【499】 テニス部でなぞなぞプロデュース  (朝生行幸 2005-09-09 00:24:17)


「ねぇ桂」
 テニス部の部室で、私は可愛い妹の名を呼んだ。
「はい、お姉さま」
 一度は破局を迎えた私達だけど、今ではそれがかえって絆を深めているように感じる。
「来週から全国大会ね。調子はどう?」
「バッチリです。少なくとも、一回戦負けはありえません」
 私の問いに、自信があるのか謙虚なのか、判断に迷うことを言う。そう、私の妹、桂は、地区予選を予想以上の奮戦で勝ち抜き、関東二区代表として全国大会に出場することになったのだ。
「頑張るのよ」
「ハイ!」
「そうそう、新聞部があなたを取材したいそうよ。そろそろ…」
 私の言葉が終わる前に、部室の扉をノックする音。
「失礼します」
 返事を待たずに、声と共に扉を開けたのは、新聞部部長山口真美さんと、写真部の武嶋蔦子さんだった。
「真美さん、蔦子さん」
「ご了承いただき、ありがとうございます」
 真美さんは、真っ先に私に頭を下げて、礼を言った。
「いいのよ、妹のせっかくの晴れ舞台だもの」
 実際、私は桂を誇りに思っている。
「え、ちょっと?今からですか?」
「もちろんよ。テニス部のエース、桂さん?」
 慌てる桂にカメラを向けて、ニヤリと笑みを浮かべる蔦子さん。
「全国大会出場おめでとうございます」
 いきなりレコーダーを桂に向けて、早速取材を開始する真美さん。
「あ、ありがとうございます」
「今の気持ちをお聞かせください」
「桂さん、もっとリラックスして」
 手帳を開き書き込む真美さんに、アングルを変えながら、写真を取り捲る蔦子さん。
 ふふふ、緊張しちゃって。まぁ、並とか影が薄いとか、出番が無いとか出番を目の前の人に奪われたとか、名前しか出ないとか出たと思ったら植物の名前だったとか、いろいろ酷い…よく考えたら結構腹が立つことを言われてきた桂が、今回は主役。
 良かったわね桂。思わず涙した私は、ハンカチでそっと目元を拭った。
「では、姉妹でプレイしている様子を撮影しますので、お二人はコートに出ていただけます?」
 そりゃもちろん。妹のためには、多少の労なんて厭わないわ。慌ててハンカチをポケットに戻し、ラケットを手にしてコートに向かった。
 さすが、偶然かもしれないけど全国大会に出場できる腕前を持つ妹、一発一発のレシーブ、サーブが、重い重い。強くなったわね、嬉しいと同時に、ちょっと嫉妬もしちゃうけど。
「はーい、以上で終了です。お疲れ様でしたー」
 蔦子さんが、インタビュー及び撮影の終了を告げた。
「良い記事になりそうよ。今回のリリアンかわら版の主役は、桂さんで決まりね」
「良い写真も撮れたしね」
 照れて俯く桂の肩を、そっと抱いてやる。
「それでは失礼します。ごきげんよう」
「ごきげんよう。ご苦労様」
 ふふふ、かわら版の完成が楽しみね。

「ぐわぁ!」
 かわら版の完成を待ちきれず、私が新聞部部室に顔を出した途端、真美さんが大声で叫んだ。
「な、なに?どうしたの?」
 思わず声をかける。
「ああ、いいところに!」
 抱き付くように、私に迫る真美さん。泣くようなことだったの?
「桂さんのお姉さまなら知ってますよね?」
 まぁ、妹のことなら、大抵のことは知っているけど。
「で、真美さん。いったい何を聞きたいの?」
「ここを見てください!」
 真美さんが指さした、桂のインタビューの冒頭部分。
「ええと、『この度、高校生テニス夏の全国大会に出場する、二年藤組…』」
「ええ」
「それで?」
「桂さんのフルネームって、なんでしたっけ?」
「…え?」

 姉だというのに、妹のフルネームを知らないという前代未聞の大珍事。しばしの落胆と幻滅ののち、さすがは新聞部部長の真美さん、とんでもないアイデアを口にした。
「じゃぁ、クイズにして、答えを募集しましょう」
 そして、無事にかわら版が発行されたにもかかわらず、結局桂のフルネームは判明しなかった(泣)。
 こんな私は、姉失格ですか…?


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