吹き抜ける風に冬の匂いが混ざり始めた小春日和。祐巳、志摩子、由乃の三人は、中庭で仲良くお昼御飯を食べていた。
お弁当も食べ終え、のんびりとくつろぐ三人の前に、ひょっこりとゴロンタが姿を現した。
「あ、ゴロンタ久しぶりじゃない!最近ドコ行ってたのよ?」
由乃は満腹感とうららかな陽射しが作る満足感から、上機嫌でゴロンタに声をかける。
ゴロンタは鼻をヒクヒクさせながらこちらを伺っている。どうやらお弁当の匂いに釣られてきたらしい。
「お?何か欲しいの?・・・・・・でも、もうお弁当全部食べ終わっちゃったしなぁ・・・」
由乃は空のお弁当箱とゴロンタを交互に見やる。
「由乃さん、良かったら・・・」
そう言って志摩子が差し出したのは、プルトップ付きの鯖缶だった。
「あら、志摩子さんたら良い物持ってるじゃない♪」
由乃は喜んで鯖缶を受け取った。
「ウチにたくさんあった物なの」
「そうなんだ〜」
由乃がゴロンタに歩み寄りながらプルトップに爪をかけた時、祐巳はある事に気付いた。
「?・・・・・・由乃さん、その鯖缶なんだか膨らんでムグッ!」
志摩子は祐巳の口を背後から塞ぐと、そのまま無言で祐巳を引きずって由乃から3mほど距離を取った。
「今お魚あげるからね〜」
由乃がニコニコしながらプルトップを引いた。
プシッ!! ブシャアアァァァァァァ!!
その瞬間、鯖缶から強烈な生臭さと共にイイ感じに白濁した汁が勢い良く噴き出した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
由乃は全身異臭と汁にまみれながら無言で立ち尽くしている。
「・・・・・・・・・志摩子さんコレは?」
地の底から湧き出るような声で由乃は志摩子に問いかける。
「ウチの非常持ち出し袋に大量に入ってたのだけど・・・」
「だけど?」
由乃は前髪からポタポタと生臭い汁を滴らせながら志摩子のほうへ無表情で振り向いた。
すると志摩子はさらっとこんな事を言い出す。
「やっぱり八年も放置してると缶詰でも腐るのね」
言うと同時に志摩子は全速力で逃走し始めた。
「待てやコラァァァァ!!」
「うわクサッ!?」
志摩子追撃に向かう由乃が横を通り抜けた瞬間、祐巳は猛烈な異臭に思わず鼻をつまんだ。
「わざとじゃないのよ?由乃さん」
志摩子が走りながらそんな事を言ってくる。
「嘘つけぇぇぇぇ!!自分は安全圏に逃げたクセにっ!!」
「ただ由乃さんが何の疑問も持たずに受け取ったものだからつい面白そうだと思って見殺しにしただけで・・・」
「ぶっとばぁすっ!!」
二人は叫びながら尚も全力疾走し、祐巳の視界から消えていってしまった。
「仲が良いんだか悪いんだか・・・トムとジェリーみたいだなぁ」
祐巳は二人の消えた方向を見ながら、そんな事を呟いていた。
「お昼休み終わる前に帰ってくるかな?ねえゴロンタ・・・・・・・・・ゴロンタ?!」
祐巳がゴロンタに目を向けると、白目を剥いたゴロンタがピクピクと痙攣していた。
今回の一番の犠牲者は、空腹時に人間よりも鋭敏な嗅覚でいきなり強烈な腐敗臭を嗅がされたゴロンタかも知れない。
尚、余談だが、“三”つ編みの髪の“毛”を振り乱しながら“猫”のように牙と爪をムキ出して志摩子を追いかける由乃の姿を目撃したリリアンの子羊達は、影でこっそり由乃の事を“猛る三毛猫”と呼んだという。
「・・・魚臭いところも猫っぽいわよね」
「誰のせいだぁぁぁぁぁ!!」