【435】 パンツ丸見えヘアバンド身が持たない  (いぬいぬ 2005-08-28 21:49:34)


でん!でん!でん!でん!
小さい足で大きな音をたてながら走り回る四歳児。
でん!でん!でん!でん!
フローリングの床の音が面白いのか、わざと大きな音をたてながら楽しそうに走り回っている。
「コラ!パンツ履きなさい!」
笑顔で走り回る全裸の四歳児を江利子はやっとの思いで捕まえた。
「うさぎさーん!」
「そうよ、うさぎさんのパンツよ。だからおとなしく履きましょうね?」
「クマさんじゃなきゃヤー!」
そう言ってまた走り出す四歳児。江利子は仕方なくタンスからクマの絵がプリントされたパンツを取り出し、再び追いかけ始める。
「ほら、クマさんのやつよ」
「クマさんだー!」
今度はお気に召したらしく、自分から駆け寄ってきた。江利子はもはや「育児は愛情も大事だが何よりも忍耐と体力だ」と悟りつつあった。
江利子は彼女の傍にしゃがみ込むと、自分の肩につかまらせてパンツを履かせる。普段なら自分で履かせるのだが、追いかけっこで体が冷えているとまずいので、手早く服を着せるために手を貸してやる。
「えっちゃんのデコー!」
片手で江利子の肩につかまって、空いたほうの手で江利子のデコをペチペチと叩く。何だかやけに嬉しそうだ。
「・・・・・・山辺さんの娘じゃなけりゃブン殴ってるかも」
引きつった笑顔を浮かべながら、江利子はそれでも服を着せる手を休めない。
そう、彼女は山辺氏の娘である。出合った当初は父親の陰に隠れて出てこないほど警戒していたが、今では「えっちゃん」呼ばわりでえらくなついていた。
山辺氏も何度か「江利子さん」とか「お姉さん」とか呼ばせようと努力したのだが、注意されたその場ではおとなしくそう呼ぶが暫らくすると「えっちゃん」に戻っているのである。
江利子ももう「えっちゃん」で良いと思っていた。なついてくれているし、嬉しそうに「えっちゃん」と呼ぶ顔を見ると、自分も少し嬉しかったから。
服を着せ終わり、江利子は彼女の髪を手櫛で整える。お風呂上りの濡れた髪が艶々と輝いていた。
「ありがとーえっちゃん!」
「はいはい。それじゃあお昼寝でも・・・」
「カルピスー!」
彼女はそう叫びながら台所へ突進して行ってしまう。お風呂上りのカルピスは彼女の至高のひと時なので、江利子は黙って見送ってやる。
しばらくすると、彼女はコップを二つ持って、そーっと歩きながら帰ってきた。
「・・・・・・えっちゃんのも作ったのー」
そう言いながら差し出されたコップを、江利子は少し感動しながら受け取る。彼女が自分でカルピスを作れるのは知っていたが、江利子の分まで作ってくれたのは初めてだったのだ。
「ありがとうね」
江利子も追いかけっこで喉が渇いていたので、カルピスをゴクゴクと流し込んだ。

ゴフゥ!!

