がちゃSレイニーシリーズ。空白の3日間。【No:454】と【No:510】の間のお話。
さて、志摩子さんの爆弾宣言に続き祐巳さまが倒れるというハプニングがあったりした朝。
乃梨子は慌てて教室に駆け込んだ。遅刻は避けたいという常識的な判断からだ。こんな時だというのにと、自分でも思わなくはないが。
教室に入ると無意識に目が瞳子を探す。こんな状況だから、瞳子も大変だと思うのだ。こういう時、あの特徴的な髪型は見つけやすくて便利だ。
え?
てっきりまた噛み付いてくると思っていた瞳子は、乃梨子の顔を見るや目を反らした。
………瞳子?
一瞬怪訝に思ったものの、志摩子さんからロザリオを受け取ってしまって気まずいのかもしれないと思い直した。
そして昼休み。瞳子は乃梨子の方を一顧だにせず立ち上がると、なんだか凄い勢いで教室を出ていった。乃梨子は拍子抜けしたようにそれを見送ることしかできなかった。
瞳子は一度も乃梨子に話しかけてもこなかったし、乃梨子から声をかけようとしたらかわされた。声をかける寸前に動くのだ。声をかけるけっかけを外されるような感じ。露骨な無視ではないが、明らかに避けられていた。
うやむやのうちに渡されていたロザリオを握り締めて、瞳子は立ち上がった。
松平瞳子ともあろうものが、人の思惑などにのせられてたまるものか。と思う。
瞳子自身の気持ちはとっくに決まっている。自分の意志を無視して渡されたロザリオなどに一片の価値も無い。いくら相手が白薔薇さまといえども、言いなりになるつもりも、いいように振り回されるつもりもなかった。
とにかくまずこれを白薔薇さまにお返しして、それから祐巳さまにお話ししよう。今更何を話していいのかわからないけれど、自分の意思だけは話しておくべきだと思う。例え白薔薇さまがそう望んだとしても、今更白薔薇さまの妹になる気も、そのロザリオを受け取る気も、瞳子にはこれっぽっちもありはしないのだから。
言いたい人には言わせておけばいい。でも、そうでない人に誤解されているのは、嫌だ。
薔薇の館には、まだ誰も来ていなかった。最初に現れたのは黄薔薇さま。次に現れたのが白薔薇さまだった。
「瞳子ちゃん?」
「お話があります。少しお時間よろしいでしょうか」
「ええ。構わないわ」
笑顔で答える白薔薇さま。
「私は外そうか?」
黄薔薇さまが気をつかっておっしゃってくださいましたけれども。
「いえ。すぐに済みますので、お気になさらず」
そう言うと、瞳子は握っていたロザリオを目の前に突き出した。
「お返しします」
「……どうして?」
不思議そうに、小首をかしげて問い返されると、自分の方が変なことを言っている気にさせられるから不思議だ。
「もうしわけありませんけれども、瞳子は白薔薇さまの妹には、やはりなれません。ですからこれはお返しします」
「そうなの?」
「瞳子は」
正面から、叩きつけるように。
「祐巳さま以外の方をお姉さまと呼ぶつもりはありません」
白薔薇さまの目が、何故か驚いたように見開かれた。
「祐巳さまが瞳子を妹にするかどうかは関係ありません。わたくしが、祐巳さま以外の方を姉と呼ぶ気がないだけですから」
そこまで一気に言って、息を付く。
「そう」
白薔薇さまはとても優しげな笑顔を浮かべていた。
「それに、」
「それに?」
「絶対に、祐巳さまの妹になって見せますから」
後ろの方で黄薔薇さまがおーと感心したように言うのが聞こえた。
「でも、今のセリフは祐巳さん自身に言った方がよかったわね」
それが言えたら苦労はしなかったのですけれど。
「ところで、その祐巳さまは……」
「それが……」
頬に手をあてて、白薔薇さまは困ったようにおっしゃった。
「今朝ここで倒れてしまって……」
「倒れた!? 祐巳さまが!!」
「たぶんまだ保健室にいると、あっ、瞳子ちゃん?」
気が付いたら走り出していた。
保健室の飛び込むと、振り返った人物が瞳子の姿を認めて口に人差し指立てた。
「祥子お姉さ……紅薔薇さま」
「祐巳ならまだ眠っているわ」
音を立てないようにそばに寄る。
「祐巳さま……」
「ここ2日ばかり、ほとんど眠れなかったようだから」
「祐巳さまが?」
「さてと。私は忙しいから、もう行くわ。良かったら付き添っていてくれる」
「それは、もちろんかまいませんけれど」
「よろしくね」
笑顔を残して消えていく祥子お姉さまに頭を下げる。
「祐巳さま」
知らず、手を合わせていた。いつものお祈りの時のように手の平を合わせる型でなく、指を絡める形に。
自分が祐巳さまを苦しめている原因かもしれないと思うのは辛いことだった。しばらくの間、瞳子は目を閉じて無心に祈り続けていた。
その頃薔薇の館では。
「ところで志摩子、ロザリオは?」
「………あら?」
瞳子がロザリオを返しそびれたことに気付くのは、もうちょっと後のことになる。