トトツントントン トトツントン ピーフャラピーフャラドンドンドン おはやしが聞こえる。
祥子は初めて縁日なるものに来た。
なんて楽しいのだろう。お父様と、お母様、そして、私しかいない。
親子水入らずなんてことは初めてだった祥子には、それだけで幸せだった、普通の家庭では至極当たり前のことなのだが。
「ねえ?お父さま、これは何ですの?」
「これは綿菓子といってね、とても甘いお菓子なんだよ。」
「これが、このふわふわした綺麗な物が、 お菓子・・・ おいしいんですの?」
「ああ! とってもおいしいよ。 食べてみるかい?」
「はい!! 食べてみたい!!」 パクリ
「おいしい!!」
「ねえねえ?お母さま、あれは何ですの?」
「これはチョコバナナって言うお菓子なのよ、食べてみる?」
「おいしいんですの?」
「さあ? 私は食べたこと無いけれど、とってもおいしいって、話は聞いたことがあるは。」
「なら、一緒にたべる? お母さま?」
「いいわね!! ふふふ」 パクリ
「おいしい!!」 「あら本当、おいしいわね。」
おいしいね、お母さま、お父さま。
楽しいね、お父さま、お母さま。
トトトン、トトトン、ピーヒャララ
近くで、声が聞こえた。
目を向けると、そこには、だだをこねている青い浴衣を着ている男の子が『金魚、金魚ほしいい〜!!』と駄々をこねていた。
きんぎょ?
「お父さま、金魚ってそんなにすごいものなんですの?」
「う〜ん、すごいかどうかは判らないが、可愛いし、とても気分が和むものなんだよ、祥子も欲しいかい?」
「よく、分かりません。」
「ははは、 そうだね。 それじゃあ、後で覗いてみようか、それも一つの経験だよ?」
「そうですわね、お父さま。」
縁日とは、とても面白い、色んなお店、色んな人、色とりどりの服装、何もかも祥子にとっては新鮮で斬新で見るもの全てが楽しかった、でも、なんといっても、ここには父と、母が一緒に居る、それだけで最高に幸せだった。
お父さまとお母さまの手を引き、色々な出店を廻った、其の時、祥子の目にお揃いのピンクの浴衣に身を着ている一組の姉妹の姿が目に入った。
「お姉ちゃん、ねえ、お父さんは? お母さんはどこ?」もう目にいっぱいに涙を溜め、今にも泣き出しそう。どうやら、迷子のようだ。
「大丈夫!! すぐに見つかるから、ね? だから泣いちゃだめなんだよ? お姉ちゃんが付いているんだから、ね?」
「でも、でも・・・ うわああ〜〜ん!! お父さん、お母さ〜〜ん!!」もうたまらなくなったのか、妹はとうとう泣き出してしまった。
その姿を見ていたお姉も、瞳に涙を溜めている、けど、その涙を一生懸命堪た、妹にこれ以上の不安を与えないように、気丈に振舞っていた。
「ゆうちゃん!! 泣いてたって、お母さんも、お父さんも来ないよ!! だから、ね?行こう?」
祥子はなぜか、その姉妹のことがすごく気になり、お父さまとお母さまの手を離し2人のそばに駆け寄った。
「ねえ? 彼方たちは迷子になってしまったの?」私は声をかけた。髪の毛を頭の両端で結んでいるなんとも可愛らしい女の子だった。
突然の声に少し驚いていたが、 「うん。」 と返事をした。
妹に不安を与えまいと、必死に平然を装う姉、隣では、突然の部外者の出現に不安を感じている妹。
娘の行動に気づき、お母さまも祥子たちのところにやってきた。
「可愛いお嬢ちゃん、お名前を聞いてもいいかしら?」ゆみの目線まで身体をかがめ、やさしくお母様が問いかける。
「ゆ、ゆみ・・・」
「そう!! ゆみちゃんって言うのね、いいお名前。」 お母さまはニコッと微笑むと。
お母さまは、『ゆみ』の頭をやさしく撫でてあげた。
「あらあら、お姉ちゃんの陰に隠れている可愛いあなたのお名前は。」 お母さまが聞いたが、ゆみの後ろに隠れ、出てこない。
「ゆうちゃん、お返事は?」少し小声に。
「それじゃあ、当ててみようかしら、う〜〜ん 判った!! ゆうちゃんね?」
「「ど、どうして、しってるの!?」」ゆみとゆうちゃんは目を丸くしてお母さまに聞いた。 「お、お姉さん!! 魔法使い!?」
自分で言っておいて・・・かなりの天然だ。
