【405】 長き夜の  (くま一号 2005-08-22 21:02:40)


注意:微妙にR指定です。

 正月二日。

 高等部一年のあのときから、祐巳は毎年祥子さまの邸に泊まる。

「祐巳、祐巳。」
「はい、祥子。」
「お母様に任せておいたら、今日はコンビニ鍋焼きうどんになりかねないんだから、私達で作るのよ。」
「私が、でしょ? 祥子。」
「あら、今年の初反抗ね。」
「だって祥子に任せたらやっぱりコンビニ鍋焼きうどんになるわ。」
「ゆみっ。」耳をひっぱろうとした祥子の手を引っ張ってぐいっとだきよせる。
そのとたん、祥子の反撃はいきなりキス。うぐっ。

・・・・・・

「ひざが笑ってるわよ、祐巳。」
「そういう祥子は壁にもたれてるんですけど。」
「うふふふふ。」
「うふふふふふ。ことしもよろしくお願いします、お姉さま。」
「こらっ、お姉さまはなしっ。」
こつん。げんこつが降った。

”女房を ちっと見直す まつのうち” 江戸川柳


 あのころなら絶対考えられない呼び捨てとタメ口。
そう、私達は結婚して独立し、アパートに住んでいる。小笠原本社の部長待遇で研究職をしている祥子さま、いえ祥子は、将来グループを率いるための修行中、といったところ。
 そして、私は秘書、というのか助手、というのか、研究主幹付アシスタントディレクターというよくわからない肩書き。まあ、肩書きなんてなんでもいい。要は祥子のサポートをしている。

 内輪だけの結婚式の少し前のこと。
「祥子さま、もうすぐですね。」
「あのね、祐巳。その呼び方やめなさい。結婚して夫のことを様付けで呼ぶ妻が今時いる? そんなのいやよ。絶対いや。」
「お姉さまのままでいいじゃありませんか。」
「あと3年もたってごらんなさい? 一つの年の差なんて関係なくなるわよ。」
「そんなことありえませんっ。お姉さまはお姉さまですっ。」
「いーやと言ったらいや。じゃあお姉さまの命令よ。祥子って呼びなさい。」

「・・・・・・さち・・こ・・」 うわああああ、これってこれって一種の拷問だよ。きっと首から頭まで真っ赤にちがいない。

「はい。ゆみ。」
顔中満開で笑みを浮かべる祥子・・・さま。ってお姉さまも真っ赤だってば。
それが2年前のこと。

 ところが慣れというのは恐ろしいものだ。
カリフォルニアで1年、二人でプロジェクトの立ち上げをやったら、すっかりファーストネームを呼び合うのになれてしまった。
 でもね、『祥子』って呼んでても心の中では今でもお姉さまって言ってるんだよ、ねえ、お姉さま。

 カリフォルニアで違和感がなくたって、日本でそのまま周りが納得する訳じゃない。
まず日本に戻ってきたとき、成田に迎えに来た弁護士として仕事を始めている蓉子さまと、今売り出し中まさに旬の女優になった瞳子ちゃんが驚くの驚かないのめっちゃ驚いたって。
 結婚した、といってももちろん、法的な同性婚が認められているわけじゃない。夫婦別姓でさえ、この間法改正されて認められたばかり。同性婚が日本で正式なものになるには、まだまだ何十年もかかるだろう。結局、融義父さま清子義母さまの養子になる、ということで戸籍の話は片づけたのだった。


 元旦は、小笠原家にとっては公式行事の日。年頭のなんとかがあって、賀詞交換があって、めまぐるしく過ごした。だから、二日は昔から休みの日なのだ。そうじゃなければ使用人も休めない、だから二日は男は妾宅へいっちゃったほうが合理的だったのよ。

 そう言っちゃう祥子に昔の暗さはない。祐巳を妻だか夫だかに迎えてしまったら、いつのまにか男性恐怖症もぱったり収まってしまった。いつかは男性を伴侶にしなくちゃいけないって考えなくてすむようになったらあっさり解決してしまったらしく。今は男女合わせて200人からの部下がいる。人混みが怖かった、なんて今びしびし鍛えられてる部下が聞いても絶対信じないだろうな。高いところだけは今でもだめだけどねー、お姉さま。


なかきよの
  とおのねふりの
      みなめさめ

 なみのりふねの
   おとのよきかな


「ねえ祐巳、これ。七福神に宝船。2年ぶりね。」
「あれ? 『なかきよ』最初から書いてある。」
「江戸時代にはじまったときには、木版の印刷物だったそうよ。大江戸最大のヒット商品だったんですって。昨日持ってきた人がいるのよ。」
「ふーん、じゃ、これが元のカタチなの?」
「そうらしいわ。いつの間にどこの地方で、自分で書いて船を折る風習になったかよくわかんないんだけどね。ほらずいぶん前に『お江戸でござる』なんてテレビでやってたじゃない。」
「最初にここに泊まった時は、祐麒たちの部屋の方はなかきよの半紙なんてぐちゃぐちゃになってたわね。」
「ふふふ、今日だってぐちゃぐちゃになるわよ。運動するもの。」
「運動ってあのお姉さまあ?」
「お姉さまじゃないわよ。ふーん、そらっとぼけて。」
「・・・・・・・」こういうときはあさっての方向を向くに限る。

 結局祥子は指を切り、清子義母さまはやけどをした。まあ、毎年のことだ。
にぎやかでいいじゃないの。

 夕食が終わって、以前祥子が使っていた部屋へ引き上げる。ベッドとかはだいたいそのままになっているのだ。

「さて、祐巳、問題です。」
「はい。」
「正月二日と言えばなに?」
「なかきよ」
「それから?」
「えーと、なかきよをするんだから、初夢。」
「それからそれから?」
「初荷でしょ。物流部は今日出勤してるもの。」
「今日は仕事は忘れなさい。それから。」
「まだあるんですかあ?」
ぷっ、とふくれてみせる。

「ふーん、そこまでそらっとぼける気なの?」
それなら覚悟しなさい、っていきなりくすぐり攻撃ですかー。
「きゃあ、お姉さま。」
「お姉さまじゃないでしょっ。」
「祥子やめなさいっ。」
「いや。」
「・・・・・・・ひ・・・。」

祥子が手を止める。
「・・・・・・ひめ・・・・はじめ・・・でしょ。」
「そうよー♪」

きゃん、いくら広ーくて頑丈なこのベッドだってきしむってば、あん。


『二日の夜 浪のり船に 楫のおと』

ぎぃっ


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