【500】 怪奇!オヤジ化現象出たとこ勝負  (くにぃ 2005-09-09 01:11:36)


「とぉーこちゃんっ♪」
「ひぁっ☆ な、何なさるんですか! やめてください、いつもいつも!」
「え〜、だって瞳子ちゃんのリアクションが可愛いんだもん。何度やってもいい反応してくれて」
「瞳子は祐巳さまのおもちゃではありませんわ! いい加減にしてください!」



「とまあ、最近では毎日こんな調子ですの」
「ああそう」
 さも困ったという顔をして嘆息する瞳子だが、本当はまんざらでもないことを乃梨子は知っていた。いや、まんざらでもないどころか、むしろ祐巳さまに一日一回構われないと落ち着かないというところまで来ていることを。
 瞳子が祐巳さまと遭遇するのは大抵お昼休み、校舎からミルクホールへ向かう道すがらなのだが、このところ用もないのに何度も校舎とミルクホールの間を往復する瞳子が多くの生徒に目撃されている。このあまりにあからさまな行動がリリアンかわら版に載らないのが不思議なくらいだ。
そんな風だから乃梨子の返事も自ずとおざなりになるのも無理もないというものだ。

「で、つまり何が言いたいの? ノロケ?」
「違います! どこをどう聞いたらノロケに聞こえるんですか? いいですか? このまま祐巳さまのいいようにされっぱなしでは瞳子の沽券にかかわりますわ。ですから反撃することにしましたの」
「反撃って何するの?」
「目には目を、歯には歯を、抱きつきには抱きつきを、ですわ! ご自分がされればどんなに迷惑か、いくら鈍い祐巳さまでもきっとお分かりになりますわ」
「それってただ単に、あんたが祐巳さまに抱きつきたいだけなんじゃ」
「何を言っているんですの! これはいわば正義の鉄槌ですわ! 瞳子は決して祐巳さまの柔らかい体に触れたいとか、体温を感じたいとか、可愛い悲鳴を聞きたいとか考えているわけではありませんわ!」
「よく分かった。つまり抱きつかれるだけじゃ満足できなくなって、自分も抱きつきたくなったと」
腕組みをしてうんうん、分かる分かるとうなずく乃梨子に、瞳子は真っ赤になって反論する。
「違いますったら! どう言ったら分かってもらえますの!」
「どう聞いてもそうとしか聞こえないけど」
「もういいです! とにかく瞳子はやりますわ! そして祐巳さまに思い知っていただきますわ!」

 なんだかやたらテンションの高い瞳子を生温かく見やりつつ、でも祐巳さまの百面相も見てみたい、あわよくば怪獣の子供のようなと称される祐巳さまの悲鳴も聞いてみたい、などと乃梨子は密かに考えていた。だから瞳子の背中を押してみることにした。
「じゃあ今日の放課後はチャンスだよ。今日は由乃さまは部活で薔薇の館には行けないって言ってたから、祐巳さま一人で薔薇の館に向かうはずだから」
「そうですの。では早速放課後決行ですわ! 祐巳さまに目にもの見せて差し上げますわよ!」
そう言って目を輝かす瞳子の表情はどう見ても復讐ではなく、歓喜のそれだった。それを証明するように瞳子の右手は握りこぶしではなく、なにかワキワキと動いている。



「いい? 祐巳さまは薔薇の館へ行くのにいつも同じコースを通るの。その中でこの辺りが一番人が少ないから、ここでやれば驚いてきっといい反応見せてくれるよ」
 校舎から薔薇の館へ向かう途中にある生け垣の中に潜み、乃梨子は瞳子とともに祐巳さまが来るの今や遅しと待っていた。
「お力添えありがとうございます。でも祐巳さまの行動は可南子さんから聞き出して全て把握してますわ」
「へぇー、そう」
色々ツッコみたい乃梨子だったが、ここは作戦を前に自重することにした。

 生け垣の中にしゃがんで待つことしばし、ついに校舎から薔薇の館に向かうおなじみのツインテールの背中が見えた。
「来たよ」
「来ましたわね」
「ちょっと離れてるけど、気づかれないように近づくんだよ」
「大丈夫ですわ。気配の消し方は可南子さん直伝ですから」
「……」
あんたと可南子さんは今一体どういう関係なんだ、と乃梨子は問い詰めたい衝動に駆られるが、それでは目の前の祐巳さまに逃げられてしまうので、それは後の楽しみ(?)に取っておくことにした。

