【443】 大スキ!志摩子×祐巳  (柊雅史 2005-08-29 22:55:59)


最近、志摩子さんがおかしい。
「志摩子さん、そろそろ帰らない?」
暮れ始めた窓の外を見て乃梨子が声を掛けると、書類をまとめていた志摩子さんは、ちょっと困ったような顔を乃梨子に向けた。
「ごめんなさい、乃梨子。悪いのだけど、今日も先に帰ってもらえるかしら? まだ少しかかりそうなの」
「じゃあ待ってるよ」
「そんな、悪いわ。どのくらいかかるか分からないし」
「でも……」
「最近は日も短くなってきてるし、早めに帰った方が良いよ。瞳子ちゃんもそろそろ上がりだし、一緒に帰った方が良いよ。最近、物騒だし」
食い下がろうとする乃梨子に、横から祐巳さまがにこにこしながら志摩子さんを援護してくる。声を掛けられた瞳子はといえば、手元の書類と祐巳さまを見比べて、ちょっと戸惑い顔だった。
「あの、祐巳さま。瞳子の仕事は――」
「ん? そこまでやってくれれば、後は私がやっておくから。瞳子ちゃんは助っ人なんだし、あまり遅くまで残ってもらうのは悪いもんね」
祐巳さまが瞳子のやりかけの仕事を手に取る。
乃梨子は瞳子と思わず顔を見合わせた。
「残りは私と志摩子さんでやっておくから。瞳子ちゃんと乃梨子ちゃんは、先に帰ってて良いよ」
祐巳さまににこやかに言われては、乃梨子に抗う術はない。志摩子さんが相手なら我が侭も言えるけど、乃梨子から見れば人懐っこさがウリの祐巳さまと言えども、山百合会の大先輩だ。
あれよあれよという間に、乃梨子と瞳子は揃って薔薇の館から追い出されてしまった。いやもちろん、本当に無理矢理追い出されたわけではなくて、祐巳さまと志摩子さんの笑顔パワーを前にして、反論の余地なく身支度を整えさせられて、笑顔で「また明日〜」と見送られたのだけど。
ぱたん、と薔薇の館のドアを背中で閉めて、乃梨子は同じく追い出された格好の瞳子を見た。瞳子も乃梨子のことを見て、二人の視線が絡み合う。
「――絶対、おかしい」
「私も同感ですわ。一日くらいならまだしも、ここのところ毎日この調子ですもの。祐巳さまと志摩子さまが、最後まで残って。私たちは早めに帰るように言われる。私と祐巳さまは別に一緒に帰る謂れはありませんけれど、あの志摩子さまが乃梨子さんと一緒に帰らない、というのは、怪しいと言わざるを得ませんわ」
乃梨子と瞳子は頷き合い、揃って上を見上げた。一つだけ明かりのついた部屋。その窓に影が一つ映っている。祐巳さまか、志摩子さんか――影からは判別できないけれど、立ち位置はなんとなく分かる。
「――こちらの様子を伺っていますわね」
「瞳子もそう思う?」
「はい。――ひとまず、校門の方へ向かいましょう」
瞳子に促され、乃梨子は校門の方へ足を向けた。途中、ちらりと背後を伺ってみると、カーテンに映った影は相変わらずこちらを見ている様子だった。
校舎の角を曲がり、薔薇の館から見えない位置まで来たところで、乃梨子は足を止めた。
「――どう?」
「まだこちらを見ていますわ」
校舎の影から手鏡を伸ばし、向こうからは見付からないようにして瞳子が様子を伺っている。昨日、志摩子さんと祐巳さまの様子がおかしいと、この友人に相談したのは正解だったようだ。こんな小道具まで用意して、ノリノリで乃梨子に協力してくれている。
「明らかに変ですわ。あそこまで警戒するなんて……」
瞳子が眉をしかめる。
「どうするの?」
「幸い、薔薇の館には執務室から見えないルートで近付く方法がございます」
「……なんで知ってるのよ、そんなこと」
「乙女の秘密ですわ。――とにかく、そのルートを使って戻りましょう。何をしているか分かりませんけど、乃梨子さんに内緒で何かしているのを放置してはおけませんわ」
並々ならぬ気合いで言う瞳子に手を引かれ、乃梨子は瞳子が準備していた『薔薇の館からは見えないルート』を使って、薔薇の館へと戻った。
見上げると、ここでようやく窓辺に立っていた影が消えたところだった。
「――中に入ったみたい」
「では、参りましょう。さすがに入り口までは、どうしたってあの部屋から見えてしまいますから。素早く参ります」
言いながら、瞳子は鞄から小さな瓶のようなものを取り出す。それが何か問う間もなく、瞳子が足音を殺して入り口に向かった。
乃梨子も極力足音を殺して入り口に向かう。ドアを開けようとする乃梨子を制して、瞳子は手にした瓶をちょいちょいと蝶番に触れさせた。
瞳子が頷いてそっとドアを開けると、ドアは音もなく開いた。目を丸くする乃梨子に、瞳子は「早く中へ!」と小声で囁く。
乃梨子と瞳子は比喩ではなく、音も立てずに薔薇の館への侵入を果たした。
「――瞳子、それ何?」
「ただの潤滑油ですわ。ここまでは予定通りです。問題は階段ですわね――出来る限りゆっくりと参りましょう」
瞳子の目にゆらりと炎のようなものが揺らいだ気がした。
もしかして乃梨子よりもよっぽど瞳子の方が、真剣に祐巳さまと志摩子さんの間を疑っているんじゃなかろうか。
そう思わせられるような瞳子に導かれ、乃梨子は階段を上がった。どうにかこうにか階段を上がりきり、そっと執務室のドアの前に移動する。
『ぁん……志摩子さん……』
途端、聞こえてきた声に、乃梨子の心臓がドキンと跳ねる。
『うふふ……祐巳さん、ここ? ここが良いの?』
『あ、ダメ……そんな、急に……』
一瞬、乃梨子の頭が真っ白になり、それから――まぁ、色に例えるとピンク色のビジョンが浮かび上がる。
「―――――!!!?」
思わず瞳子を振り返ると、瞳子も顔を赤く染めて乃梨子を見ていた。
『じゃあ祐巳さん、ココ……少し強くしてみるね?』
『え? ダメだよ、志摩子さん、そんな……あ、あうっ!』
『くすくす……祐巳さん、痛い?』
『ん……痛い……けど、気持ち良いかも』
『そう? きっともっと気持ち良くなるわ』
聞こえてくる志摩子さんと祐巳さまの会話に、乃梨子はぱくぱくと瞳子に向かって口を動かした。声を潜めた、というよりも、何を言葉にすれば良いか分からなかったのだ。
「の、乃梨子さん……」
「瞳子……」
顔を赤く染めた瞳子が真剣な目を向けてくる。
「意外でしたわ、志摩子さまが攻めなんて」
「うん、私もてっきり――って、違うでしょ!」
ひそひそ声でツッコミを入れる。確かにイメージ上志摩子さんが攻めってのはアレだけど、祐巳さまだって攻めってイメージじゃない――って、私は何を言っているのだろう。
乃梨子はぶんぶん、と首を振った。
『ね、祐巳さん。今度は祐巳さんがしてくれる?』
『うん、良いよ』
『あまり痛くしないでね?』
『えー。どうしようっかな〜?』
なんだか楽しそうな祐巳さまの声。ちょっと甘えるような志摩子さんの声。
こんな志摩子さんの声は乃梨子も聞いたことがない。祐巳さま、ズルイ!
乃梨子はぐっと拳を握って立ち上がった。
「の、乃梨子さん?」
「吶喊よ、瞳子。これ以上、放置は出来ないわ」
「え、ええ。そうですわね。ちょっともう少し聞いていたい気分でもありますけど……あ、いえ、冗談ですわ」
ちょっと不穏当なことを言う瞳子を視線一発で黙らせて、乃梨子はノブに手をかけた。
そして――
「そこまでです、お二人ともっ!」
「「えっ!?」」
一気にドアを開け放って飛び込んだ乃梨子の目に、志摩子さんと祐巳さまのあられもない姿が映った。
はしたなくもテーブルの上に、志摩子さんが横になっていた。
その志摩子さんの裸足の足を祐巳さまが抱え――
その綺麗なおみ足に、祐巳さまは足ツボマッサージを敢行していたのだっ!!
「の、乃梨子!?」
慌てて志摩子さんがスカートを押さえ、テーブルから飛び降りる。
「と、瞳子ちゃん!?」
祐巳さまが慌てて志摩子さんの足を離し、立ち上がる。
飛び込んで指を突きつけたままの格好で慌てふためく二人を見ていた乃梨子は、そこでがっくりとその場に崩れ落ちた。


