※このSSは、菜々が由乃の妹になった後という設定でお送りします
「基本は『ピンポンダッシュ』です」
「ぴ・・・ピンポンダッシュ?」
良く晴れた休日の昼下がり、令は菜々の口から飛び出たキーワードに面食らっていた。
ここは島津邸、由乃の部屋である。由乃の所へ遊びに来た菜々と、「リリアンでできなかった分まで孫を可愛がってよ」とせがむ由乃に連れてこられた令が二人きりであった。
由乃はお茶を入れに行っていて、もうしばらくは帰ってこないだろう。
「ピンポンダッシュって菜々ちゃん・・・」
「要は相手の注意を引き付けて、そこで身を引けば、後は向こうが勝手に追いかけて来てくれるという事です」
「怒らせちゃマズイでしょう・・・」
「別に怒らせなくても良いんです。・・・いえ、むしろこの場合は少し怒らせたほうが良いかも?」
「そんな事したら由乃がヘソを曲げちゃうわよ」
二人は由乃についての会話をしているのであった。
事の発端は、令が雑談の中で菜々に「由乃の相手は大変でしょう?」と聞いたことだった。菜々は令の言葉に「やり方次第ですよ」とニヤリと笑い、冒頭の「ピンポンダッシュ」発言に繋がったのである。
「『先手必勝』なお姉さまは普段から攻める事に慣れています。でも逆に先手を取られる事に慣れていません。こちらが先手を打ち、お姉さまが戸惑っている隙にうまく誘導するんです」
「・・・・・・そんなに上手く行くかな?」
令の疑わしげな視線に、菜々は懐から二枚の紙切れを取り出してこう言った。
「ではコレで実践して見せましょうか」
「そ・・・そんなもので?」
令が驚いたそれは・・・
「目黒寄生虫館?!」
「ええ。是非お姉さまとご一緒に・・・」
あからさまに嫌そうな顔の由乃に、令は「やっぱりアレは無理だろうな」と思っていた。由乃はカナブンとかの普通の虫なら平気だが寄生虫となれば話は別だ。
「絶対行かない」
しかし、きっぱりと宣言する由乃を見ても菜々は落ち着いたものだった。
「でも、珍しい物がいっぱいありそうですよ?全長8・8mのサナダムシとか、寄生虫入りストラップだとか・・・」
「8・8m?!どんな虫なのよそれは・・・いやいや、騙されないわよ。絶対行かないからね」
少しだけ由乃の興味を引く事に成功したようだが、すぐに我に返ってしまった。
「お姉さま、こんな言葉を知っていますか?敵を知り己を知らば・・・」
「・・・百戦危うからず。孫子の兵法でしょ?知ってるわよそれくらい」
菜々が由乃の興味を引きそうなキーワードをさりげなく出すと、由乃は少し得意そうに答えた。
「そうです。敵と己の情報を入手する必要があると思うんです」
「敵って・・・寄生虫が?」
「たまにお刺身に隠れているらしいですよ、寄生虫」
「うえっ!ホントに?」
「ええ。イカ、鰯、鮭、鰹、あと牛や鶏にも」
「そんなに?!じゃあ何なら平気なのよ!」
「その辺も行けば解かるかと。資料も展示しているそうですから」
「そうか、その資料読めば・・・・・・いやいやいや!だから行かないってば!」
どうやら興味だけは出てきたようだ。つまり菜々はチャイムを押して「ピンポン」を鳴らす事には成功したようだ。そして「ダッシュ」に移る。
「そうですか・・・まあ、寄生虫が怖いなら無理にお誘いするのも悪いですし・・・」
「別に怖いなんて言ってないじゃない!ただちょっと気持ち悪いだけで・・・」
すかさず反応する由乃を見て、菜々は内心「釣れた!」などと思ったりしていた。そして尚も「ダッシュ」する。
「そうだ!令さま行きませんか?」
「私?!」
いきなり話を振られて令が驚く。隣では由乃が複雑な顔をしていた。
「菜々。令ちゃん連れて行く気なの?」
「だってお姉さまは行ってくれないんでしょう?」
「う・・・いや、それは」
「さっきお姉さまが行ったんじゃありませんか。「リリアンでは会えなかったけど、私の妹なら令ちゃんとも仲良くなって欲しい」って」
言った。確かにそう言った。しかしそれは、自分を間に挟んでの事だ。別にヤキモチを焼く訳じゃないけど、二人っきりにするのは何かこう・・・
由乃は軽いジレンマに陥る。二人とも大好きなのだが、その二人だけで行動されるとなると令ちゃん美形だし頼りになるし、何か別の意味で仲良くなりそうで・・・
「・・・・・・・・・行く」
「はい?」
「だから、私が行くって言ってるのよ!」
菜々は勝利を確信していたが、由乃の気が変わらないうちにトドメを刺しておく事にした。
「でも・・・怖いなら無理をしなくとも・・・」
「だから怖くないって言ってるでしょ!行くわよ、絶対行くわよ!」
由乃は仁王立ちになって宣言する。最初と言ってる事が180°違うが。
「良かった!じゃあ、次の日曜に行きましょう」
菜々は嬉しそうに笑い、令は「参った」とでも言いそうな苦笑を浮かべていた。
後日、令も「ピンポンダッシュ」を実行してみたが、「ダッシュ」に失敗し、捕まった挙句鉄拳制裁を喰らったそうな。