【588】 根回し次世代  (8人目 2005-09-20 06:07:26)


『がちゃSレイニー』

     †     †     †

◆ 早朝、福沢家、朝食前

『トゥルルルル、トゥルルルル……カチャ』
「あっ、もしもし。朝早くに申し訳ありません。細川様のお宅でしょうか?」
『はい』
「おはようございます。私、リリアン女学園高等部二年の福沢――」
『祐巳さま?』
「あ、可南子ちゃん?」
『はい祐巳さま、おはようございます。お体の方はもうよろしいのですか?』
「うん。熱も下がったしもう大丈夫だよ。ちょっとお風呂上がりに考え事して、風邪と知恵熱が重なっただけだから」
『祐巳さま。大変なのはわかりますが、お体を大切にしてください。心配してたのですよ?』
「あはは、ごめんごめん。ありがとう心配してくれて」
『……祐巳さま。ドリ、いえ瞳子が口喧しく注意する気持ちが、少しわかった気がします』

 可南子ちゃんてばツッコミが厳しい。

「うっ。そ、それくらいで許して。それでね、瞳子ちゃんの事なんだけど。朝は準備もあるし色々忙しいし朝拝ギリギリになっちゃうから、えーと。お昼に私と瞳子ちゃんが話をし終わるまで、瞳子ちゃんが帰ったり逃げたりしないように。それから挫けないように支……一緒に居てあげてほしいんだけれど。お願い、できないかな?」
『……祐巳さま。決められたのですか?』
「……うん、瞳子ちゃんの気持ちは全部聞いていないから、まだよくわからないんだけど。自分の気持ちは決まったから、全部伝える」
『そうですか……善処します。ではダメですか?』

 可南子ちゃんには自分の考えもあるのだろう。詳しくは聞かない。
 ただ瞳子ちゃんの側に居てあげてほしいだけだから。

「それで良いよ。私の考える事が全て正しいとは限らないから、可南子ちゃんを信じる。その時はよろしくね。あと由乃さんが一枚かむから」
『はい、わかりました』
「じゃあお昼に」
『失礼致します』

 ふぅ、これで可南子ちゃんは瞳子ちゃんを支えててくれるだろうと思う。

     〜     〜     〜

◆ 早朝、福沢家、出発前

『トゥルルルル、トゥルルルル、トゥルルルル……カチャ』
「あっ、もしもし。朝早くに申し訳ありません。島津様のお宅でしょうか?」
『はい』
「おはようございます。私、リリアン女学園高等部二年の福沢――」
『おはようございます。少々お待ちくださいね』

 はぁ、なにか喋っている途中によく割り込まれる気がする。最後まで喋らせてほしいと思うのは、やっぱり我侭なのだろうか。

『祐巳さんおはよう。体の調子は?』
「おはよう由乃さん。大丈夫、元気になったよ。ごめんね心配かけて」
『本当、縛り首ものよ。だから今日は首に抱きついてあげる』
「えーーっ、遠慮しておきますっ」
『冗談よ』
「はぁ」
『で? わざわざ電話をかけてきたという事は何かあるんでしょ』

 由乃さんは鋭い。こういうところかなわない。

「ご明察。福沢祐巳、瞳子ちゃんをゲットするため玉砕覚悟で勝負に出ます。だからお願い、由乃さんに手伝ってほしいの」
『よく言った! それでこそ私の親友であり真友よ。骨は拾ってあげるから何でも言ってちょうだい。ふふふ、腕が鳴るわ』

 妙にハイテンションだ。少し不安になる。

「えーとね、まず三年生のお姉さま方と白薔薇姉妹には内緒にしたいの。これは私と瞳子ちゃんの問題で皆には関係な――」
『ええ、その方が良いわね』
「は?」

(と、この場合深く追求しないのが得策か。嫌な予感が)

「でね。知り合いの一年生達に協力してもらって、ちょっとしたスパイス入りの噂を流してもらうんだけど、
由乃さんはお昼に瞳子ちゃんを薔薇の館に連れて行ってほしいの。それに可南子ちゃんもついてくると思う」
『そこが決戦の舞台ね』
「う〜ん。まぁそうとも言うけれど。あ、噂になっていると思うので避難とか何とか理由つけて穏便にね?」
『うっ、先を読まれた気分だわ』
「はぁ。お願いだから穏便にね?」
『わかったわよ』
「今から家を出るから」
『今から? 早いわね。なら温室の裏で合流しましょ』
「準備もあるから。って裏? 中じゃなくて?」
『そう、それくらい用心しないと。野次馬と新聞部から逃げ回るんでしょ? 待ってるわ』
「よくわかるね。それじゃあ桂さんが朝練してると思うから誘っておいて」
『ふふふ、祐巳さんの考える事なんてお見通しよ。桂さんね、了解』
「もうっ。『じゃあ後で』」

 それだけ確認して電話を切る。では行ってきます。

     〜     〜     〜

◆ 早朝、リリアン女学園正門、バス停前

「じゃあお願いね、お昼に三人とも迎えに行くから」
「はい。“藍子”“のぞみ”“千草”以上三名、共同で事にあたりますっ!」

 藍子ちゃんの合図で、なぜか敬礼する三人。
(……つっこんだほうがいいのかな? いや)