……いや、そんなところだろう、とは思っていたけれど。


「ホラ、最近忙しかったじゃない? それで祐巳さんとマッサージをし合っていたんだけど。あまり他人には見せられない格好だし。特に乃梨子に見られるのは、恥ずかしかったし……」
しょんぼりしながら言い訳する志摩子さんに、乃梨子は呆れて溜息を吐いた。
「それならそうと言っておいてくれれば良いんです。それに、マッサージでしたら私がいくらでもして差し上げます」
「え、ホント?」
「本当です」
乃梨子は頷いた。だって志摩子さんのあんなあられもない姿、いくら祐巳さまが相手でも他の人には見せたくないではないか。
「あれ? でもそうすると、私はどうなっちゃうの?」
困ったように祐巳さまが言う。
「私も仕事の後のマッサージが、ここ最近の活力だったんだけど。志摩子さんを取られたら、日々の生きがいが」
「そんなところに生きがいを求めないで下さいませ」
瞳子が溜息を吐く。
「分かりました、乃梨子さんの心の平穏のためです。不肖、私が祐巳さまにマッサージをして差し上げますわ」
「え、ホント?」
「仕方ありませんわ。他に人手はありませんし」
不承不承の態で言う瞳子だけど、どこか嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。
「じゃあ、明日は4人でマッサージ合戦ね。楽しみだわ」
志摩子さんがにっこりと笑った。




最近、祐巳さんと志摩子さんと乃梨子ちゃんと瞳子ちゃんがおかしい。
「由乃さん、そろそろ帰っても良いよ?」
ようやく部活が一段落して、山百合会に復帰した由乃だけど、ここのところ毎日のように先に帰らされる。最初は部活で大変な由乃を慮って、と思っていたけれど、こう連日だとさすがに怪しいと思えてくる。
一体この4人は、何を隠しているのだろう?
同じく、薔薇の館から追い出された令ちゃん・祥子さまと顔を見合わせて、由乃は明かりのついた窓を見上げた。


今日こそは、あの4人が何をしているのか、由乃たちは確かめるつもりだった。


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