「じゃ!ちょっと行ってくるよ。」 お父さまは迷子センターへ。
なので今、祥子たちは4人でぶらぶらしている。
祥子の左手にはゆみの右手、祥子の右手と、ゆみの左手には大きな綿飴、ゆうちゃんはお母様に抱かれている。 泣きつかれと、安心感なのか、今はお母様の腕の中でスヤスヤ眠っている。
『お姉さん』といわれてお母さまも上機嫌。
ゆうちゃんの頬に自分の頬をすりすり、ゆみの頭をなでなで、「ふふふ、一気に娘が増えたようで、何か楽しいわ。」
一方ゆみのほうはといえば、逆に、妹が寝てしまったこと、安心したこと、疲れていること、不安なこと、いろんなことがあり一気に自分の感情が流れ出てきたようだ。
祥子の手をぎゅっと掴みながら、しゃがみ込んでしまった。
「どうしたの? ゆみ? 」
「お、お母さん・・・ お父さん・・・ どこ? こわい・こわいよ !!」 ぼろぼろと涙を流しだした。
祥子には、どうして良いか判らなかった、でも、この子を守りたい、守っていきたい、なぜかそんな感情で胸がいっぱいになった。
いったいなんだろうこの気持ちは? 私は無意識にゆみを ギュッと抱きしめ。
「大丈夫よ、ゆみ、すぐにお父さんや、お母さんも迎えに来るから。 だから泣かないの。」
「本当?」うっく、うっく、 まだ、泣きながらしゃくりあげている。
「本当よ、お姉ちゃんに任せなさい。」
「うん・・・ ありがとうおねえちゃん。」
そのとき、
「ゆみちゃん、金魚すくいしてみない?」その声にゆみの涙は一時引っ込んだ
「お、お母さま!!」
「き、金魚すくい? で、でも、」
「そう、金魚すくい、ゆみちゃんはとっても上手そう、 大丈夫よ、ゆうちゃんは私がちゃんと見てるから、ね?」
「で、でも・・・」まだ、不安は隠しきれない。
お母さまが軽く祥子にウインクする。
「ゆみ、あなた、本当は金魚が怖いんじゃないの?」
「ううん、全然怖くないもん。」
「そうなの、私は・・・ ちょっと不安なんだけど・・・ 」にぱっと、ゆみが笑顔になる。
「じゃあ、ゆみが、お姉ちゃんのお手伝いする!!」
「でも、ゆみは泣き虫さんだから、どうなのかしら? 本当にできるの?」
「ゆみ! 泣き虫じゃないもん!! できるもん!! 」
「じゃあ、一緒に金魚すくいしてみる?」
「うん!!」
「お姉ちゃん!! 見て!! 取れたよ金魚、ねえ? すごい? すごいでしょう?」
祥子とゆみは各々一匹ずつ金魚を取ることができた。 祥子の一匹はたまたま飛び跳ねた金魚が器に入ったものだったが。
「ゆみは、じょうずなのね、感心したわ。」 私はゆみの頭を撫でてあげた。
「・・・えへへ、 ありがと〜〜 お姉ちゃん。」頬を赤らめ満面の笑みを浮かべる、しかし、なんてまぶしい、なんてかわいい笑顔をするんだろう、例えるなら向日葵のよう、不思議と祥子の心の中が暖かくなってくる。と、同時に自分には持ちえることのないものを持っているゆみがうらやましかった。
2人で金魚の入った袋をながめた。
「小さいね、可愛いね、お姉ちゃん。」
「ほんと、小さくて可愛いわね、ゆみ。」
もともと小笠原家の一人娘、周りにはいつも大人達ばかり、いつもつまらなく、とてもさびしい思いをしている日々、でも、今日の祥子はとても幸せな気分でいっぱいだった。
「ゆみちゃん!! ゆうちゃん!!」 その声を聞き、その姿を見たゆみは、祥子の手を離すと、一目散に走って行き、飛びついた。
「お、お母さん、お母さ〜〜ん」胸に飛び込み泣きじゃくるゆみ。
「ごめんね、ごめんね・・・ 寂しかったね・・・ 怖かったね・・・ 本当にごめんね」 母親もゆみを抱きしめ、大粒の涙を流している。
「本当にありがとうございました、迷子になったこの子達の面倒を見ていただいただけでなく、金魚まで頂いてしまって。」
「いえいえ、良いんですよ、このまま保護者が来なかったら、ウチの子にしようかと本気で思っていたくらいなんですから。」
隣で力いっぱい『うん、うん、』とうなずく祥子。
「は、はあ・・・ ともあれ、本当にありがとうございました。 ほら、ゆみちゃんもお礼しなさい。」 妹はお父さまに抱かれたまま、未だスヤスヤと可愛い寝息を立てている。
