【527】 教師になった聖泣き出す  (いぬいぬ 2005-09-12 00:23:33)


※このSSは【No:337】と微妙にリンクしております。


 


 私、佐藤聖はリリアンへと帰ってきた。英語教師として。



 栞との出会いを別れという形で終わらせてしまった私は、はたしてあの頃の自分の気持ちは愛と呼べたのかどうか結論を出せずにいた。
 欲しい物を貪欲に求めるばかりで閉鎖的な自分に気付かず、結果的に愛しい者に辛い選択をさせてしまったあの時から考え続けていた。自分の愛は壊れているのではないかと。ただ自分の求める物を栞に押し付けていただけではないかと。
 そもそも私は本当に栞を、一人の女性を愛していたのだろうか?あの時の純粋な気持ちには偽りなど無いと今でも断言できる。だがこうも思う、あれは本当に愛だったのか?たまたまあの時傍にいて自分の我がままな理想を受け入れてくれる存在が栞という女性だっただけではないのか?あの時、周りを見渡しても本当に他には誰も愛せる存在はいなかったのか?
 そう思い、私はリリアン女子大へと進み、高等部時代には目を背けていた学園生活を追体験しようと試みた。リリアン女子大では合コンなるものにも参加してみたりもしたが、結局は男という生き物が自分とは相容れない生き物であると再確認しただけだった。
 なるほど、私の愛は女性に向けて生まれるモノらしい。それは確認できた。ならばあの時栞に向かって一直線に放った想いも愛だったのだろう。結末は少し悲しかったけれど。
 しかしそこで私は新たな疑問に突き当たった。幼くマイノリティな愛には幸せな結末は無いのかと。あの頃の自分の気持ちも紛れも無い愛だったのに、ただマジョリティな形の愛ではないというだけで、そこには救いは無いのかと。アレもコレも同じ愛ではないのかと。
 最初、私はこの疑問を忘れようとした。たとえ答が見つかっても、あの時をやり直せる訳ではないから。それに、あの時私に手を差し伸べてくれた蓉子やお姉さまに対する侮辱のような気がしたから。
 だがそんな時、リリアン高等部時代の学園長から相談の電話を受けたのだ。「あの頃のあなたと良く似た子を助けたい」と。
 恥ずかしい話だが、私が栞を助けようとしたあの生活指導室で、学園長もまた私達二人を助けたかったのだと、私はその時初めて実感したのだ。後悔していたのは私だけでは無かったのだと。
 だがその時の私には的確なアドバイスなど何も無かった。ただ自分の体験を語り、「目を開いて周りを見渡せば、きっとアナタのために何かしようとしてくれている人がいる」と、あの頃自分には見えていなかったモノに目を向けるようにと、あの頃の私と同じ愛を育む二人に言うのが精一杯だった。
 結果的に、その子達は共にリリアン以外の大学へと進み、様々な出会いと別れの末に互いに別々の人間を生涯の伴侶としたと聞いた。見方によっては大団円かもしれない。しかし私は素直に祝福できなかったのだ。「結局、二人の間に生まれた愛は幸せな結末を迎えられなかったじゃないか」と。
 そして私はリリアンへと帰ってきた。リリアンというある種夢のような空間に稀に生まれる幼くも純粋な愛に未来を見出すために。幼くマイノリティな愛という難問に「幸せな未来」という答を見出すために。
 きっとこれは八つ当たり。生まれた愛に幸せな結末を与えられなかったあの頃の自分と、年月を経て同じ愛に出会いながらそれを救えなかった自分への八つ当たり。でもそんな八つ当たりが少しでもマイノリティな愛の救いになったなら、私はあの頃の自分に真っ直ぐに向き合えるような気がした。
 だから私は今日もここで探し続けている。マイノリティな愛を導ける答を。リリアンで生まれた愛ならば、それを育て、やがて実を結べる答もまたリリアンにあると、愚かなほど頑なに信じて。

「佐藤先生、英語のレポートを集めてきました」
「・・・・・・ああ、ありがとう山辺さん。そこに置いといてくれるかな」
 
 生徒の声に、私は我に帰る。
 彼女は江利子の娘だ。江利子の持つ「親子愛」と言うマジョリティな愛の形とも言えるだろう、担任になってまだ日は浅いが、彼女を見ればいかに江利子に大切に育てられてきたか判る。・・・いや、見方を変えれば義理の娘と母というマイノリティな愛の形とも言えるだろうか?ぼんやりとそんな事を考えながら彼女の顔を見ていたら、突然彼女と目が合った。

