【446】 天使に会った  (琴吹 邑 2005-08-30 01:04:35)


琴吹が書いた【No:438】「帰ってきた風景」の続きになります。


 祐麒さんは校門の中に入らず、敷地と平行して歩いていく。
「入らないんですか?」
「中から入った方が近道には違いないんだけどね。こっちからなら、学校の中に入らずともいけるから」
 そういって花寺の敷地の外周を歩いていく。
 5分くらい歩いたところで、それは見えてきた。

 花音寺、今日の目的地だ。
「このお寺って、学院の外から入れたんですね。地図で見たとき学院の敷地内にあったので、入れないと思ってました」
 このお寺が、学校経営しているからね。確か地域福祉の理念がどうこう言ってたと思うよ」
 そういいながら、境内に足を踏み入れる。
 外から見る感じ、本殿と母屋が廊下でつながっているようだ。
 志摩子さんの家と同じような作りをしているなと何となく思った。

 境内は、木々が生い茂っている、雨が降っているせいもあり、遠くで車が通りすぎる音と、私たちが玉砂利を踏む音。そして、雨が傘をたたく音しか聞こえない。
 何となく、このままの時間が続いてもいいなと感じている自分がいる。お寺に来たときにはいつも一刻も早くみたいと心がはやるのに。
 でも、そんな自分の気持ちとは関係なく、二人は歩き続け、母屋の前に立った。
 祐麒さんが、躊躇無く母屋の呼び鈴を押した。ぴんぽーん、ぴんぽーん、ぴんぽーんと三回音がして、やがて、初老のお坊さんが出てきた。

「おお、あなたが二条さんですか。福沢君の言うとおり確かに若い女の子だ。雨の中、ご苦労だったね。どうぞこちらに」
 お坊さんはそういって、私たちを先導した。

 私たちが連れてこられたのは、本堂。正面には漆塗りなのかかなり大きな黒塗りの厨子が安置されている。
 この中に目的のものがあるのだろう。

「普段は公開しないものですが、今回は特別にお見せします」
 そういって、ゆっくりと、扉を開けた。
 
 私はその中身に釘付けになった。その仏像は、今まで見たことがないものだったから。
 「すごい、羽が生えてる」
 ぽつりと、つぶやいた言葉に、お坊さん――このお寺の住職はうれしそうに説明してくれた。
 「すごいと言う言葉が出てるのは、仏像をよく見ている証拠ですね。感心します」
 「羽が生えてるのは珍しいのですか?」
 不思議そうに祐麒さんがそういった。
 「仏像をよく知っている方なら、この仏像の特異性がわかるでしょう」
 住職は祐麒さんの言葉に応えず、解説を始めた。
 この仏像は羽藕観音といいます。日輪を背中にしょっているものはよくあるのですが、これは蓮の花ビラをを鳥の羽のようにかたどっているのものを背負っているのが特徴になります。
 天使のようにも見えることから、この仏師はキリスト教にも深い造詣があったのではないかと言われていますが、作者は阿雨とされています。この阿雨という作者について詳しいことはわかっていません。
 作成された年代は、江戸時代初期のものとされています。
 「マリア観音の一種なのでしょうか?」
 「時期的には、キリスト教禁止令の時期と一致していますし、キリスト教に影響を受けた仏師が天使の像を作ったと考えてもおかしくはないと思います」
 私はこの時ばかりは祐麒さんのことを完全に忘れ珍しい観音様に見入っていた。


【No:495】につづく


一つ戻る   一つ進む