「力まなくてもいいの、いつも通りでね。色んな場所で三つの噂話を広めてくれるだけで良いのよ。リラックス、リラックス」

 噂の内容は次の三つだけ。
 『白薔薇さまが多姉多妹制を提案したらしい』
 『白薔薇さまが二人目の妹を松平瞳子嬢にしたらしい』
 『紅薔薇のつぼみも何人かの妹を持ったらしい』

(志摩子さんのことを少しばかり借用しちゃうけれど、ごめんね。後で謝らないと)
 でも志摩子さんは本気だったから。私も本気にならないと。
 三人を先に行かせて、後からゆっくりと歩いていく。賽は投げられたのだ。

(昼には終わらせなきゃね)
 どれも凄い内容だけど、これなら“あっ”という間に広まっちゃうけど、でも噂なのだ。
 噂は噂、真実とは限らない。でもそういうものは少しの真実が加わる事によってより現実味を増すのだ。と誰かが言っていた気がする。
 事を裏で運ぶのは先代の薔薇様方。こうやって外堀を埋めていくのは祥子さま(……と、青田先生?)
 こんな事初めてだ。今まで見て覚えた事を総動員している自分に我ながら恐ろしいなと祐巳は思った。

 真実ではない噂は真実が載った新聞で覆す事ができる、けれど逆はできない。
 もし白薔薇革命や一連の騒動が説明無しに新聞に載ってしまったら志摩子さんを助けられなくなっちゃう。
(だから真美さん。三奈子さまみたいに暴走しないでね、信じてる。いつもみたいに原稿チェックさせてね、逃げるけど。後でいくらでも取材を受けるから)
 祐巳は背の高い門をくぐり抜け、心の中で先に謝っておく。

(でももし、真美さんが暴走したりしちゃったら……ごめんなさい)

     〜     〜     〜

◆ 早朝、リリアン女学園、古い温室

「祐巳さん、ごきげんよう」
「桂さん、ごきげんよう」

 桂さんは由乃さんに『祐巳さんのピーンチ』とか言って呼び出されたらしい。
 由乃さんてば。まぁピンチと言うか一大決心というか、そうなんだけど。
 誰もいないのを確認して温室に入り。誰かが温室に近づいても気付いて隠れられそうな場所を探し三人会議をはじめる。

「あのね、桂さんにお願いがあるの」
「何? 何? 私は良いわよ」
「桂さん、祐巳さん。まず説明をしてそれからよ。実はね」

 『白薔薇さまが多姉多妹制を提案したらしい』
 『白薔薇さまが二人目の妹を松平瞳子嬢にしたらしい』
(由乃さん、はしょった?簡潔すぎるけど)

「と、こう言うわけなのね。これを噂として広めてほしいの」
「良いけど。はぁ。私、乃梨子ちゃんに助言したんだけど、意味がなかったのかなぁ」
「ううん。桂さんの気持ちは乃梨子ちゃんになら伝わっていると思う。きっと心配してくれてすごくありがたいと思ってるよ」

 祐巳が答えると桂さんは、ほっとしたようだ。

「でも多姉多妹制って……もしこれが正式に認められれば、一姉一妹制である現在の姉妹制度は必要ないと言っているのと同じかしら?」
「そ。人気のある上級生に集中する下級生。あるいは人気のある下級生に集中する上級生。あるいは多くの上級生と多くの下級生が大家族の様に、いわば姉妹制度の基本に戻る訳だけど。現代ではこれは難しいわね」
「いわば弱肉強食の世界よね」
「じゃっ、弱肉強食?」
「多姉多妹の強者はいつでも姉妹を取替えできるし、嫉妬や浮気などという概念もなくなる。面倒だからロザリオなんてのも必要無いの」

 桂さんと由乃さんが凄く難しい話をしている。ついて行くのがやっとだ。

「志摩子さんの意図はわからない。けれど私はその志摩子さんの妹になった瞳子ちゃんを妹にしたいの。私で良いと言ってくれたらだけど。それに私は多姉多妹制には反対だから、瞳子ちゃんに誰を姉にするか選んでもらうの。だから桂さんには『紅薔薇のつぼみも何人かの妹を持ったらしい』と言う噂も一緒に広めてほしいの」

 祐巳がそこまで言い終えると、桂さんと由乃さんが微笑んでくれた。

「祐巳さんが瞳子ちゃんを信じるため、よね?」
「うん……、瞳子ちゃんをいじめることになるのは辛いけれど。でも瞳子ちゃんの本心が知りたいの」
「なにウジウジ言ってるのよ祐巳さん。瞳子ちゃんも志摩子さんのロザリオを受け取ったんだから、これでおあいこ。略奪愛よ」
「「………」」

     †     †     †

◆ おまけ、リリアン女学園、某所

「祐巳さんは逃げ回る覚悟と準備が出来てるけどね」

 由乃は腕を組み一人ほくそえむ。
(ふふふ。多姉多妹制に賛成した人は大変よね)
 一年生たちに追いかけられて囲まれて『私も妹にしてください』『私も』『私も』って言い寄られる。
 あの提案は、真実だから嘘とは言い難い。もしかしたら三年生にも追いかけられたり。

(頑張ってね、乃梨子ちゃん。あなたもなのよ)


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