【406】 志摩子は見た目には見えぬ絆  (柊雅史 2005-08-22 22:54:03)


「ほら、祐巳。足元、気をつけなさい」
「あ、はい、お姉さま」
並木道に広がった水溜りを前にして、祥子さまがさりげなく祐巳さんの手を取る。
少し恥ずかしそうに、そして何よりも嬉しそうに祥子さまに手を引かれ、祐巳さんは軽く跳ねて水溜りを越えた。
「それにしても、ようやく上がったわね」
「そうですね。このまま晴れてくれれば、良いんですけど」
朝から続いていたみぞれ混じりの雪がようやく上がった曇り空を見て、祐巳さんが言う。その手はしっかりと祥子さまと握られていて。もう水溜りはないのに、祥子さまも祐巳さんも敢えてその手を離そうとはしなかった。
初々しい姉妹の姿。そこにはまだ少しぎこちないけれど、確かに愛情という絆が感じられた。


「ね、令ちゃん。帰りにちょっと寄っていきたいところがあるんだけど」
「由乃、寄り道はダメだよ」
「えー、ちょっとくらい良いじゃないー」
祐巳さんたちの後ろで、由乃さんが令さまの腕にしがみつきながら、ゆさゆさと抱えた腕を揺すっている。
「ダーメ。校則にもあるでしょう、寄り道は厳禁」
「令ちゃんはちょっと固すぎるのよー」
ぷっくり頬を膨らます由乃さんを見る令さまの目は、本当に優しい光に満ちている。
何年も続いた、決して揺るがない関係。
我が侭を言う由乃さんも、それを受け止めている令さまも。
そこにはきっと、リリアン女学園に存在するどの姉妹も手にすることが出来ない、強固な絆が存在する。


「由乃ちゃんは相変わらずだけど、祐巳ちゃんところも中々どうして、初々しさが堪らないねぇ」
そんな二つの姉妹を眺めて、お姉さまが楽しそうに笑っている。
「ああ……今ここで、ちょっかいかけたい。抱きついたら、祥子怒るかなぁ? うーん……」
祥子さまが聞いていたら、それだけで怒りそうなことを真剣に考え込んでいるお姉さま。
志摩子はそんなお姉さまから、2・3歩後ろを歩きながら、その前を行く二つの姉妹を眺めていた。


手を握り合ったまま、他愛のない会話をしている祐巳さんと祥子さま。
腕を組んで、じゃれるような言い争いをしている由乃さんと令さま。
握られた手や、組んだ腕からは、そこにある確かな絆を感じられる。
それは志摩子が求めているような絆とは、全く別のものなのだ、ということを、志摩子は知っている。お姉さまと手を繋ぎたいとも、腕を組みたいとも、考えたことはない。志摩子が求めているのは、そういう類の繋がりではないのだから。
それでも――最近、ふと考えてしまう自分がいる。祐巳さんと祥子さまの姉妹を見るようになってから、時折感じてしまう漠然とした不安。
志摩子の前を歩くお姉さま。2・3歩離れた位置を歩く自分。
それが志摩子とお姉さまとの『距離』なのだけど……。


ふと、志摩子は足を止めた。
手を繋いでいる祐巳さんたちと、腕を組んでいる由乃さんたちと。その様子を楽しげに見ているお姉さま。
志摩子との距離が、少しずつ開いて行く。
1歩、2歩、3歩、4歩、5歩……。
そしてお姉さまが6歩目を踏み出したところで、不意にくるりと志摩子の方を向いた。
「志摩子、どうしたの?」
怪訝そうな表情で問いかけて来るお姉さま。
その声に祐巳さんと祥子さま、由乃さんと令さまも足を止める。
「あ、いえ――なんでもありません」
慌てて志摩子は足を速めて、お姉さまに追いついた。
「そう?」
首を捻ってお姉さまが歩き出す。志摩子とはほんの少し距離を開いたままで。


前を向いて、志摩子の方を見ようとはしないお姉さま。
けれどまた、志摩子が少し足を止めれば、お姉さまはすぐに気付いて振り向いてくれるだろう。
手は繋がないけれど。腕も組んだりしないけれど。
ほんの少し離れた距離。
けれどその間を繋ぐ、絆を確かに感じられたような気がして、志摩子の心は少しだけ温かくなった。


一つ戻る   一つ進む