ここは「泉の森」と呼ばれる深い森。しかし、森の周りの村人達は、女神さまが顕現なさるという泉に恐れをなして、決して泉には近付きません。
しかし、そんな事はお構いなしの木こりの由乃ちゃんは、今日も泉の横を通って仕事場である森へと向かっていました。
「いつか日本刀で大木を一刀両断してみたいなぁ・・・」
・・・斧を振り振り(危ないなぁ・・・)不穏な事を呟きながら。
ちょうど泉の真横にさしかかった時に手が滑って、振り回していた斧が泉の中に落ちてしまいました。
「ああ?!私の村正が?!」
・・・村正て・・・・・・・・・由乃ちゃんは妖しげな名前をつけた斧を拾おうと、泉に近付きました。すると泉の中から美しい女神さまが輝きと共に現れました。
「わ!まぶしい!主にあのオデコが!」
由乃ちゃんのセリフに女神さまの動きが一瞬止まりましたが、すぐに気を取り直し、由乃ちゃんにこう問いかけてきました。
「あなたが落としたのは、この金の斧ですか?それとも銀の斧ですか?」
女神さまは両手に金と銀の斧をかかげながら聞いてきます。
「・・・・・・そんな高価なモン持ってたら木こりなんてやってるはずないじゃない。バカじゃないの?」
由乃ちゃんはそう切り返しました。由乃ちゃん、結構毒舌です。しかし、毒舌なら女神さまも負けてはいませんでした。
「そうね・・・こんな高価なモノを持ってるくらいなら、そんなビンボ臭い服は着てないかもね?」
「なんですってぇ?!」
いきなり青信号が点灯しそうになった由乃ちゃんでしたが、ニヤリと笑う女神さまの顔を見て本能的に「ヤバイ」と判断し、とりあえず相手の出方をうかがう事にしました。
「・・・私が落としたのは普通の鉄の斧よ」
由乃ちゃんがそう言うと、女神さまは優しい笑顔でこう言いました。
「あなたは正直者ですね。褒美に金の斧と銀の斧をあげましょう」
「ホントに?!」
由乃ちゃんは「ラッキー♪」と喜びながら斧を受け取ります。
「・・・それと、あなたの落とした斧も返さないとね」
女神さまが鉄の斧を取り出しました。
「あ!私の村正!」
由乃ちゃんは村正を見て笑顔を浮かべます。
女神さまも由乃ちゃんに向かって微笑むと、斧を大きく振りかぶって一直線に由乃ちゃんの脳天めがけて振り下ろしました。
「うわぁぁぁぁ?!」
ガキィィィン!!!
由乃ちゃんはとっさに金と銀の斧で村正を受け止めました。
「何すんのよ!!」
すると女神さまは尚も斧に力を込めながらこう言いました。
「・・・泉の中でくつろいでる時にいきなり目の前に斧を投げ込まれたんですもの。少しくらいやり返したくなるのが人情ってものじゃない?」
どうやら女神さまはご立腹のようです。顔が笑ってるのが余計怖いです。
「人情って・・・そもそもアンタ人じゃないでしょ!」
由乃ちゃんは必死に斧を押し返しながら叫びました。
「まあ、なかなか言うじゃない。あなた面白い子ね」
女神さまは嬉しそうにそう言うと、突然斧を引きました。
「のわっ?!」
いきなり押し合っていた力が消失したので、由乃ちゃんは前につんのめりました。女神さまはその隙を逃さず、再び大きく振りかぶった斧を力いっぱい振り下ろします。
このままでは殺られる。そう思った由乃ちゃんは、重い金の斧を捨て、銀の斧一本で女神さまの振り下ろす村正を受け止めました。
ガキィィィィイン!!
由乃ちゃんは辛くも女神さまの斬撃を食い止めました。
「く・・・・・・どうあっても私を殺す気ね」
由乃ちゃんが歯を食いしばりながら呟くと、女神さまはいかにも心外だという顔でこう言いました。
「やあねぇ、峰打ちだから死にはしないわよ」
「あほかぁ!!峰だろうが刃だろうが、そんだけ重量があるんだから立派な鈍器でしょうが!!」
由乃ちゃんは力を振り絞って村正を弾き返しました。
「こうなったら殺られる前に殺ってやるわ!!」
覚悟を決めた由乃ちゃんは、銀の斧を振りかざして女神さまに襲いかかります。
「うおぉぉぉぉぉぉ!!!」
ガキン! ギィン! ガキィィイン!!
