【425】 薔薇ファミリー対抗戦シャルウイードリル?  (柊雅史 2005-08-27 23:53:07)


「色別薔薇ファミリーダンス対抗戦?」
「そうよ!」
えっへん、と胸を張る由乃さんが差し出した企画書に、祐巳と志摩子さんはあからさまに嫌そうな表情を浮かべた。
それはそうだろう、その企画書の発案者の欄には、燦然と『黄薔薇姉妹』の文字が輝いていたのだ。
黄薔薇姉妹。去年だったらそこに山百合会の良心こと令さまが含まれていたので安心だったのだけど、今年はちょっと事情が違う。意味するところは由乃さんと菜々ちゃんの二名。車で例えるなら、アクセルとターボモードである。
「せっかくこの時期まで、薔薇ファミリーが揃って二人組みなんだし、それを活かさない手はないと思うのよ」
「それは私たちへの嫌味ですか?」
由乃さんの指摘に乃梨子ちゃんと瞳子が渋い顔をする。
「そういうわけじゃないわよ。その点、私には何を言う権利もないしね。あくまでもこれは面白そうだから、よ」
「ふーん。でも、そんなに面白いかなぁ……」
祐巳は首を傾げながら、ぺらっとページをめくってみた。
「――ん? 黄薔薇さま、この出場ファミリーの紫薔薇姉妹ってナニ?」
「ああ、それ? ホラ、花寺の助っ人を迎えるのが伝統じゃない」
「なるほど、花寺の助っ人コンビにも出場して頂くわけですわね」
由乃さんの答えに瞳子が頷く。
「確かまだあちらの会長はお姉さまの弟さまだったと記憶していますわ」
「そうよ! 当然、紫薔薇『姉妹』を名乗る以上、しっかり姉妹になってもらうわよー!」
ぐっと拳を握る由乃さんに、祐巳はようやく由乃さんの狙いが分かってきた。色別薔薇ファミリーダンス対抗戦の何が楽しいんだろうと思ったのだけど、話を聞いて納得した。由乃さんは――そして恐らく由乃さん以上に、菜々ちゃん辺りが祐麒の女装姿を見たがったのだろう。
なんとも妹には甘い――というか、すぐに乗せられる――由乃さんらしいことだと思いながらも、祐巳はこれなら別に構わないかな、と薄情にも思う。
祐麒には悪いけれど、下手な企画を黄薔薇姉妹が思いつくくらいなら、いくらでも女装してもらいたい気分だ。これなら祐巳は適当に瞳子と踊っていれば良い。去年みたいなドタバタ学園祭はゴメンである。
「――これは内容的に考えて、紅薔薇さま次第じゃないかしら?」
だから、志摩子さんにそう話を振られて、祐巳はにっこり微笑んで答えた。
「私は全然構わないよ。良いんじゃないかな、これで」
「そうこなくちゃ!」
由乃さんがパチンと指を鳴らす。
これで今年の学園祭は、セリフ覚えに苦労することもなく、楽が出来そうだ――と祐巳が思ったところで。
由乃さんが不用意な一言を付け加えてくれちゃった。
「よーし、今度の学園祭でベスト・スールを決定するわよ!」
由乃さんのこの一言に対して、ピクッと三人の妹たちが肩を震わせた。


「――特訓をしましょう、お姉さま」
「――は?」
会議を終えてみんなが帰宅し、祐巳と瞳子だけになったところで、瞳子がおもむろに口を開いた。
「特訓ですわ、ダンスの。学園祭に向けて」
「特訓? そんな、大袈裟な」
「大袈裟ではありませんわ!」
バンッと瞳子が机を叩く。
「先程の黄薔薇さまのセリフをお忘れですか? あれは明らかな挑戦状でしたわ!」
「挑戦状って、そんな。由乃さ――黄薔薇さまは、単にうちの祐麒の女装が見たいだけだと思うけど?」
「甘い、甘いですわ! ええ、祐巳さまが今飲んでいる特製ミルクティくらいに甘いですわ! 正直、私はお姉さまの血糖値と体脂肪率が心配ですわ!」
「さりげなくキツイことを」
「お姉さまは騙されているのです! 想像してくださいまし、黄薔薇さまがダンス大会に優勝した時のことを! それこそ鬼の首を取ったように、菜々と二人で自慢しまくるに決まっていますわ! お姉さまは悔しくないのですか!」
「考えすぎじゃないかなー」
「いいえ、あの二人は必ずやります。なぜなら、私と乃梨子さんの反応が楽しいからですわ」
「ぅあ、凄い説得力」
言われてみれば確かにそうだ。あの二人なら面白い反応が見られるなら、相手が親友だろうと先輩だろうと薔薇さまだろうと、お構いナシにからかってくるだろう。
「乃梨子さんも私と同意見でしたわ。これからお二人で日舞の特訓だそうです。社交ダンスに日舞の動きを取り入れ、個性を演出する戦略だそうですわ」
「なるほど、考えたなぁ、乃梨子ちゃん」
「感心している場合ではありませんわ、お姉さま。日舞の白薔薇さまに、武道の黄薔薇さま。大して粗忽者のお姉さまには誇れるものがございません」
「――いや、事実だけど。だからってそこまできっぱり言わなくても」
「成長は自己を素直に見詰めることから始まるのですわ。――とにかく、まともに行っては私たちに勝ち目はございません。もちろん私は幼少の頃より社交ダンスを嗜んで参りましたが、お姉さまにはそのような経験はございませんでしょう?」
「普通はないってば」
「ですから――私は考えました。ええ。ベスト・スールの栄光を得るために、全てを擲ってでも勝利するために。結果――1つの結論に達しましたわ。私たちにあって白薔薇にも黄薔薇にもないもの。とてつもないインパクトを与えられるものが、存在することに気付いたのです。もはや、それを活かすしか、道はないのだと」
「インパクト……?」
「ええ、そうです」
瞳子が一つ頷いて、どこか遠い目を暮れかけた窓の外へ向ける。
そして――言った。
「……ドリルですわ」
「――へ?」
「私たちには、もはやドリルしかございません!」
「――ええええぇぇぇぇ!?」
血走った目を向ける瞳子に、祐巳は思わず立ち上がる。
「ど、ドリル? ちょ……瞳子、落ち着いて! あなた、自分が何を言っているか分かっているの!? 目の前の『ベスト・スール』なんて言葉の響きに騙されないで!」
「お姉さまには分からないのですわ! 『ベスト・スール』の言葉の魅力が! 妹にとって、これほどの名誉がございますでしょうか! いいえ、ございません反語っ!」
「と、瞳子……」
余りの鬼気迫る勢いに、がくがく震える祐巳に向かって瞳子が手を伸ばしてきた。
がっし、と肩に両手をかけて、瞳子が血走った目で祐巳を見詰める。
「お姉さま……しゃる・うぃ〜・どり〜る?」
そう問いかける瞳子への答えを、祐巳は一つしか持っていなかった。
「い、いえ〜す……」


ああ、マリア様。これは弟を売り渡した私への罰か何かなのでしょうか……?


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