そしてイッキに吹き出す。
江利子はかすかに震えながら彼女に聞く。
「・・・・・・ひょっとしてコレ」
「源液ー!」
そう言って、自分の分のコップの中味をゴクゴクと飲み出した。
(四歳児の味覚ってどーなってんのよ・・・)
江利子は珍獣でも見るような目で彼女を見つめる。
(もしかしてアッチのコップの中味はちゃんと水で割ってあるとか?)
そうでなきゃ、こんな甘いモノをああも見事に飲み干せないかもなどと江利子が考えていると、彼女は空になったコップを見つめている。
「・・・・・・コレも飲む?」
江利子が試しに聞いてみると、彼女はとたんに笑顔になった。
「うん!」
元気良く返事をして江利子のコップを受け取り、さっきと同じペースで飲み干した。
(やっぱり四歳児の味覚って判らない・・・)
「ごちそうさまでしたー!」
彼女は二つのコップを持ち、元気良く台所へ引き返して行った。
(彼女の将来のために味覚を矯正しなければならないかも・・・)
甘いモノ好きにも限度がある。ヘタをすると味覚障害になりかねない。
(この間もチョコレートに蜂蜜かけてたし・・・)
「白ー!」
(そう白・・・って、え?)
気がつくと彼女が江利子のスカートをめくり上げていた。なんだか嬉しそうに。
「・・・・・・ダメでしょう?そんな事しちゃ」
さすがに江利子も注意する。人前でめくられてはたまらないから。
「ごめんなさい」
しゅんとして謝る彼女に、江利子は「良い子ね」と頭を撫でてやる。すると彼女はまた笑顔になった。くるくると表情の変わる彼女を見ていると、懐かしいツインテールの少女を連想してしまう。
(そうだ、今度みんなにも紹介してみようかしら?この子。由乃ちゃんなんかどんな反応するのかしらね?)
江利子が懐かしい顔ぶれに思いをはせていると、玄関が開く音と「ただいま」という声が聞こえてきた。
「お父さんだー!」
彼女はまたでん!でん!と足音を響かせながら玄関へと突撃して行く。江利子も静かに後をついて行った。
「ただいま。良い子にしてたかい?」
そう言いながら娘の頭を撫でる山辺氏。大きな手で撫でられて気持ち良さそうな娘は「うん!」と元気良く返事をする。
「ただいま江利子さん。悪かったね、娘と留守番なんかさせて」
「おかえりなさい。気を使わなくても良いわよ、この子といると楽しいし」
江利子も彼女の頭を撫でてやる。
(思えば頭を撫でさせてくれるまでも時間が掛かったっけ)
最近は三人でいる事がごく自然な事に思えるようになってきた。そんな変化が江利子の心を暖かくしてくれる。
「今度また三人で出かけよう」
「そうね」
「おでかけー!」
出合った頃とは違う優しい笑顔を見せてくれる二人。これからもっと違う顔を見せてくれるんだろうか?江利子はワクワクする気持ちを抑えきれない。
「次の日曜にでも三人で何か食べに行こうか?」
「そうねぇ・・・何が良いかしら?」
「白ー!」
『・・・白?』
山辺氏と江利子の疑問の声が重なった。二人して娘のほうを見ると、彼女は嬉しそうに江利子のスカートをめくっていた。
さっき怒られたばかりなのにもうコレである。さすがに江利子の顔が引きつる。
江利子が娘に注意しようとした時、娘がこんな事を言い出した。
「お父さん良かったねー!」
江利子はどうにか笑顔を作り、冷静な声で娘に聞いてみる。
「・・・どういう事?」
「お父さんねー、えっちゃんには白いパンツが似合うはずだって言ってたのー!てゆーか白以外認めないってー!」
江利子は笑顔で山辺氏の方へ振り向く。
「いや!それはその・・・なんと言うか・・・」
しどろもどろになりながら弁解する山辺氏に、江利子は優しくこう言った。
「とりあえず殴るわね?」
「そんな!これはその・・・誤解で」
すると娘は弁解する父の努力を無にするような事を言い出す。
「お父さん、えっちゃんのパンツ見たいって言ってたもんねー!嬉しいー?」
江利子は拳を握り締めながら呟く
「何か言い残す事は?」
「え・・・いや、その、白は男の浪漫で・・・・・おぐうっ!!」
江利子のショートアッパーが山辺氏のボディに突き刺さった。
「えっちゃん強ーい!」
うずくまる父を見ているのに、娘は何だか嬉しそうだった。その原因が自分だと判ってないのかも知れない。


育児は愛情と忍耐と体力。それは夫婦生活にも言えるかも知れないと江利子は思った。


一つ戻る   一つ進む