がちゃSレイニーシリーズ。空白の3日間編もういっちょ。【No:555】の続き。
祥子は頭を抱えたい気分だった。
本来この件は、祐巳と瞳子ちゃんをなんとかするという主旨だった。薔薇の館のメンバー全体の合意の上で(もちろん祐巳は除くが)白薔薇ファミリーに一任していたわけだが、ことここに至っては放置しておくわけにもいかないだろう。
正直、祥子はもう少し軽く考えていた。ほおっておいてもいずれくっつくだろう2人のことだ。基本的に既に山百合会の仕事は2年を中心に回るようにしていたし、祥子自身が積極的に介入するつもりはなかった。
今、状況は悪い意味で膠着している。報道関係者を巻き込んだのは情報操作と情報規制が目的だった。ことが収まったら独占取材でもなんでもさせるかわり、それまでは騒ぎ立てないように抑えておくつもりだったが、それもあまり長引いては無理におさえつけてはいられなくなる。
志摩子があそこまで暴走するとは思いもよらなかった。いわゆる優等生の志摩子だが、人間関係にはひどく不器用なところがある。特に志摩子本人が絡む人間関係の中では、こういう役回りはもっとも苦手とするところなのかもしれない。
まあ、それについては祥子も人のことを言えたものではなかったが、それはさておき。人間関係というのはいくつになっても難しいものだ。
そう考えると、先代薔薇さま、特にお姉さまの水野蓉子さまは本当に凄い方だったと改めて思う。ひるがえって、今の自分はと考えると、当時のお姉さまの足元にも及んでいないのではないかと思い知らされる。お姉さまなら事態がこれほどこじれるまで傍観などしていなかったろう。というか、むしろ嬉々として最初から先頭に立って動いていた可能性もあるが。
そして去年の自分はと考えると、思い出すのも恥ずかしいくらいボロボロだったような気がする。3年生がまだ主力だったのは当然かもしれない。
祥子は大きく息を付いた。
「やはり、このままというわけにはいかないわね」
「やっと重い腰を上げる気になった?」
「令、あなたね……」
軽く睨む。自分だって動いていなかったでしょう。
「最初に言ったよ。この件は祥子の判断に任せるって。ああ、剣道部の方はしばらく出なくても大丈夫だから、何かあるなら私も自由に動けるわよ」
「………用意周到ね」
こうなることを想定していた。というわけではなく、どうなってもいいように自由に動ける状態にしておいたということなのだろう。
実際のところ、令は頼りになるのだ。由乃ちゃんさえ絡まなければ。
「でも今回は、令の出番は無いわよ」
「ま、無いにこしたことはないけどね」
令は軽く肩をすくめて見せる。本当はいざという時の為の予備兵力のつもりだった。
「それと、志摩子は少しおさえた方がいいかしらね」
「それはどうかしら。もう充分こりてそうだけど?」
「だといいのだけれど。とにかく、祐巳に会ってみるわ」
「そうね。それが良いと思う」
たぶん、何かのきっかけくらいにはなるだろう。志摩子のことはその後で考えればいい。
「でも、良かったわ」
少しほっとしたように令は言った。令は令で、やはり心配してくれていたのだろう。
「そろそろ由乃も我慢の限界だったし、私じゃ由乃を抑えておけないから」
やっぱりへた令だ。ただでさえ志摩子がありえないほど暴走しているというのに、このうえ由乃ちゃんまで暴走を始めたらどういうことになるか。一瞬だが、いっそのこと暴走者二人をぶつけて共倒れにさせればなどと不穏なことを考えたりもする。
確かに、今回の由乃ちゃんはかなり我慢している方だとは思うけれど。あの由乃ちゃんにしては。
「令ちゃんのバカ」
由乃はここのところかなり機嫌が悪かった。だからとりあえずいつもの口癖を言ってみただけで別に令ちゃんが悪いわけではない。いや、こんな状態の由乃をほっておいて祥子さまと会っている令ちゃんはやっぱり言われても仕方ないか。
そもそも計画立案者の由乃がどうしてじっとしていなければいけないのか。不満を上げ始めたらキリがない。
確かに白薔薇に一任とはなったけれども、志摩子さんはその原計画から遥かに逸脱、というか暴走している。それは最初に走り出そうとしたのは由乃の方だったけれども、志摩子さんの暴走で由乃の出番が大幅に減ったのは間違いない。……じゃなくて、志摩子さんはやり過ぎだ。祐巳さんをあそこまで追いつめる必要がどこにあるのか。
いや、本当にどこまで本気なのかわからないのだけれども。実のところ、今回の件に限らず由乃には志摩子さんの考えていることがさっぱりわからなかった。
それにしても、と由乃は思う。白といい、紅といい、好きならロザリオを渡す、嫌ならつき返す。そんな簡単なことにどうしてここまでぐだぐだするのか。
薔薇の館で最初に祐巳さんの告白を聞いた時、実は怒鳴りつけてやろうかと思った。
梅雨のころ、祐巳さんが祥子さまとギクシャクしてたことがあった。その時、無理矢理薔薇の館に引っ張っていこうとして拒絶された時のことが頭をよぎったのだ。
別に今更友情を疑っているわけじゃない。ただ、今無理強いしても余計頑なになるだけかもしれないと思っただけだ。
でもこうなると、やはりあの時動いていればよかったかもしれないとも思う。らしくもなく躊躇したことが悔やまれた。もちろんそうしたからといってうまくいったとは限らないが。
その後、何も言ってくれない祐巳さんが少し恨めしかった。もちろんエゴだとわかってる。祐巳さんもいっぱいいっぱいなのだろう。ただ、親友を自認する由乃としては、少しさびしかったのだ。
「祐巳さんのバカ」
由乃はパンッと両手で自分の頬を打った。なにより、何もしていない自分に腹が立つ。
いくら白薔薇に一任の方針だったとしても、いくら自分が走り出す前に志摩子さんが暴走したからといって、いくら祐巳さんからのアプローチが無かったからとはいえ、島津由乃が何もできずにぐだぐだしているなんて。
そろそろ我慢の限界だ。祐巳さんに会おう。会って話そう。必要なら志摩子さんにも。
決めたら、少し気が楽になった。