「では行ってきますわ」
「行ってこい。健闘を祈る」
 失敗しても骨は拾ってやるからな、というのは口に出すのはやめておいた。盛り上がってる気持ちに今冷水を浴びせることもないだろう。
 瞳子を送り出すと、乃梨子は息を潜めて二人の様子を注視する。幸い周りに人影はなく、また可南子さん直伝という業が奏功して、祐巳さまは背後から忍び寄る瞳子に全く気づく様子がない。
「行け。今だ」
乃梨子が小さく呟くのと同時に、瞳子は祐巳さまの背中にムギュッと抱きついた。
「きゃっ」
遠くてよく聞こえなかったが、祐巳さまの悲鳴は乃梨子が想像していたものと少し違っていた。怪獣の子供にしてはちょっと上品過ぎるような。なんだかまるで……。

「どう? うまくいってる?」
「うん、今のところは……って、わぁっ!」
 瞳子たちの様子に集中していた乃梨子は背後から掛けられた声に無意識に応えたが、振り向いて声の主を見るとそこにはあろうことか、祐巳さまがしゃがみ込んで微笑んでいるではないか。乃梨子は口から半分飛び出した心臓をあわてて人差し指で押し込んで嚥下した。

「ごきげんよう、乃梨子ちゃん」
「どどどど……」
色々などうしてが一度に去来して、さすがの乃梨子の怜悧な頭脳もオーバーフローしたようだ。その様子を察して、祐巳さまは疑問の内の一つに答えてくれた。
「私の気配の消し方もなかなかのものでしょ。可南子ちゃん直伝なの」
「可南子さんって一体……。いや、それよりあそこにいる祐巳さまは……」
「乃梨子ちゃんの大好きな人」
「……やっぱり」
それを聞いて乃梨子はがっくりとうなだれた。今瞳子が抱きついているのは、悲鳴を聞いたとき脳裏に浮かんだその人だったのだ。

「おーい、瞳子ちゃーん、ごきげんよーぅ!」
 生け垣の中から立ち上がり、祐巳さまは瞳子に声を掛ける。
今抱きついているはずの人に背後から声を掛けられた瞳子は『なんでですのーーっ!』という顔で、さっきの乃梨子以上に哀れなほどパニくっている。
「瞳子ちゃん、ちょっと苦しいわ」
驚愕のあまり腕に力が入ってしまったのか、抱きしめられている人は瞳子に言った。その声を聞いて瞳子はあわてて一歩引き下がる。
「白薔薇さま……。な、なんで」
「祐巳さんに頼まれたの」
ツインテールのウィッグを取って振り返り、志摩子さんはにっこり微笑んだ。

「志摩子さん、どうだった?」
 乃梨子と一緒に生け垣を出た祐巳さまは、いつもの笑顔で二人に歩み寄る。
「ええ、なかなか素敵だったわ。瞳子ちゃんって意外と胸あるのね」
志摩子さんの言葉に、祐巳さまは心底がっかりしたような顔で言った。
「ちぇーっ、やっぱり自分でやればよかった。瞳子ちゃん、今度は私にお願いね。それで次はいつやるの?」
「し、知りません! 祐巳さまなんか、祐巳さまなんか大嫌いです!」
そう叫んで走り去る瞳子の背中を目で追いながら乃梨子は思った。役者が違い過ぎる、女優は瞳子の方なのに、と。

「乃梨子ちゃん、おいたはダメよ」
「は、はい。申し訳ありません」
 祐巳さまは乃梨子に微笑み掛ける。怖い。笑ってるのに怖いよ、祐巳さま。
「祐巳さん、ここは私に免じて許してやって」
「志摩子さんがそう言うなら。じゃあ乃梨子ちゃん、罰ゲームとして瞳子ちゃんを慰めてあげてね」
志摩子さんが庇ってくれて、縮み上がった乃梨子はつまった息をやっと吐き出すことが出来たのだった。



「でも、どうして分かったんですか? 今日のこと」
 薔薇の館へ向かう途中、乃梨子の質問に、志摩子さんと祐巳さまはお互いに顔を見合わせると、ふふふっ、と笑ったきり答えてくれなかった。
そんな二人を見て、もう二度と瞳子のバカな企ての片棒を担ぐのはやめようと、堅く心に誓う乃梨子だった。


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