鳥居江利子、19才。
今年の春、私立大の芸術学部美術科に入学した。
「なぜ芸術なの?」
「黄薔薇さまが芸術なんて聞いたことなかった」
そう、みんなに問いつめられて、いつもこう答える。
「受けた大学全部受かっちゃったから、あみだで選んだのよ」
相手はあきれた顔で、時には嫌味を言われた顔で絶句する。
もちろん、嘘。
聖が私のこと、なんでもできる祐巳ちゃんのパワーアップバージョンって評したって聞いた。そうなのかも知れない。だけど、祐巳ちゃんが全部が平均点の平均的高校生ってそれも大嘘よね。祐巳ちゃんには生来持ってる力がある。だれも祐巳ちゃんを嫌うことができない、気がついたら懐にはいってきて、にこって笑う。
その祐巳ちゃんを見ていて芸術学部って決めた。
私に不得意な科目はない。なべて高得点の優等生。でもなにがやりたいのかなにが自分の本当に進むべきことなのかわかんない。なにをやってもそこそこできる、でもその道だけに秀でた天才にはかなわない。それがやる前から見えてしまう。
そんなの、もういや。祐巳ちゃんだって全部平均点って殻をぶちこわした。祥子が拾ったわけじゃないわ、祐巳ちゃんが自分で殻を破った。だから、私だってできるはずよ。そう、祐巳ちゃんのおかげで大学生になれたのは聖だけじゃない。
だから芸術学部。なぜってアートって突き抜けた天才じゃなければ意味がない。そこそこの優等生でもゼロと同じ。鳥居江利子にとってこんなおもしろいことってないじゃない。
だけどやっぱり・・・煮詰まっていた。
私の描く絵、おもしろくない。そう、自分で見ておもしろくないの。こんなにすぐに壁に突き当たるとは思わなかった。そりゃ教授にはほめられるわよ、例によって成績はいい、だからなんなの?自分で見てもおもしろくない絵を描いてどうする、江利子。
だから、山辺さんにも突っかかってしまう。
「この前、私のことプレノケファレに似てきたって言ったでしょ」
「ああ、その、あのまあ、」
「調べたわ。堅頭竜類、頭突き恐竜って、ようするに・・・その・・・」
「凸」
「ああああ、言ってはならないことを言ったわね」
ばしばしばしと背中を叩く。じゃれてるようなものだけど。こんな風になにげない話でころっと気分が楽しくなる。私も現金だ。
「江利子さん、それを調べたんだったら想像図も見たでしょう?どんな色してました?」
「どんなって、恐竜色」
「あははは。茶色か緑か、現在の爬虫類の色をしてたんでしょう?」
「そうよ、違うの?」
「違うんだよ」山辺さんは目の前のシマウマを指さす。
「あのシマウマが化石になったとして、縞の色が残ると思うかい?」
「あ・・・」
「皮膚の色って言うのは化石からはほとんどわからないんだよ。シマウマの縞かも知れないし、ピンクに水色の水玉かも知れない。オウムの化石からどれだけ色が分かると思う?今の蛇やトカゲ色から類推して恐竜色、なんて、想像力がないと思わないかな?」
「そっかあ・・・」
「幸い、特徴のある頭骨の凸は残ったけどね」
「もうっ」ばしばしばしばし。
「でも、敵から身を守るためにはそんなに派手な色じゃいけないんじゃないの?」
「じゃあシマウマは?あれが遠目には見えにくい色なんだよ。それに彼らの時代は被子植物、つまり花っていうものがたくさん出てきた時代なんだよ。植物がカラフルになったら動物だってカラフルになるだろう」
いつだって、こうやって子供みたいに熱を帯びて語るこの人の話に引き込まれていく。
「江利子さん、美術科の腕を見込んで頼みがあるんだけど」
「なんでしょう?」
「恐竜の再現図、描いてもらえませんか、カラフルに。図版を描かなきゃいけないんだけど手が足りなくて」
「カラフルぅ。本気ですか?」
「本気本気。ただし、そいつの生活環境を考えてありそうで、でも想像できる限りのね」
ピンクに水色の水玉の恐竜って、それデザイン悪趣味だよ山辺さん。でも、おもしろそう。
「やる、やります」
「じゃあ、今度、資料を持ってきますよ」
「うんっ」
私の壁の突き抜け方はわからない。でも、なんかこの人と一緒にいると常識なんか突き抜けられそうな気がする。
あせるな江利子。だいじょうぶ。
こんな私を見たら、令や由乃ちゃんはなんて言うかなあ。