くように言って、さらに言葉を続けた。
「志摩子さんの場合は特殊な事情があったから、わからなくもないけれど……」
細かい事情まで公にされたわけではなかったはずだが、蔦子さんはそれをほぼ正確に把握しているようだった。だとしても志摩子は別に驚かない。蔦子さんならさもありなん、という気がしたし、もはや知られても構わなかったから。
「……でも祐巳さんの場合、ここまでする必要はあったのかな?」
「……たぶん、いずれ解決する問題だったとは思うの。でも、それにはもっと時間がかかるでしょう。今の状態が続くのは、見ていてツライ」
それは誰にも、乃梨子にも言っていなかった志摩子のホンネ。
「まあ、あの瞳子ちゃんが、だいぶへこんでいたみたいだものね」
「瞳子ちゃんもそうだけど、瞳子ちゃんを傷付けてしまった祐巳さん自身にとっても、今の状態は辛いことだと思うのよ」
「………さすがは親友」
蔦子さんはかすかに笑ったけれど、それはたぶん蔦子さんも同じ。
「結局は祐巳さんの気持ち次第だと思うの」
「まーねえ。瞳子ちゃんの気持ちは決まっているから……」
「でも今の祐巳さんは……」
「祥子さまにベッタリだからねえ」
「ちゃんと瞳子ちゃん自身に目を向けさえすれば、それで解決すると思うのだけれど…」
わずかに迷ってから蔦子は思い切って聞いてみた。
「もし、やり過ぎて二人の仲がダメになったら、とは考えなかった?」
「あの二人は、そこまで弱くないと思うわ」
別の意味で信じているということか。
「……納得、してもらえたのかしら」
「納得も何も、私は好奇心から聞いてみただけよ?」
いや、やはり不安はあるのだろう。最後の最後で少し不安そうな顔をのぞかせる志摩子さんに蔦子は笑って応えた。
「まあ、志摩子さんの考えはわかったけどね」
蔦子の言葉に何故か笑顔を見せた志摩子さんに、なんとなくカメラを向けてシャッターを切った。
「それじゃあ、私はそろそろ行くわ」
「ええ、ごきげんよう。蔦子さん」
「ごきげんよう」
「蔦子さま」
部室に戻ろうとする蔦子に嬉しそうに近づいてきたのは笙子ちゃんだ。このコはなんだかいつも嬉しそうにニコニコしているな。そう思った蔦子の顔にも笑顔がうかんでいるのだが。
「ロザリオ一つで大騒ぎになってますね」
何故か感心したように言う。
「それだけ重いものなのよ。ロザリオの授受、というか、それに込められたモノはね」
「そうですね」
頷いて。
「………ちょっとうらやましいな」
「………」
ポソリと呟く笙子の言葉に、思わず視線を反らして聞こえなかったフリをする蔦子だった。