【419】 瞳子大変身清水の舞台から飛降た  (柊雅史 2005-08-26 03:08:12)


「わたくし……頑張ってみますわ」
七転八倒、七転び八起き。紆余曲折の上、急がば回れの格言通り、遠回りに遠回りを続け、すったもんだの挙句に九十九折をえっちらおっちら登りつめ、ようやく決意に満ちた目で瞳子が宣言した。
「そう……」
頷く可南子さんの目はどこまでも優しい。まさか可南子さんがこんな目で瞳子を見る日が来るとは思わなかった。天敵同士だった二人がここまで親しくなったのには、本当に山あり谷ありで大変だった。
「瞳子、頑張って。私は――瞳子以外の人と、山百合会やってくつもりはないんだからね!」
ぐっと瞳子の手を握り、乃梨子も力強く瞳子を励ます。
可南子さんもそうだけど、乃梨子自身、このやかましい友人に、こんなセリフを贈る日が来るなんて、考えてもみなかった。
けれど、それは乃梨子の本心だ。
「乃梨子さん、可南子さん……ありがとうございます」
ちょっぴり目を潤ませて頷く瞳子。
こんな風に素直な瞳子も珍しい。
「お二人には本当にお世話になりましたわ。怖くない、と言ったら嘘になりますけど、でも、例えわたくしの心が祐巳さまに届かなかったとしても――わたくしには乃梨子さんも可南子さんもいる。それが、とても心強いですわ」
瞳子が乃梨子と可南子さんを見て微笑む。
そこにあるのは信頼と友情。乃梨子たち三人の間に流れる、確固たる絆。
それを手にするまでに、本当に色々なことがあった。衝突もした。でもそれがあったからこそ、今、乃梨子たちは固く手を握り合える。
残念ながらその全てを語る時間はないけれど、大事なことは過去じゃない。これから、瞳子がどうするのか。そう、未来のことなのだ。
「よし、行ってこい、瞳子!」
乃梨子は過去の出来事を頭の片隅に追いやって、大事な親友の背中をバシッと叩いた。
「当たって砕けろ、だよ。骨は拾ってやるからね!」
「はい!」
乃梨子と可南子さんに見送られ、瞳子は駆け出して行った。
決意を込めて、祐巳さまの下へ……。


「――祐巳さま!」
中庭で祐巳さまを発見した瞳子が、決意に満ちた表情で祐巳さまを呼び止める。
「瞳子ちゃん……」
「祐巳さま……」
振り向いた祐巳さまに、瞳子が大きく深呼吸をする。
遠くから様子を見守っていた乃梨子と可南子さんは、思わず違いの手を握り合っていた。
――頑張れ、瞳子!
声には出さないけれど、乃梨子も可南子さんも想いは一つだ。
「祐巳さま……わたくし、祐巳さまに伝えたいことがあります」
「伝えたいこと……?」
「はい……」
瞳子の真剣な様子を感じたのか、祐巳さまも真剣な目で瞳子を見詰める。
その祐巳さまの目を真っ直ぐに見詰め――瞳子がぐっと拳を握った。
「――瞳子さん……」
「大丈夫。瞳子なら――やれる」
可南子さんの不安げな声に、乃梨子は可南子さんの手を強く握り返して言った。
そうだ、瞳子。瞳子ならやれるはずだ。
勇気を振り絞って。頑張れ、瞳子!
「わたくし……わたくし……本当は……」
瞳子が、正に清水の舞台から飛び降りるくらいの勇気を振り絞り――
言った。



「本当は……祐巳さまに縦ロール弄られるの、嫌いじゃないですから!」



「「えーーーーーーーーーーーーっ!?」」
瞳子の宣言に乃梨子も可南子さんも思わず叫ぶ。
ちょ……待って欲しい。待て、瞳子。
アンタ、これだけ私に壮大かつ遠大かつ豪華絢爛で装飾華美な前フリ語らせておいて、それだけか!? それだけなのか!?
お前の清水の舞台はそれっぽっちの高さなのか!?
「え、そうなの? じゃ、じゃあ、ちょっと引っ張って良い?」
「は、はい……構いませんわ」
「わーい♪」
目の前には瞳子のドリルにじゃれつく祐巳さま。
それを見守るのは、紆余曲折で七転八倒で七転び八起きな過去を乗り越えた親友二人。
「――ま、まぁ、これはこれで」
「――良いの?」
一筋の汗を垂らしながらも、納得しようと頷いている可南子さんに、乃梨子は聞いた。
「ほんっとーに、これで良いの?」


とりあえず。
紆余曲折で七転八倒で七転び八起きな過去を乗り越えたらしい瞳子の親友二名の急務は、瞳子印の清水の舞台とやらを、突貫工事で立派な代物に作り変えることにあるらしい。
なんかもう、前途多難だ。


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