高等部からの外部入試の面接。
二条乃梨子の面接が進んでいた。
「じゃあ、第二問。化学記号の……」
するどいツッコミにたじたじとなった四谷先生が、必死で立て直しを図っているのだが、もう勝敗は決している。
一次試験で、最難関の受験校でも突破できる成績で首席のこの子に、そういう質問をこれ以上しなくてもいいだろう。
さっきのツッコミで詰め込み勉強だけじゃなく機転が利くのはよくわかった。
「四谷先生、もう結構です。」
この子、欲しいわ。
リリアンには、よくしつけられたお嬢様は多いのだけれど、こういう健全な外の常識を持った生徒が少ない。そう、たとえばもし、あのとき聖と栞のそばにこの子がいたらどうなっただろう。ふっと、今年送り出す紅薔薇水野蓉子の顔が浮かぶ。あの子は生真面目すぎた。
それなら、この子は。ふと、いたずら心がわいた。
「二条さん、我がリリアン女学園はカトリックの学校です。あなたはキリスト教のお祈りを唱えることができますか。」
「アーメン」
うわ。ふふふ、ここの面接に来る子は主の祈りくらいは覚えてくるものだけれどね。いいわこの子。
「キリスト教について、あなたの知っていることを教えてください。」
「はい、1549年フランシスコ・ザビエルによって…
くくく。ほんとに教義もなにもしらべてこなかったのね。
「化学だけでなく日本史も得意なようですね。」笑いを押し殺してつぶやく。
「その他にはもうないですか?」鹿取先生。やはり笑いを押し殺しながら。
「えっと。−−−キリストの母親はマリア。」
「正解です。」あなたも気に入ったみたいね、鹿取先生。
「では、この学校を志望した理由を。」
「この学校出身の大叔母の希望です。」
「ほう。」
え・・・・。
二条という姓は多くない。四谷先生が身上書類をめくっている。この子の大叔母となれば私と同じ年代になるはずね。
両親は公務員と教師。通学できる距離ではないので大叔母の家に下宿すると、ああ、やっぱりそうだ。
二条菫子。せい子との深すぎる交際を最後まで心配してくれたあの人と、こんなところで。
ずっと、連絡も取ることはできなかった。せい子を喪った私には。
でも、奇跡がせい子に会わせてくれたのだから、もう菫子に会うことだってできるはず。
そう、菫子がこの子をここへ来させたのね。
あらためて見れば、菫子に似ているわ。この子。
「では、あなたの希望は別の所にあるのかしら。」
「はい。」
二条乃梨子は、間髪を入れずはっきり答えた。
黒い瞳がまっすぐこちらを射る。
しかし、この子との縁はこれだけでは切れないだろう。
そう、この子には白薔薇の香りがするのだ。
「そうですか、第一志望校に合格するといいですね。」
そう私はエールを送った。たとえリリアンに入らなくても、この子は私の運命に関わってくる、そんな気がする。出会い、というのはそういうものだ。
「おそれいります。」
「はい、いいですよ。ご苦労様」
「ありがとうございました。」
一礼して部屋を出る二条乃梨子。
「はっきり、いいますね。」四谷先生。
「まあ、すべり止めでしょうから。」鹿取先生。
「いいえ、みていてごらんなさい。あの子はここへ来るわ。」
「また学園長の予言ですか?」
「そう。あの子にはなにか惹かれるのよ。同じ匂いがする、と言ったらいいのかしら。」
「まあ、とにかく合格ですね。来てくれるかどうかは別として。」
「そうしましょう。」