【439】 夢か現か幻か!桂×祐巳日本上陸  (柊雅史 2005-08-29 02:34:40)


ごきげんよう、桂です。
祐巳さんの親友の桂です。
本日、この不肖桂。
なんと祐巳さんと……デートなんです。


「あ、桂さーん!」
「え? 祐巳さん?」
とぼとぼとカメラのない――もとい、人気のない廊下を歩いていた桂は、不意に懐かしい声に呼び止められて足を止めた。
ぶんぶん、と手を振って廊下を走ってくるのは、今や紅薔薇のつぼみとして全校生徒に知られた親友、福沢祐巳さん。かつては地味系一年生同盟に所属していた親友だ。
「ごきげんよう、桂さん。ちょっと今、良いかな?」
「ええ、良いけど……?」
にこにこ笑っている祐巳さんに、桂はちょっと戸惑いながらも心が躍るのを感じた。こんな風に祐巳さんが話しかけてきたのなんて、いつ以来だろうか。
「あのさ、桂さんってこの映画、知ってる?」
祐巳さんがポケットから取り出したのは、よく新聞屋が3ヶ月くらい契約するとくれる、無料の映画招待券。
チケットを見て桂はぎょっとした。髪の長い女性が描かれた、いかにもホラーっぽいチケット。なんとなく見覚えがあった。確か『全米が震撼した恐怖のホラー超大作・ついに日本上陸!』なんてキャッチコピーで宣伝されていた、かなり怖いと噂の映画である。
「それって確か、凄く怖いって噂の」
「うん、そうなの。桂さん、一緒に見にいかない? チケット、二枚あるから」
「――――え!?」
ちょっと怯える様子を見せながら祐巳さんが口にした誘い文句に、桂は思わず驚きの声を上げる。
「ど、どうして? えっと、祥子さまとか、由乃さんとかは?」
「それが、お姉さまはホラーはお嫌いで。由乃さんは令さまと、志摩子さんは乃梨子ちゃんと、既に見ちゃったみたいなの。瞳子ちゃんもお友達と見た、って言ってたし」
「蔦子さんとか、真美さんは?」
「うーん、あの二人と一緒だと、怖がってる姿とか写真に撮られるかもだし、変な記事にされそうなんだもん」
「そ、そう……」
ドキドキする心臓に、桂は心の中で落ち着け、落ち着けと繰り返した。
これはチャンスだ。物凄いチャンスだ。
多くの事情が重なり合って巡ってきた、千載一遇の大チャンス。今こそ祐巳さんの親友ナンバー1として返り咲くチャンスである。
休日に映画館デート。しかもホラー映画なんて、ラブコメの王道そのものではないか。
「もしかして、都合悪い? もう既に見ちゃったとか」
「そんなことないわよ!」
桂は慌てて首を振った。例え見ていたとしても、こんな機会を逃してたまるものか。
「もちろん、お受けするわ。私もちょっと、興味あったし」
「ホント? 良かったー。持つべきものは友達だよね。一人で見に行くことになったら、どうしようかと思ったよぉ。由乃さんたちにチケット見せた手前、今更見に行かない、なんてことになったら、絶対にからかわれるもん」
祐巳さんが安心したように笑って桂にチケットを一枚渡す。
「じゃあ、今度の日曜日。10時くらいに駅前で良いかな?」
「う、うん」
桂は頷いて、ぐっと拳を握ったのだった。


かくして週末、日曜日。桂は駅前の待ち合わせ場所で祐巳さんの到着を待っていた。
「桂さーん!」
「あ、祐巳さん!」
しばらく待ったところで、祐巳さんが人ごみの中から姿を現す。
もちろん制服じゃなくて、ワンピースの私服姿。一見地味な服装だけど、祐巳さんが着るとなんか凄く可愛く感じられる。
「ごめんね、待った?」
「ううん、今来たところ」
「良かった。この時間ならゆっくりで間に合いそうだね」
祐巳さんが腕時計で時間を確認し、それじゃ行こうか、と手を差し出してくる。
「そ、そうだね」
その手を握り返して、桂はついに人生の春が来たのだと、涙を流した。


映画は前評判通り、かなり怖い内容だった。
「か、桂さ〜ん」
「だ、大丈夫よ、祐巳さん。手。手を握っていましょう」
スクリーンで展開される恐怖映像の連続に、ぶるぶる震えながら祐巳さんが桂の腕にしがみついてくる。
「ひ〜〜〜ん!」
ぎゅう、と祐巳さんが桂の腕を掴む度に、なんかぽよぽよした感触が上腕部辺りに生じる。その感触が気になって気になって、桂は全然スクリーンに集中できなかった。
それが幸いしたのか、恐怖に震える祐巳さんに比べて、桂は結構精神的に余裕だった。
「桂さん、凄いね、怖くないの?」
涙目で問いかけて来る祐巳さん。映画の途中なので、もちろん声を潜めている。
お陰で祐巳さんはぐっと身を乗り出していて、桂の頬に唇が触れそうな距離になっていた。
「こ、怖いけど。なんとか、大丈夫」
「桂さん、凄いね。カッコイイ……」
祐巳さんが涙目でそんなことを言い、ぎゅっとより強く桂の腕を抱えてきた。
「ゆ、ゆ、ゆ、祐巳さん……」
がくがく震える桂だけど……もちろん、それは恐怖からではない。
涙目でしがみつく祐巳さんが、それはもう可愛くて可愛くて。なんかワケの分からない衝動を理性で押さえ込むのに必死だったからだ。
「はうう〜。怖い〜!」
祐巳さんがスクリーンから顔を背けて、桂の首筋辺りに顔を埋めてくる。
映画館に響き渡る「きゃー!」という悲鳴に紛れて、桂も思い切り叫びたかった。
「うほーーーーー!」って。



――という、夢を見た。
「……そりゃそうよねー」
遠い目で朝日の差し込む窓を見て、桂は呟く。


桂×祐巳の日本上陸予定は――全く、ない。


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