【485】 黄昏の青田買い同好会  (柊雅史 2005-09-07 02:48:41)


「かしらかしら」
「青田買いかしら」

 とある昼休み。自分の席で、それはどうかな、と首を傾げながら『押○学の人生哲学』を学んでいた乃梨子の元に、敦子と美幸は左右にドリルとノッポを、背後にプチ凸りんを引き連れながら、ふわふわした足取りで現れたのであった。

「かしらかしら」
「青田買いかしら」
「…いや、シリーズ違うし」

 本から一向に目を離さず、受信した電波に従って意味不明な声を返した乃梨子に、敦子と美幸は「かしらかしら」と笑いながら乃梨子の周りを回る。

「…第一、青田買い同好会は解散したはずじゃないの?」
「確かに青田買い同好会も青田買い地下組織も解散しましたけど」
「乃梨子さんのたゆまぬ努力の姿勢に感動して復活したのですわ」
「いや、むしろすげー迷惑なんですけど」

 ふらふらと視界の端っこの方をうろちょろする敦子と美幸に、むしろこの二人を狩ってやろうかという衝動に駆られながらも、乃梨子はそこでようやく本から顔を上げ、ふわふわしている二人を見る。

「などと言いつつ、勉強熱心ですわ」
「勉強?」
「押○学です。彼を学ぶことは即ち人を魅了する術を学ぶに等しいのですわ」

 それは誤解だ、と乃梨子は弁明したかった。少なくとも押○学哲学で魅了される妹だけは、断固として御免こうむる。

「乃梨子さんが乗り気になってくださって、嬉しいですわ」
「早速、中等部に吶喊して可愛い妹候補をGETして唾つけて差し押さえですわ」
「まぁ、唾つけるなんてはしたないですわ」

 ぐいぐい乃梨子の両腕に取り付いて引っ張ってくる敦子と美幸に、乃梨子は仕方なく席を立った。なんていうか、多分抵抗するだけ無駄だと思う。

「かしらかしら」
「青田買いかしら」
「中等部の子達を誑かすかしら〜」




 というわけで。
「あ、あの子結構可愛いかもですわ」
「いえいえあちらの方のほうが美人って感じですわ」
「ちょっときつそうじゃありませんこと?」
 再び、昇降口近くの茂みに隠れて行き交う女子中学生を物色、もとい観察しているのだ。
「あの子は陸上部のホープで、既に去年の内に陸上部の先輩と内定済みです」
「それは残念ですわ」
「内定取り消しを上訴しますわ」
 唯一前回と違うのは、オブザーバーとして正体不明の中等部の生徒が最初から加わっているので、黄薔薇地雷の誤爆だけは避けられる点だろう。もうそれだけが唯一乃梨子のポジティブ・シンキングを支える砦だった。
「そうですわ、まず最初にすることを忘れていましたわ」
「まぁ大変。敦子さん、うっかりさんですわ」
 敦子が何かを思い出して鞄を漁り始めた。何を思い出したか分からないけれど、思い出さないでくれれば良かったのにと、内容を聞かずして乃梨子は思う。
「じゃん。同好会のたすきですわ」
「まぁ素敵。友情のたすきリレーですわ」
 敦子が取り出した『青田買い同好会』と書かれたたすきを全員に配り始める。もちろん乃梨子にも。
「どうぞ、乃梨子さんの分ですわ」
「きっとお似合いですわ」
「――って私会長かよ!」
 渡されたたすきに書かれた『青田買い同好会会長』の文字を見て、乃梨子はたすきをベシッと地面にたたきつけた。
「お気に召しませんでしたか? 残念ですわ」
 敦子がにこやかに笑って代わりのたすきを取り出す。会長の文字がないだけマシだったけど、丸文字で『青田買い同好会』と書かれたたすきを下げている自分の姿を見下ろして、乃梨子は少し泣きそうになった。
「――あの子はどうでしょう?」
 乃梨子がたすきを装着したところで、真剣に中等部の生徒を吟味していた瞳子が口を開いた。
「ちょっと愛嬌のある顔立ちが中々祐巳さまっぽくて高得点――」
「むしろお前は妹より姉をどうにかしろよ!」
「そ、それはまた別問題ですわ!」
 乃梨子の指摘に瞳子が顔を赤くして頬を膨らませる。痛いところを衝いてやったようだ。ざまぁみろ。悔しかったらこの傍若無人な友人二名の暴走を止めてください、お願いします。
「確かに中々の逸材ですわ」
「それでは、まずは私が参りますわ」
 美幸が気合いを入れて茂みから立ち上がり、てってって、とその中等部の生徒に近付いていった。
「スニーカーは私の基本。動きやすいですわ」
「……は?」
「虎舞竜なら13章かかるところも、私なら2小節ですわ」
「あ、あの……」
「最近コンビニの募金箱に1万円入れましたわ」
「そこで押○学かよ!」
 目が点の中等部の生徒を見るに見かねて、乃梨子は美幸を茂みに引き戻した。声を掛けられた可愛い後輩は、半泣き状態で逃げて行く。変なトラウマにならないことを祈るばかりだ。
「乃梨子さん、邪魔しないで下さいませ」
「邪魔じゃないしスニーカーじゃないし何が2小節だか分かんないしでも募金したのは偉いけど意味不明っ!」
 とりあえず溜まったものを一気に吐き出してみた乃梨子に、可南子が「全くです」と神妙な顔で頷く。
「そこは普通、5月で24になってるけど、心はいつまでも17でいたいと声を掛けるべきで――」
「みんなまだ16歳だ!」
 乃梨子の指摘に、敦子と美幸が「まぁ」と声を上げる。
「かしらかしら」
「勝負ありかしら」
「……は?」
 ふわふわと踊るように言い出した乃梨子の眼前で、敦子と美幸が揃ってたすきをひっくり返す。
「かしらかしら」
「セブンの負けかしら」
 たすきの裏に書かれていたのは『乃梨子さんに突っ込まれ隊』の文字。
「今回の順位は敦子さん、私、美幸さん、可南子さんですわね」
「あ〜、だからこのシチュエーションは不利ですってば」
 生徒手帳を取り出して何事か記入する瞳子に、中等部の子が不満げに口を尖らせている。
 乃梨子の目は点になっていた。
「かしらかしら」
「第1回の会合は終了かしら」
「第2回が楽しみですわね」
「今回は負けなかったし、よしとするわ」
「うー……次は負けませんよ!」
 思い思いに感想を述べて「それでは解散ですわ」とにこやかに解散宣言する5人を見送って、乃梨子はがくりとその場に崩れ落ちた。
「――生きていたのかよ乃梨子さんに突っ込まれ隊」


 第1回乃梨子さんに突っ込まれ隊会合が終わり、ゆっくりと日が暮れていく中。
 乃梨子はひっそりと涙した。


「しかも、第2回やるのかよ……」


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