「あの・・・・佐藤先生」
「何?」
「突然失礼な事をお聞きしますが・・・」
「?」
「リリアンで先生の探している“答”は見つかったのですか?」
 
 私はさっきまでの心の中を見透かされたような気がして、心臓が止まりそうなほど驚いた。心の聖域に踏み込まれたような気がした私は、思わず彼女をにらんでしまったようだ。彼女の微かな怯えが伝わってくる。
 そう言えば江利子と蓉子にはリリアンに赴任する前に私の目的を語ったんだっけ。江利子も案外口が軽いわね。とは言え彼女自身に非がある訳ではない、私はにらんだ事を詫びようとしたが、それよりも先に彼女が再び口を開いた。
「すいません・・・突然こんな事聞いて。私、リリアンに入学する時に母に言われたんです。『聖は高等部の頃の自分と同じ種類の愛を育む人間を救う事で、あの頃の自分の愛に答を与えようとしているの。でもね?卒業すると忘れがちなんだけど、教師は所詮教師なの。いくら助けるための力があっても、生徒の一番傍で何かできるのはやっぱり同じ立場の生徒なのよ。教師が「あなたの気持ちは分かる」なんて言っても立場の違いが生徒に信じる事をためらわせるわ』」
 言われて私も思い出していた。あの生活指導室で私や栞の担任に自分が反感を持っていた事を。
「『だから』」
「・・・だから?」
「『聖が生徒に手を差し伸べても届かない時は、アナタができる範囲で良いから、その橋渡しをしてやってくれる?』って・・・」
「・・・江利子がそんな事を?」
 正直私は驚いていた。確かに江利子は私の親友と言える人間だ。でも、私と栞の事は私達の判断に任せるというスタンスだったはずだ。
「母はこうも言ってました・・・『あの時はほっとくのが聖達のためだと思っていたけど、後で後悔したのよ。だから今度は私も聖が答を出す手助けをしたいの。ただの自己満足かも知れないけどね』って」
 それを聞いて私は不覚にも涙が出てしまった。
 あの頃周りを見ようとしなかった自分をさんざん後悔したクセに、私は未だに周りが見えていなかったようだ。あの愛に答を求めているのは自分だけではなかった、何もできなかったと後悔しているのは自分だけではなかったのだ。
 馬鹿ね江利子・・・あの愛が終わってしまったのは私の責任なのに。アナタが気に病む必要なんて、これっぽっちも無いのに。
 あの頃と変わらず視野の狭い自分に対する恥ずかしさ。あの頃と変わらず私を友として気遣う江利子への感謝。そんなモノが涙となって私の内から溢れてくる。
 友愛。そんな言葉が脳裏に浮かぶ。江利子にはそんな言葉は似合わないと思っていたけど。
 どうやら私はあの頃からあまり進歩していないようだ。でも不思議と心は軽かった。あの頃と変わらずに周りが見えていない私に、手を差し伸べてくれる友がいると気付いたから。
 きっと私はあの頃と同じように、これからも何度かつまづくだろう。でも大丈夫、私にはつまづいた時に手を差し伸べて起こしてくれる人達がいるのだから。江利子、蓉子、それから山百合会を共に支えたみんな。きっと呆れた顔をしながらも、あの頃と変わらず手を差し伸べてくれるだろう。そう思うと、とめどなく涙が溢れてきた。
「先生?あの・・・私、出すぎた事を言ってしまって・・・」
 彼女は私が泣いた理由を勘違いして謝っている。そうか、この子も手を差し伸べようと思って江利子の言葉を伝えてくれたのかも知れないな。私はそう思うと、泣き笑いの表情で彼女に告げた。
「違うのよ。これは嬉しくて泣いてるの」
「・・・そうなんですか?」
「そうよ。ありがとうね」
まだ心配そうな顔をしている彼女が愛しくて、私は彼女の頭をそっと撫でる。
「おかげで少し自信がついたよ」
 そう、昨日よりも確実に自信を持って言える。「目を開いて周りを見渡せば、きっとアナタのために何かしようとしてくれている人がいる」と。きっとマイノリティな愛もマジョリティな愛も、等しく煌めきながらあなたの傍に存在しているのだと。そしてその全てがあなたの行く道を照らしてくれるのだと。
 愛はその形に係わらず等しく尊いものなんだ。その事にやっと気付けた私は、昨日より確実に一歩前進できたと確信していた。私の求める答に向かって。
 

 
 今日も私はリリアンで答を探し求める。いばらの道を、誰かが差し伸べてくれた手に引かれながら。
 

 
 


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