「お姉ちゃん、ありがとう。」笑顔でお礼を言うゆみを見て、なぜか祥子の心は苦しくなった、このままお別れしたくない、もっともっと一緒にいたい、この笑顔をずっと見ていたい。
「お姉ちゃん。」 悶々としている祥子にゆみが言った。
「お姉ちゃんの金魚と、ゆみの金魚交換しない?」
「あ、あら、どうして?」
「ん〜〜とね、ゆみと、お姉ちゃんがお友達になった記念、それでね、どっちの金魚のほうが大きくなったか競争するの、ね? きっと面白いよ。」
「いいわね、じゃ、交換。」ゆみと金魚を交換した。そのときお父さまが2人の金魚を覗き込み 「おやおや、ゆみちゃん、祥子、ちょっと良く見てごらん、この金魚のお口のところ、おひげが生えているね。」
「ああ〜〜!! ホントだ!! おひげがある!!」 「じゃあお父さま、この子達、『コイ』ですわね。」
「そうだね、金魚の中に小さな『コイ』が混じっていたようだね、 2人で一緒に採ったんだ、今は小さいけど、きっと大きくて、素晴らしい『コイ』になるよ、ゆみちゃんと祥子の『小さなコイ』は。」
その後、結局、お互いの連絡先もわからないので、金魚競争はなあなあになった。
時は過ぎ・・・
(2人で一緒に採ったんだ、今は小さいけど、きっと大きくて、素晴らしい『コイ』になるよ、ゆみちゃんと祥子の『小さなコイ』は)
なんともまあ、懐かしい夢を見たもの、カーテンの隙間から照りさす朝日によって、いつもよりずいぶん早く私は目覚めてしまった。でも、いつも以上にすごくすがすがしい朝だった。
私の隣では未だスヤスヤと可愛い寝顔で横たわっている祐巳。 色々と忙しく、なかなか2人の時間が持てなかった私たち、たまたま合った休日ということもあり祐巳は私の家に泊まりに来ていた。(隣で祐巳が寝ていることに、野暮な突っ込みは無用、祥子からのお願い♪)すがすがしい朝の要因はこのことも関係しているのは間違いない。
ともあれ、隣にいる祐巳の寝顔に、私はなんとも愛おしくなり、そっとその頬にキスをした。
「ふああ〜〜 あ、おはようございます、お姉さま。」 今のキスで祐巳を起こしてしまったようだ。
「ごめんなさい祐巳、起こしてしまったようね、でもまだ早いから寝ててもいいのよ。」 でも、祐巳は身をおこし。
「いいえ、せっかく早起きしたんですもの、その分お姉さまとお話でもしたいです。 あ! それじゃあ庭で朝のお散歩ってのはどうですか?」
「いいわね、それじゃあ、朝のお散歩でもしましょうか。」
私と祐巳は中庭まで進んだ、中庭には少し小さめな池があり、そこには一匹の大きな鯉が泳いでいた。夢の金魚と池の鯉が重なった。
「お姉さま、何かあったんですか? 何か難しいお顔をしていますよ? こんなすがすがしい朝にはお姉さまの笑顔が見たいです。 私のわがままですけど。」 少し照れたように笑う祐巳。その心がなんとも嬉しい。
「祐巳、昨夜とても懐かしくて素敵な思い出の夢を見たの。あのね、この鯉、実は昔、私が小さいときに、いったい何処だったのかは覚えていないけど、縁日で貰った金魚なのよ。 いえ、違うは、取替えっこしたの、とってもとっても可愛い子と。
「そ、そうなんですか・・・どんな子? でした?」
「そうね、改めて思い出してみると、祐巳、あなたに似ているような感じがするはね、とっても素敵な笑顔をするの、そして2人の金魚を交換した。たまたま鯉が混じって居たんだけど、今ではこんなに大きくなったわ、あんなに小さな鯉がこんなに大きくなるなんて、何か、すごいわね。」 なぜかびっくりした様子で私を見ている祐巳。ポカーンと口をあけている。
「祐巳あなた、 朝からだらしない顔はおやめなさい!!」
「す、すす、すみません、 でも、私には夢でなく、今も素敵な思い出として残っていることがあるんです、小さい頃山梨のおばあちゃんの家に行ったとき、恒例の夏祭りに行ったんです、でも私と祐麒は両親からはぐれちゃって・・・ でも、其の時とてもやさしくて、綺麗なお姉さんに助けてもらったんです、綿飴をもらい、そして金魚すくいをさせていただきました・・・ そして、交換した・・・」
え? 金魚すくい・・・・・・って!?
