「あーあ。リリアン負けちゃったわね。」
「うん。」
「令たちのところ行こっか。声かけたいし。面白いことが起こるって江利子言ってたし。」
「うん。」
「・・・ちょっと聖、聞いてるの?変に真面目な顔して。遠いところ見つめちゃって。」
「別になんでもないよ。ほらっ、さっさと行こ。」
口に出して、内心で否定する。
なんでもないっていう心境じゃない。
令たちには悪いけど、途中から試合なんてどうでもよくなっていた。
『面白いこと』もどうでもいい。
それよりも大事なことに気付いてしまったから。
唐突だったけど。私が『私』であるために大事なことに。
「これがあなたが『あなた』であるために必要な行為ですか。だとしたらワタクシ、あなたの存在意義について大きな疑問を抱くのですが。」
「・・ああ、気持ちえーなー。祐巳ちゃんとはちょっと違う感じだけどこれはこれで。」
「人の話を聞いていらっしゃるのですか!いい加減離してくださいまし!」
「そうか!ドリルだ!内巻きと外巻きによって生じる反発がこの抱き心地を・・!」
「なんでですか!誰がドリルですかっ!言ってることも意味不明ですしっ!それにこれは両方内巻きです!」
最後のツッコミは何か違うんじゃないかな、って少し離れたところで祐巳は思った。
ほんの5分前に、「電動ドリルちゃんと話したいから連れて来て。」って聖様が普段にない真剣な顔つきで言うもんだからちょっと身構えちゃったけど。
気を使って、人気が無い場所を提案したけど。
身構えた自分が馬鹿らしくて疲れちゃったけど。
「じたばたする瞳子ちゃん、かわいいなぁ。」
って思っちゃう自分がいるわけで。特に涙目のところとかチワワみたいで。
・・・ドリルチワワ?チワワドリル?
「いやぁ〜堪能した堪能した。ごちそーさまでした。また抱きに行くからね。」
「・・・もう二度と来ないで下さい。」
しまった。変な想像してるうちに終わってしまった。もうちょっと見たかったのに。
「何がもうちょっと見たかったですか!助けてくだすってもよろしかったのに!」
「あれ、声に出てた?ゴメンゴメン。なんか瞳子ちゃん愛らしかったから。」
「・・・なっ/////なにを・・・」
「勘違いしないで祐巳ちゃん。浮気してるわけじゃないんだ。ほんとは今すぐ抱きたいんだけど、あの2人待たせると怖いからまた今度ね。そいじゃーバイバァーイ。」
聖様は早口でよく分からないことを口走って、慌てて走り去ってしまった。
(なんだったんだ。)
真赤になった瞳子ちゃんとドリルチワワが頭から離れない祐巳を残して。
−−数日後−−−−−
今思えばあの日は当然蔦子さんも真美さんも試合会場に居たわけで。
『元白薔薇様と熱い抱擁!ドリルは内巻き以外認めない!』
『題名:白い薔薇の赤い棘』
「な、なんなんですかあああああぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
呼び出された薔薇の館に絶叫が轟くことは想定の範囲内でした。