琴吹が書いた【No:417】「ファーストコンタクトリクエスト」の続きになります。
翌々日。薔薇の館で、こっそりと祐巳さまが耳打ちしてくれた。
「OKだって。M駅の改札に10時で良いか聞いていたけど……」
「それで大丈夫とお伝え下さい」
これで、願いが叶えられる。そう思うと、知らず知らずに顔がにやけている。
「あれ? 乃梨子ちゃん何か良いことあった?」
興味深そうに訪ねる由乃さまの追及をかわすのが大変だった。
待ち合わせの日。私は、いつもより一時間早く、目が覚めた。
仕事が休みの菫子さんはまだぐっすりと寝ているようだ。
私は、棚からフレークを出して、牛乳を掛けて食べた。
朝ご飯を食べた後、顔を洗い、部屋に戻って、服を着替える。
その服は私のお気に入り。以前志摩子さんに見繕ってもらった白地のワンピース。
昨日どんな服を着てこうかさんざん悩んだ末に決まった服だった。
服を着ていつもより少し念入りに髪をとかす。
そして、少し迷って色つきのリップを唇に塗った。
まるで、デートに行くみたい。そう考えて思わず苦笑した。
男の子と二人で出かけるのだから、ある意味デートには違いないのだ。
時計を見ると、出発予定時刻から5分過ぎていた。
そろそろ行かないと遅刻してしまう。こちらから呼び出しておいて、待たせるのは、いくら何でも失礼だろう。
「いってきます」
菫子さんが寝ているから小さな声でそう言って家を出た。
もう季節は秋。いい加減に残暑も和らぎ、もう長袖が手放せない時期になっている。
空は高く、馬肥ゆる秋と言ったところだ。
バスを待ちながら、祐麒さんにあったら最初にどんなことを言おうか考える。
やっぱり、最初は、急にお呼びだて済みませんと言ったところだろうか。
そんなことをぐだぐだと考えているうちにバスが来た。
ファーストコンタクトまで、あと30分。
バスは快適に流れ、無事にM駅に到着した。バスから降りて、待ち合わせ場所の改札前へと向かう。
今日は休日のせいか、いつもより人の流れは少ないようだ。
電車通学しているクラスメイトから話を聞くと、通勤電車はすし詰めという言葉がぴったりと言うくらいの混みようだと言うことだから。
ぼんやりと、改札を見て待っているのも落ち着かなくて、私は鞄の中から本を取り出す。
新井素子の『くますけと一緒に』お気に入りの一冊だ。
でも、ページを開いても文書は全然頭の中に入ってこなかった。
しばらく本を眺めていると、声を掛けられた。
「お待たせしました。ちょっと遅れちゃったかな?」
気が付くと目の前に立っていたのは、花寺の生徒会長。祐巳さまの弟さんの祐麒さんだった。
祐麒さんは白い襟付きの長袖のシャツと、少しくたびれたジーパン。そして、デニム地のジャンバーを羽織っていた。
その言葉で時計を確認してみると待ち合わせに時間の10分前。少し早めに出てきてくれたのであろう気遣いが少し嬉しかった。
「お久しぶりです。お元気でしたか? 祐麒さん」
私はそう言って、彼にほほえみかける。
彼は、ぼけっと私の顔をじっと見つめてた。
その様子に、私は首をかしげる。
「なにか?」
「いや、その、なんでもない」
少し顔を赤くして、しどろもどろに答える祐麒さん首をかしげながら、私は言葉を紡ぐ。
「とりあえず、お茶でも飲みませんか?」
「あ、そうだね。ファミレスで良いかな?」
「はい」
そんなやり取りをしたと、私たちは近くのファミレスに向かった。
これが、私と祐麒さんのファーストコンタクトだった。
もちろん厳密には花寺の文化祭や劇の時にあっているのだからファーストコンタクトではないのだけど。
【No:420】へ続く