ザザアァァァ
人の形をしたモノが、風に吹かれ、砂となって散っていく。
それを凍てついた目で見下ろしていた法衣の人物は、ハッとしたように振り向いた。
月の光の下に白い人影が浮かび上がる。
その人物は、悪びれた風もなく穏やかな笑顔を浮かべて口を開いた。
「ごきげんよう」
「………ミス・ホワイト」
冷たい汗が流れる。
「気配を消して後ろから近づくのは、いい趣味とはいえませんね」
「ごめんなさい。気を散らさない方が良いと思って」
「それはどうも」
どこまで本気かわからない相手の言葉に、つい皮肉めいた言葉が漏れた。
「ところで、『戦慄の白』と呼ばれたあなたが何故ここに?」
「偶然、通りかかっただけなのだけれど……」
苦笑する気配。
「『弓』と呼ばれるあなたがここにいるということは、この街に吸血鬼が?」
同じように問い返してくる。どちらも、教会に連なるものの間では知られた名だ。
「答える必要はありません」
そう応えて、しかし軽くため息をつく。
風にのって散っていく砂……いや、灰を目で追うように視線を流しているのを見れば、気付いていたのは明白だろう。
「確かに、答える必要はありませんね、代行者。あなたがここにいるのだから」
代行者。それは教会から派遣され、人外のモノを狩る非公式の存在だ。
「これは私の任務です。邪魔は……」
「あなたのお仕事に干渉する気はありません。こちらに被害が及ばないかぎりは」
それは被害が及んできたら干渉すると言っているに等しい。隠しの中の投擲武器に手が伸びる。
「私達一般人に極力被害が広がらないよう、迅速な対処を望みます」
「誰が一般人ですか」
はき捨てるように呟く。カチャリ、と剣先が擦れる。
「何か?」
「あなたに言われるまでもありません。すぐに終わらせてさっさと引き上げます」
「ええ、お願いしますね」
そう言って間合いを外すように闇に溶け込んでいく。
「では、ごきげんよう」
その言葉を最後に、気配は消えた。
「……誰が一般人ですか」
忌々しげにもう一度だけ呟く。見上げた月は嫌になる程明るかった。満月になるまでに終わらせなければいろいろと面倒なことになる。
即座に気持ちを切り替えて、月明かりを避けるように闇の中へ駆け出した。
後には風に散らされた灰だけが、わずかな時間、舞うだけだった。