【No:436】 『月の光の下で眼鏡を取った蔦子さん』 (無印)、
【No:463】 『女心と秋の空すなわちそんな一日』 (黄薔薇革命)、
【No:481】 『ダンス・イン・ザ・タイトロープ』 (ロサ・カニーナ)、
【No:889】 『麗しき夢は覚め私に出来ること』 (ウァレンティーヌスの贈り物〔前編〕)、 と同じ世界観ですが、単独でもご賞味いただけます。
原作『マリア様がみてる --いばらの森--』 を読了後、ご覧下さい。
◆◆◆
「どうして?」
靴のスナップを留めながら祐巳が尋ねると、 ……
チュキ、チュキ、チュキ、チュキン
チュキ、チュキ、チュキ、チュキン
チュキ、チュキ、チュキ、チュキン
ああ、好い! ちょっと屈んだその姿。
スクールコートの裾からまぶしく覗くふくらはぎ。
私のほうを上目遣いで見つめる小動物のような瞳。
襟元にちらりと輝くロザリオの鎖。
『靴のスナップを留める女子高生』 このタイトルが
これほど麗しくハマルなんて。 祐巳さん最高ー!
って、落ち着け蔦子。 せっかく祐巳さんとお話しているんだから。
とは言え、桂探偵事務所のチーフから大凡の事を聞いているだけに、
この件には、深入りしにくいものが有るわね。
充分に時間をかけて、祐巳さんの会話を楽しんだ上で、
バックボーン情報だけを伝えたほうがいいかな?
(この間、約3.7秒)
「ちょっと、蔦子さん」
「失礼。ちょっと夢中になっちゃって……。 で、何だっけ?」
さーて、巧く話を転がして、引っ張りまわして
放課後の逢瀬を楽しまなくちゃ。
八方美人の祐巳さんの関心を、いまは私だけが独占しているんだから。
写真にうつるのは嫌いだけど、祐巳さんの瞳の中に自分が映り込んでいるのは、
悪くない。 とても、悪くない感じね。
蔦子は、鼻の下が伸びないように注意しながら、祐巳の腕を取った。
◇◇◇
そうして、蔦子が自分のアンテナ(八木博士謹製)を信じて、2、3歩引いた所から傍観しているうちに。 事件はあっさりと収束に向かったようである。 正直、蔦子にとっては祐巳に被害が及ばなければ、暗躍する意思も必要性も無いのだし。 白薔薇さまがどうなろうとさして気に成らなかったが、優しい祐巳さんの悩み事が減ったのは良い事だと思う。
ストーキング中に 『麺食の風景〜つぼみの妹たち』 とか 『おろし髪の紅薔薇のつぼみの妹』 とか、貴重なショットがいくつも手に入ったし。
おニューのカメラの感触を楽しんで。
これから薔薇の館では、新しいコレクションが増える予定。
祐巳さんと白薔薇さまの仲が、ちょっと親密になったような気もする所が微妙だが、まあ概ね上出来。 やっぱり今回の騒ぎには踏み込まないのが正解だったようだ。
達人は達人を知る。 というけれど。 どうも白薔薇様は私のことに気付いているみたいだ。 藪をつつか無いように気をつけないと、祐巳さんの周りに居られなくなるかもしれない。
兎も角いまは、祐巳さんの傍で写真をたくさん撮れればいい。 そう割り切って人生を楽しもう。
(いつか其れだけで満足できなくなる自分を予感しているが、今はまだ耐えられるから。)
吐く息は白く、空は何所までも高く澄んでいた。
武蔵野の、今日はクリスマス・イブ。
蔦子の預かり知らぬ所で、新しい字(あざな)が付けられた事を知る由も無く。
カメラちゃんは狩猟本能(狩猟煩悩?)の命ずるままに、薔薇の館へと向かうのだった。
スキップをしながら。
ねえ祐巳さん。
気をつけて寒すぎる冬の一日は
人肌が恋しくて、私の狩猟本能を逆に燃え立たせてしまうの。
だからあんまり、コケティッシュなポーズはしないでね。