(ゆみと、お姉ちゃんがお友達になった記念、それでね、どっちの金魚のほうが大きくなったか競争するの)
「昔私の、山梨のおばあちゃんの家の池に小さな鯉を放しました、縁日で出会った素敵な人と交換した鯉が。今ではここの池の鯉と負けない同じくらい大きくなっているんですよ。」
「あ、あの、祐巳!! 私の記憶だと、2人ともピンクの浴衣を着た姉妹だったけど?」
祐巳は、目に涙を溜めている、今にもこぼれそう。
「祐麒は小さい頃、お母さんの趣味で女の子の格好をさせられてました。 『ゆみちゃん、ゆうちゃん』って、私も小さい頃は祐麒のこと、女の子、妹と思ってましたから。」
たしかに、祐麒君は姉の顔の祐巳とそっくり、言ってみればいわば女顔、小さい頃はさぞかし女の子と間違えられたでしょう。
ん? んん〜〜? てことは、お待ちなさい? へ? あれは・・・ 全てを理解した、
私は祐巳を見た、祐巳も私を見ていた、そして・・・・・・ ゆみが言った、大粒の涙をこぼしながら、
「おねえちゃん、また・・・会えたね・・・ 」
「 『ゆみ』・・・ お久しぶり、 泣き虫さんはまだ、ていうか、全然治ってないみたいだけど。」 私の胸にも熱いものが込みあげてくる。
「はい!! でも・・・今は泣き虫でいたいです。」 涙を拭いつつ、祐巳はすごく元気に返事をした。
私は、祐巳をきつく抱きしめた、「お、お姉さま、苦しいです」 真っ赤になった祐巳、でも祐巳に振りほどこうという動きは感じられない。
祐巳、実は私、あの時小さな『コイ』をもう一匹貰っていたのよ、心の中に。そしてその『コイ』は今ではこの池では到底入らないほどに成長しているのよ。
「お姉さま、実は私、あの縁日のとき、もう一匹『コイ』を貰ったんです。小さな『コイ』を・・・心の中に、そして高等部に進学して、お姉さまにあったとき、まるで冬眠から覚めたようにその『コイ』は一気に大きくなりました、心の中の『コイ』を・・・感じて頂けますか?」
「ええ、感じているは、あなただって私の心の中の『コイ』がとても大きくなっていることに気づいている、そうじゃなくって?」
「はい、今更ながらですが、その言葉を・・・私は本気で信じていいんですね?」
「当たり前でしょ、祐巳 私はあなたを愛してる、 本当に、本気で愛してる、 誰にも渡したくない、 私のこの言葉に、うそ偽りはないわ!!」
「ありがとうございます、祥子様」 祐巳は私に深いキスをくれた。
1秒が1分に感じられるくらいのキスの後、祐巳は耳元で 『愛しています』 と呟いた。
「ところで、祐巳、私たちが愛し合っていることをもう一度確認したいわ。」
「そ・そんなにはっきり言わないで下さい・・・ 恥ずかしいじゃないですか・・・」テレテレ
「照れてないで仰い!! 愛してるの? 愛していないの? さあどっち?」
「そ、その・・・あ、愛しています!! ・・・です。お姉さま・・・」トーンを下げつつゴニョゴニョとつぶやく祐巳、お顔真っ赤。
「まあ、そうでしょうね、だから事前に式場を決めてきたから。」
「へ? 式場って・・・? 何ですか?」
「私たちの結婚式場に決まっているじゃない、何トンチンカンなこと言ってるの、あなたは。」
「ああ、私たちの結婚式なんですね・・・ って!! えええ〜〜〜!?」
私は祐巳を抱きしめ、言った。
「雨が降ろうが、槍が降ろうが、私は、彼方を守り続けるは、祐巳。」 うふ・うふふふふふふ・・・・・・
「お姉さま、暴走しすぎです・・・」 ううう・・・