琴吹が書いた【No:420】「傘は1本」の続きになります。
「傘、有りますから、入ってください」
そう言いながら鞄の中なら折りたたみを取り出す。
「え? でも……」
やはり一つの傘に二人ではいるというのは抵抗があるのだろう。
ここで、にっこり笑ってありがとうとでも言ってくれれば、+にポイント入れるのに。
「近くにコンビニもあるし、そこで買うよ」
「ですが、お金ももったいないですし、時間もありませんよ」
そういって、腕時計を祐麒さんに見せる。
時計は10:17を指していた。
3分という時間は結構長いのだが、コンビニで買い物をするには少し短い。ましてや指定の時間のバスに乗るには全然足りないだろう。
「そうだね」
祐麒さんは時計を見ると諦めたように頷いた。
「じゃあ、俺が持つよ」
私が傘を広げると、祐麒さんはそう言って傘を取り、私にそれを差し掛けた。
雨に濡れないように、祐麒さんの方に近づく。
ぱらぱらと雨が小さい折りたたみの傘をたたく。
その音を聞いて、走っていきましょうと言わないで良かったなと思う。
傘をたたく雨の音は私が思っていたよりも大きかったから。
走っていったら、二人ともぐっしょり濡れてしまっていただろうから。
一つの傘で二人で入る。別に何でもない光景のはずだ。
相手が男の子でないのならば。
実際、志摩子さんとで有れば何回かやったことがある。その時も少しどきどきした。
志摩子さんは私の中で、やはり特別な存在だから。
でも、相手が男の子――祐麒さんであると思うと、志摩子さんなんて比べものにならないくらいどきどきする。
くっつきそうで、くっつかない距離。
ファミレスに入る前は、これぐらいの距離も良いかもと考えていたのに、実際になってみると、こんなにどきどきするものだとは思わなかった。
「急がないと乗り遅れちゃいますね」
私は内心のどきどきしているのを隠して、そう促した。
祐麒さんの顔を見ると少し赤くなっているのがわかる。
祐麒さんも緊張しているのだろうか?
それから、バス停に向かう間。私たちの間に会話はなかった。
バス停に着くと既にバスは到着していた。
置いていかれないとおもうが、二人して少し早足になる。
「先に乗って」
そう祐麒さんに言われて、ステップに足をかけたところでふと視線を感じた。
そこにはあまり会いたくない顔がいた。何とも間が悪いというか。
別にこんな時に、しかも二人そろっているときに出くわさなくても良いのに。
それは、にんまりと笑って何かをメモしている真美さまと嬉しそうにカメラを持っている蔦子さま。
休み明けのリリアンかわら版は物凄いことになりそうだ。
もっとも、この計画を立てたときから、そうなることは想像の範囲のうちだったから、問題はないのだけど。
私は小さくため息をついて、今はその二人を見なかったことにした。
【No:438】へ続く