「あれ、瞳子ちゃん、こんにちわ」
「あら、黄薔薇さま、ごきげんようですわ」
場所が学校ではないので普通に挨拶したらそう返されてしまった。
「ごきげんよう」
苦笑しつつ令はそう返した。
「休日なのに由乃さまとご一緒ではないのですか?」
「今日は由乃は祐巳ちゃんのところ」
「祐巳さまの?」
瞳子ちゃんは祐巳ちゃんの名前を聞いたとたん表情を変えた。
「うん、宿題を手伝いに行くとか言ってたな」
そう、確かにそう言ってたのだけど、由乃は、令が前日に急に言われて作ったお菓子を持って朝早く出かけていった。
手伝いに行くのに差し入れはないだろう。
逆に教わるんだったらまず令に聞くだろうし、だから用件は宿題じゃなく別のことなんじゃないかな、と思う。
まあ本当はなんなのかなんて別にいい。
ただ令に内緒で祐巳ちゃんとって言うのが令としてはさびしかった。
今日一人でふらふらと出かけているのもそんな寂しさを紛らしたいと思ったからかもしれない。
「そうですか。宿題など自力でやるものですのに祐巳さまったら…」
可愛いなー、などと思ってしまう。
咎めるような言葉なのに、表情から祐巳ちゃんのことが気になって仕方が無いのが良くわかる。
瞳子ちゃんは自分を演じるのには長けている子だけど、こうして祐巳ちゃんが絡むと本音の顔を見せてくれるのだ。
「……黄薔薇さま、なにをにやついているのですか?」
気が付くと、瞳子ちゃんはちょっと眉間に皺を寄せて令を覗き込んでいた。
「え、いや。瞳子ちゃん、学校じゃないんだから黄薔薇さまはやめようよ」
「そうでしたね、判りました令さま」
ああして不機嫌そうに覗き込んでくる様はどこか由乃に似てるなと思った。
「瞳子ちゃんは今日は一人なの?」
「え、ええまあそうですわ」
「もし時間があるんなら一緒しない? あ、予定とかあるんだったら仕方ないけど」
「……」
あれ、黙っちゃった。
なにか機嫌損ねるようなこと言ったかな?
「令さま」
「な、なに?」
というか怒った顔してる。この子、怒ってるよ?
「浮気ですか? 由乃さまに言いますわよ?」
「浮気!? そんなつもりじゃ……」
……ないけど、でも由乃にそんな風に伝わったらマズイかも。
うん、ちょっと軽率だったかな。由乃がいない寂しさ紛らすのに瞳子ちゃんとデートなんて、なんて……
でえとぉ!?
そ、そうか。このまま瞳子ちゃんを誘ったら「デートしてたでしょ」って言われても言い訳できないじゃない。
「そ、そうね。じゃあまた来週学校で会いましょう……」
「ごきげんよう」と去ろうとしたら片腕を捕まえられた。瞳子ちゃんに。
「瞳子ちゃん?」
「……えっと、冗談ですわ」
腕に掴まったまま、目を逸らし、ちょっと頬を赤くしてそう言った。
うわっ、なにこの破壊力。
普段勝気な子が時々見せる弱々しさというか、由乃もそういうところあるけどもっとストレートで甘えるときは素直に甘えてくるし。
いや、由乃は可愛い。
でも瞳子ちゃんの普段の演技と時々見せるこの本音とのギャップがまた違った可愛いさを感じさせるというか。
瞳子ちゃん寂しいんだね。
寂しさの裏返しで普段は突っ張ってるんだよね?
そんな後輩の心のケアのために先輩であり生徒の指導的立場にある黄薔薇さまがこうして行動を共にするのは当然のことなんだよね!
ありがとう。
ありがとうマリアさま。
令の前にはやさしく微笑むマリアさまがその神々しい御姿をあらわしていた。
マリアさまは一言令に向かってささやいた。
『ツンデレ』
「……はっ!」
なんか変な世界に飛んでいたような。
「別に休みに偶然、同性の学校の先輩と会って一緒に買い物に行ったってだれもデートなんて言いませんわ」
いつのまにか腕から離れた瞳子ちゃんは令の隣にいた。
「そ、そうかな?」
まあ、世間一般ではそうかもしれない。
これが、リリアンの学生の一部では若干事情は変わってくるのだが。
まあ、それはそれとして。
「それに瞳子も丁度退屈していたところですから」
「そっか、じゃあ一緒に行こうか」
もちろん、後日このことが由乃にばれ、その機嫌を直すために令がお菓子作りに腕を振るわなければならなかったことは言うまでもない。