【409】 幸せスクランブル  (ケテル・ウィスパー 2005-08-23 17:06:39)


No.363→No.364→No.375→No.379→No.393 の続きです。


 D-day 2月14日 PM 16:08 花寺学院正門前

 祐麒君とすれ違わないよう正門を観察している、なんか………だんだん増えてるんですけど。 100人近くいそうだけど…花寺ってこんなに人気あったの? 連絡をつけようにも今日は携帯を持って来ていない、衆人環視の中渡すなんて……避けたいところ。

「なにやってるのこんな所で?」
「正門前人がいすぎるからここで祐麒君が出てくるのを監視し………あひゃ〜〜?!」

 いきなり後ろから声を掛けられて妙な声を上げてしまった。 あ、なんかポーズも変。

「な、なによ、またデートの時みたいに覗き見しようってのじゃないでしょうね」
「あら見せてもらえるのなら見てみたいわね」
「デートの時覗き見た?」
「志摩子さん話してないんだ。 由乃さんの記念すべきファースト・デートの時後をつけて様子を観察していたのよ」
「………悪趣味ですね」
「志摩子さんも楽しんでたよね?」
「なかなか出来ない経験もさせてもらったわ」
「………いい趣味ですね」
「どっちなのよ? それで? どうしたっての?」
「公務で来たのよ、これ由乃さんの分よ」

 志摩子さんは、カバンから数枚の用紙を取り出して私に手渡した。

「月例会議議案書……え? 今日だっけ?」

 志摩子さんと祐巳さんがコクリとうなずく。
 『月例会議』とは、リリアンと花寺の生徒会で行われる月に一度の連絡会議のことで、それぞれの学校の生徒からの意見であるとか、部活やクラブからの協力の要請などの連絡を行う、持ち回りで会議場を設けることになっていて2月は花寺側で開くことになっていた。 ちなみに、祥子さまと令ちゃんの時は、祥子さまが男嫌いのため何かと理由をつけて逃げ回っていたため開かれたためしがない。

「由乃様が出られて少ししてから、私の所に回っていた仕事の中に紛れたのを見つけたんです」
「あ〜、そういうことね。 ……今日の書類の仕分けは志摩子さんよね………まさか…」
「さあ、どうかしら。 行きましょう、連絡はしてあるから」

 私の疑問には答えずに微笑む志摩子さんを先頭に、祐巳さん、私、それと付き添いで乃梨子ちゃんは、普段より少しピンクがかっている花寺学院の正門に向かって歩き出した。 




 D-day 2月14日 PM 16:53 花寺学院生徒会室→廊下

 正門までアリスが迎えに来てくれて、すぐに会議が始まった。 とは言っても、それほど難しい懸案事項があるわけでもなく、また大きな学校行事と言えば卒業式くらいな時期これは日付の申し送りくらいですぐ終わってしまった。
 私は会議なんかうわの空。
『あれって祐麒君のカバンだよね………その横の紙袋は? ……あのラッピングは……』

「…し‥ん、よ…のさん。 由乃さんってば!」
「うぁわぁ〜!! びっくりした〜〜、な、なによ?」
「帰るわよ。 それともここに泊まっていく?」
「帰らせてもらいます」



 花寺側も仕事は終了していると言うことで一緒に帰ることになった。 廊下、階段、また廊下……進むうちに祐巳さん、志摩子さん、乃梨子ちゃんの連係プレーで、私と祐麒君とが集団から少しずつ離れていく。
 気を使ってくれているのはありがたいんだけれど、私はやっぱり祐麒君が持っている紙袋が気になって気分が悪い。 
 やっぱり中身はチョコよね?

「なんか、今日機嫌悪いね」
「悪いわ。 どっかの誰かさんの手荷物見るまではドキドキワクワクしてたんだけど」
「……手荷物? ひょっとして…これのこと?」
「……………いいわね、もてる人は」
「う〜〜んもてるねぇ〜? うれしいんだか何なんだか」
「それだけあるんだからもうおなかいっぱいでしょ?」
「あ〜そうだね〜、これだけあるとおなかもいっぱいになるかな? 非常食にはいいかも」
「あ〜〜〜う〜〜〜〜〜も〜〜〜〜う! 祐麒君なんかチョコ食べ過ぎて頭の先から尻尾の先までチョコになっちゃって、祐巳さんの餌食になればいいんだわ!!」
「その発言は、危なすぎるような気がす‥‥あ、由乃さん待って!!」

 のらりくらり話している祐麒君に耐えられなくなって走り出す。 

 バカバカバカ!! 祐麒君のバカ! 無神経すぎる、私の前でチョコのいっぱい入った紙袋を持ち歩くなんてどういう神経よ?! しかも自慢げに! 私の気持ちなんかちっとも考えてくれてないじゃない!!

「あっ、由乃さん! ちょっと?!」

 先行して下足箱の所にいた祐巳さんたちを追い付いてしまう、もちろん私が走ったくらいでそんなに引き離せるわけも無く祐麒君もすぐにやってきた。

「由乃さん、待って。 誤解だって!」
「誤解じゃないでしょ!」
「だから少し落ち着いて釈明くらいさせろ!」
「釈明の必要なんか無いでしょ現実にチョコの入った袋を持っているんだし!」
「だからこれからして誤解なんだって!」
「現物の証拠をそれだけ持ってて誤解のしようが無いでしょ?! それだけ数があるなら私が作った貧相なチョコなんかお呼びじゃないでしょ?!」
「あの〜〜お二人とも……」
「なによ!!」
「なんだよ?!」

