No314 真説逆行でGO → No318 → No326 → No333 → No336 → No.340の後。微妙に裏。
「聖、なんてことしてくれたの?」
今日ここに来て二杯目のコーヒーを自ら作り、席に戻って来た私に蓉子が言った。
蓉子は一緒に来た祥子にあの二人を送らせて先に帰し、今ここには私と蓉子の二人だけだった。
「……なんのことよ」
「祐巳ちゃん怯えてたわよ」
「……」
カップからあがる湯気を見つめながら蓉子の言葉を聞いていた。
「どうかしてるわ。距離を置くならともかくあからさまに拒絶するなんて」
蓉子の言うことも判る。
お姉さまは私に「大切なものが出来たら距離を置きなさい」といった。これは蓉子にも話してある。
しかし。
「無理だったわ」
「なにが無理なのよ?」
不意打ちだったのだ。あの子との出会いは。
距離を置く暇も無く心臓を鷲掴みにされた。
あの子の前ではもはや冷静では居られないだろう。
だから最初、志摩子ちゃんが一緒に来て正直助かったと思った。
二人きりでなければ何とか平静を保てると思ったのだ。
だが逆だった。
藤堂志摩子。
蓉子に改めてその名前を聞いたときは「そういえばそんな名前だったかな」というくらいの認識でしかなかった。
しかし、あの桜の木の下で初めて出会ったとき、彼女の瞳に見たかつての私の姿は決して桜の妖精に魅せられた私の心が作り出した幻影では無かったのだ。
彼女の言葉を聞きながら、私はかつての自分に攻め立てられているような気がしていた。
「嫌いな振りをして離れようとしても無駄だ」と「もはやおまえに待っているのは破滅しかないのだ」と。
「もう私はあの子達に会わないわ」
いや『会わない』のではなく『会えない』のだ。
正直、会って話をしたいという気持ちはある。もしちゃんと適切な距離を保てるなら。
でも祐巳ちゃんといつも一緒にいるあの志摩子って子は私を、押さえつけていなければいけない私の心を鏡のように映し出し突きつけてくるのだ。
「聖……」
「蓉子が気に入ってるんなら手伝いを頼めばいいわ。でも私はここに来ない」
ではなく来れないのだ。
あの二人のそばにいたら私は狂ってしまう。
「……わかったわ。あの子を呼ぶときは、ちゃんと聖に伝える」
「そうしてくれると助かるわ」
こうして蓉子にはいつも世話になってしまう。
「だけど、こんなことで山百合会を辞めるなんて言わないでね」
「そんなこと言わないわ」
そう答えてからようやくさっき入れたコーヒーに口をつけた。
慣れている筈のブラックコーヒーが何故かやけに苦く感じた。