「ふふふ〜ふふんふんふ〜ん♪」
更衣室に、ご機嫌な鼻歌が響く。
一見華奢だけど、割と肉付きの良い身体を持ったその人物は、姿見の前で一気に制服を脱いだ。
そこには、レースの縁飾りが付いた赤と黒でコーディネートされたブラとショーツを身に纏い、黒いガーターベルトとガーターストッキングを穿いた人物が映っていた。
「ん〜〜〜」
親指を軽く噛んで、鏡の前でクルリと一回転すると、腰をキュッっと捻り、
「んっ♪」
映った自分に向けて、パチンとウィンクした。
「気持ち悪いからヤメロ」
更衣室に入って来た男が、下着姿の人物の頭を小突く。
「痛〜い、何するのよユキチ」
「学校に女物着てくるんじゃないって言っただろ?アリス、そういうことは、プライベートだけでやってくれ」
「なによ、ユキチに見てもらいたくて、なけなしのお小遣いをはたいたのに」
「勿体ないことしてるんじゃないよ」
呆れた口調でユキチは、アリスと同様服を脱ぎ出した。
彼等はこれからの五時間目、水泳の授業だった。クラスの体育係が休んでいるため、何でも屋扱いの生徒会長が、昼休みの間に準備させられるハメになったのだ。それに手伝いを申し出たのが、アリスだったというわけだ。小林たちも少し遅れて手伝いに来るらしい。
「ホラ見て見て?結構似合ってると思わない?」
「え〜?いいよ」
「ダ〜メッ!」
「仕方がないなぁ」
しぶしぶ、と言った感じで、改めてアリスの姿を確認するユキチだったが…。
「うっ!?」
思わず、呻き声が洩れた。なぜなら彼の目の前には、明らかに大人の雰囲気を漂わせた「美少女」が立っていたのだから。
赤面しつつ、目を逸らすユキチ。
「どう?どう?似合ってる?」
「お、おい、近づかないでくれ!」
流石に胸はペッタンコだが、それでもパットを入れてそれなりのふくらみを作り出し、やけに細いウェストと、脛毛無駄毛が全くない綺麗な脚の、何処から見てもスレンダーでナイスバデーな美少女が、二人っきりの更衣室で擦り寄ってくるのだ。いくら相手が、頭では男とわかっていても、身体の方が…。
(ダメだダメだダメだ、落ち着け落ち着け落ち着け。アリスは男だ、男だぞ?それに俺にはゆ、ゆ、ゆ…)
頭が混乱する中、さらに詰め寄ってくるアリス。
後ずさりかけたユキチは、椅子の脚に躓いて、アリスともどもその場でひっくりコケた。
「あいてて、…て?」
目を開けたユキチ。目の前には、顔を赤くして驚いた表情のアリス。ユキチは、ハタからはアリスを押し倒しているように見えた。半裸の男ユキチの首に、下着姿の見かけは美少女アリスが手を回した状態。
雰囲気に流され、なんとなくこのまま堕ちてしまってもいいかな〜と、捨て鉢な考えがユキチの頭を過ぎったその時。
「悪い!遅くな…って…?」
タイミングが良いのか悪いのか、小林と高田が更衣室に飛び込んできた。
『………』
両者とも、しばらく無言で見詰め合う。
「…い、いやあの、これはだな…」
しどろもどろで言い訳を始めたユキチだったが…。
「あ、あれ?来るトコ間違えちゃったな。高田、何処だったっけ?」
「あ、ああ、確か向こうの部屋だったと思うぞ小林」
そらっ惚ける二人。
「おい?ちょっと話を聞いて…」
『お邪魔しましたー』
声を揃えて出て行った。
「待て、待てってば」
「ユキチ〜ぃん♪」
力を入れて、ユキチを引き寄せるアリス。一応は曲りなりにも男、半端じゃない力だった。
「あ、アリス?離せ、離せってば」
「い〜や、さ、続き♪」
「離してくれ〜〜〜〜!!!」
*****
「ちょっと祐麒、聞いたわよ」
「へ?祐巳。な、何を…?」
「あんた、アリスと付き合ってるんだって?」
目を三日月型にした、ニヤニヤ笑いの祐巳。
「な!?誰から聞いたのか知らないけど、そんなわけないだろ。だいたい俺には、好きな人がいるんだから」
「だからその人がアリスなんでしょ?」
「どうしてそうなる!?」
「とってもお似合いよ」
「おい祐巳、人の話を…」
「お幸せに♪」
「聞け〜〜〜〜!!!!!」
福沢家に、ユキチの絶叫が空しく響いた。