 いきなり走ってきたと思ったら喧嘩を始めた私達にあっけにとられていたようだが、いち早く復帰した乃梨子ちゃんが恐る恐る声を掛けてきた。

「ここで痴話げんかはやめたほうがいいと思います」

 ここは……来客用の下足箱前、一般生徒の下足箱もすぐ近くにある。 人数は少ないものの生徒の姿もちらほら見られる。 そんな所で、しかも乃梨子ちゃん”痴話げんか”なんて言ってくれたものだから注目されている。 あ、あ、あ、穴があったら入って埋まっちゃいたい……。 

「祐巳」
「……え? え〜〜〜? わ、私ですか?!」
「これ、家まで持って行ってやろうと思ったけど、悪いけどここから持って行ってくれ」
「え? ………あ〜例の。 あらら、また今年は多いわね〜。 ん? ひょっとしてこれが原因? 由乃さんこれだったら誤解だよ」
「………え?」
「なぜか知らないけど俺、ヴァレンタインの日に男からチョコを貰っちゃうんだよ。 たいてい祐巳に回しちゃうんだ」
「え〜〜〜?! それじゃあ私のも最終的には祐巳ちゃんが食べるの?」
「アリスのだけ返しておこうか?」
「いや、祐巳にやるから……」
「ユキチ〜〜、そういうことは、せめて本人のいない所で言ってよね」
「そ、そんな……、由乃さんと……ユキチが…そんな……、由乃さんと……ユキチが…そんな……、由乃さんと……ユキチが…そんな……」

 いやいやと駄々をこねているアリス、それを慰めている祐巳さんと志摩子さん、なんか暗い顔をしてエンドレスに同じ事を言っている小林君、高田君は………なんか腕を組んでうなずいてる、乃梨子ちゃんはため息を吐きながら志摩子さんの後ろに控えている、私の横には……祐麒君……。

「……ご、ごめんなさい…」
「俺もごめん、わかっててやっちゃったから」
「……そう。 じゃあこれで…」
「ぃたぁ!?」
「許してあげる」

 笑顔を向けながら祐麒君の腕をつねってやる。 これくらい許されるわよね? 



 D-day 2月14日 PM 17:01 花寺学院正門前

 花寺の生徒会の面々に守られながら正門前に近づくと、それまできゃあきゃあ華やかだった空気が変わった。 え? なに? どういうこと?

「え〜〜と……走るぞ!!」

 急に私の手を取ってそう宣言する。 心得たとばかりにうなずく花寺生徒会の面々。 祐麒君に引っ張られる様に走りだす私、高田君は両手で志摩子さんと乃梨子ちゃんを抱えて、小林君は祐巳さんの手を引いてその祐巳さんの背中をアリスが押していく。 なに? どうしたっての? 
 人ごみをすり抜ける。 今まで散っていた女生徒達が生徒会の面々の方に一斉に寄ってくる、ゾンビの群れか何かの様だと思いながら必死に祐麒君の後に続く。 

  〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜

「はぁ…はぁ…はぁ…。 こ、ここまでくれば……大丈夫…かな?」

 走って走って、バス停も一つ行き過ぎてようやく足を止めた。 ここどこ? 祐巳さん達ともいつの間にかはぐれてしまった。

「はぁ……はぁ……。 な、なんなの? あれは……」
「いや…あれはね。 俺達にチョコを渡そうとしていた近隣の女生徒達……かな?」
「……はぁ…はぁ……、かな? どういうこと?」
「え〜〜とね…………」

 なんでも花寺は、まぁ、言っちゃあ何だけど名門校なわけ、そこの生徒ともなれば”ブランド”とも言えるんだそうだ実態はともかく……。 そしてその生徒会役員ともなれば目立つからこういうことになりやすいんだとか。 去年は一人で引き受けていたどこかの王子様がいたようだけれど。

「一個受け取ろうものなら、ピラニアの群れみたいにやってくるから……」
「ゾンビの群れかと思ったわ」
「そっちの方が近いかな? ……え? いつの間に……」

 コートのポケットに片手を突っ込んだ祐麒君は、ポケットの中の物体を恐る恐る取りだす。 小ぶりな箱にファンシーな包装紙にリボン、あわててもう片方のポケットを確認する祐麒君、そちらには2個入っていた。 
 走っていたにもかかわらず合計6個のチョコ……なかなかいい腕しているわ。

「どうしたもんかな〜」
「……受け取っておけば? せっかく押し付けられたんだし」
「いや、誰かさんが焼きもち焼くから。 押し付けられた?…」
「じゃあ捨てるの?」
「まあ、食べ物を粗末にするわけにもいかないしなぁ〜、最終的にはやっぱり祐巳の所かな」
「行き先が分かったなら、いいわ」
「……それで……?」

 祐麒君がニコッと笑いながら、私の方を見る。 

「(クスクス)さ〜て、どうしましょうかね〜」
「え〜〜〜〜? くれないのかぁ〜」
「だ〜って、最終的には祐巳さんの所に行きそうだしぃ〜」
「責任を持って俺が食べるけど?」
「ふふふ、わからないわね〜♪」

 そんなことを話しながら、私の家のまで送ってくれると言う。

  〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜

 フッと思い立って、私は近所の公園に誘った。 
 2人でベンチに腰掛けてカバンの中から自分で作ってラッピングしたヴァレンタイン・チョコを取り出す。 祐麒君うれしそうに笑うけれど、私はその目の前でラッピングを解く。

「え?」

 びっくりしてるびっくりしてる♪
 中から、自分でもいい出来だと思う甘さ控えめのトリュフチョコを一つつまみ出して、自分の唇でくわえて少し上目遣いに目を細める。 指と指を絡めて、顔と顔が近づく。
 祐麒君の唇がチョコをくわえ、私は舌を使ってチョコを送り出す。

 チョコを口の中に納めた祐麒君はそのまま・・・・・チョコの味だけでない甘い甘いキスをくれた。

                 〜〜〜〜〜 了 〜〜


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