女神さまも真っ向から打ち合います。笑いながら。
「あはははははは!!もっと私を楽しませてちょうだい!」
森の中に、哄笑と絶叫と重い金属がぶつかり合う音が木霊します。もはや二人の頭の中には金の斧や銀の斧の事はおろか、正直者は報われるという話の本筋すらありませんでした。
〜数分後〜
お互いに死力を尽くして打ち合いましたが決着がつかず、二人とも泉の淵にへたり込んでいます。
「ハァ、ハァ、ハァ・・・・・・なんで女神のくせにこんなにパワフルなのよ」
「ゼェ、ゼェ、・・・・・・・あなたも人間にしてはやるじゃない」
女神なんだから魔法かなんか使えば良いような気がしますが、「それじゃあ面白くない」と、それをしないのがこの女神さまの女神さまたる所以です。
「・・・ふぅ・・・・・・それにしてもあなた、なかなか良い太刀筋をしてるわね」
そんな女神さまの言葉に、由乃ちゃんは状況も忘れてフッと微笑みました。
「・・・絶対木こりより殺人鬼のほうが向いてるわよ?」
「・・・・・・・・やっぱり決着をつけなきゃいけないみたいね」
由乃ちゃんは再び戦いのゴングを鳴らすべく銀の斧を握ろうとしますが・・・
「あれ?」
さっき置いた所に銀の斧がありません。周りを見渡してみると金の斧も消えています。
斧を消されたと思った由乃ちゃんは女神さまをにらみつけます。
「私じゃないわよ?」
しかし、女神さまにも覚えが無いようです。
「じゃあなんで・・・」
由乃ちゃんがキョロキョロと周りを見回していると、金と銀の斧を抱えて森の奥に駆けてゆく人影が見えました。
「あれは・・・菜々?!」
「誰?」
「・・・・・・妹よ」
由乃ちゃんは少しばつが悪そうです。
「なかなか個性的な妹さんねぇ。女神の隙を衝くなんて、実力もなかなかありそうじゃない」
斧を盗まれたというのに女神さまはやけに嬉しそうです。
「あの斧は私が菜々から取り返しておくわ!」
なんだか自分がコソ泥の片棒を担いだみたいな気がして、由乃ちゃんは少し怒りながらそう宣言しました。しかし女神さまは余裕の微笑みでこう言います。
「その必要は無いわ」
女神さまが手を振ると、何も無い空間から金と銀の斧が現れました。
「もともと私が出したものなんだから、こんな事も自由自在よ」
女神さま、今度は斧を消してみせます。
「そっか。・・・・・・でも菜々には後できつく言っとかないとね」
由乃ちゃんは少しほっとしていました。
「あら、私は気にしてないわよ?だから次は妹さんも連れて遊びにいらっしゃい」
女神さまは嬉しそうに由乃ちゃんを誘います。でも由乃ちゃんはきっぱりとこう言いました。
「二度と来るもんか!」
すると女神さまは突然表情を消してこう呟きます。
「あなたは必ずもう一度ここへ来る」
美しい女神さまが無表情で静かに呟くと、かなり神秘的な、いわゆる女神さまらしい雰囲気があります。由乃ちゃんもその雰囲気に気圧されているようです。
「ど・・・どうしてそう言えるのよ」
由乃ちゃんは内心の焦りを押し殺して聞きました。
「何故そう言えるか?それはね・・・・・・」
「それは?」
由乃ちゃんはゴクリと唾を飲み込みます。
「私がまだあなたの斧を持ってるからよ」
「・・・・・・・・・え?」
女神さまの言葉の意味が解からず由乃ちゃんが戸惑っていると、女神さまは泉の中へと引き返して行きました。
「・・・・・・ああっ!!ちょっと!私の村正返しなさいよ!!」
女神さまの言葉の意味に気付いた由乃ちゃんは慌てて女神さまに怒鳴りますが、もう手遅れです。
「返してほしかったら妹さんを連れてまた来なさ〜い」
「ふざけんな!!ちょ・・・待ちなさいよ!!」
由乃ちゃんが叫んでも後の祭りです。女神さまはもう泉の中央に消えようとしていました。
「ほほほほほほほほ!ご〜きげ〜んよ〜♪」
「私の村正ぁ!!」
満面の笑みで消えてゆく女神さまを、由乃ちゃんは成すすべも無く見送ったのでした。
後日、泉のほとりで斧で打ち合う三人の女性の姿を見かけた近隣の村人達は、この森を「泉の森」ではなく「殺人鬼達の森」と呼ぶようになったそうです。めでたしめでたし。
「めでたくない!」
「でも、とりあえず退屈はしませんよ?」
「・・・菜々、あんた退屈しなけりゃそれで良いの?」
「・・・わりと」
「・・・・・・ああそう」
〜おしまい〜