jokerさんが骨格を作り、諸般の事情により、ケテルが贅肉を付けてみました……。
No.549→No.578→No.628→No.639→これ。
夜よ、夜よ、夜の国。
魔と豊穣の 夜の国。
守りたまえや――
「―――目標物発見。 …約半径二百、志摩子の催眠結界が効いていますわ」
赤い満月が輝く夜。 一人のドリル髪の少女がビルの上から体に似合わない大きな狙撃用ライフルのスコープを覗いている。
ビルの谷間に忘れられた用に残されている”封印の十字架”。 その周囲の状況は決して有利とは言えないように思われた。
「――敵はブリジット志摩子、エセルバートちさと、鉄扇寺可奈子、刃 祐麒……今回はオールスター勢揃いですわね」
「…ああ」
少女の言葉に、漆黒のマント着た人物が呟くように答える。
「動きを読まれていたのね……どこかで志摩子の網にかかったのかしら」
「一度出直します?」
ライフルを降ろしスコープから目を離したドリル少女に、マントの人物はフッと笑みを浮かべる。 髪をまとめている血の色に似た赤いリボンが風に揺れる。
「そんな余裕はないだろう?」
マントの人物は自嘲的な微笑を浮かべる。
「これだとやっぱり数が多い方が有利だからなぁ〜…」
見上げてくる少女の心配そうな様子に気付き、やさしい微笑みながら頭を撫でる。
「心配ないわ…。瞳子の方こそ見つからないようにね」
「…はい!」
瞳子と呼ばれた少女は少し安心したような表情をし頭をなでている手に自分の手を重ねて、言葉を告ぐ。
「――では、祐巳様にいと高き月の恩寵を」
「――ええ、瞳子にも!」
漆黒のマントが翻り黒い翼をはためかせ祐巳が闇に溶けるように躍り上がる。 目指すは封印の十字架。
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静かな夜の街。 一人の女性――ブリジット志摩子が封印の十字架の前でたたずんでいる。 周りの気配を探り、周囲に配置した仲間に念波で指示を出す司令塔として。 そして仲間が突破された時の最後の砦として。
周囲に張り巡らせている警戒網の空気がついに動いた。 事前に張ってあった網からの情報で来ることは分かっていたことだが……。 祐巳の接近に気付いた志摩子は三人に念波を送る。
《来たわ! 赤バラよ! 北北西四百メートル上空! ひとりよ!》
志摩子の念波に可奈子が答える。
《「ドリル」はどうしました?》
《半径七百以内にはいないわ》
その報告にちさとが答える
《警戒お願いします。たいした魔力も無いのに何やるかわかりませんから》
《大丈夫。 発見次第おさえる…それと…祐麒! わかっていますね? 暴走しないように!》
だが、祐麒と呼ばれた少年は命令には応じず、ゆらりと立ち上がると静かに鯉口を切り、刀を鞘から抜く放つ。
「知るか…俺は殺れる時は殺る―…何があろうと!!」
そして、視認出来る距離まで近付いてきた祐巳めがけて猛然と飛翔する。
(赤バラ……お前が由乃にしたように…今夜こそ磔にしてやる!!)
飛翔してくる祐麒に気付いた祐巳は、冷静に右腕に魔力を集中させると刃を展開させる。
「赤バラアアアッ!!」
二人の刃が、赤い満月の照らす中する激しく交差する…………
* * * * * * * * * * * * *
「却下よ却下! 菜々! 私が死んじゃってるじゃない!」
由乃は菜々が書いて来た劇の台本をテーブルに叩きつけた。 飲みかけだった紅茶がカップごとびっくりしたように飛び上がる。
「大丈夫です。 お姉さまにはこの後、50代目ブラックスワンとして登場してもらいます。 ちなみに乃梨子さまはアーデルハイトの役で出てもらいます」
「ふーん。 で〜菜々ちゃんは何の役で出るの?」
今にも暴走しそうな由乃をなだめすかしながら、祐巳が菜々に聞く。
「GM御前役です。」
ああ〜なるほど、と一同が納得する。
「それに、お姉さま。 今回祐麒さんは『お姉さまの為』に『お姉さまを想いながら』戦っているのですよ? もし別の役にするにしても、これ以上の状況の向上は望めませんが?」
「ぐ…、確かに……。 もし祐麒くんが赤バラ役だったら……モテモテになって、私としても面白くないわね……」
菜々の正論に、由乃もしぶしぶと席に座るしかなかった、これで山百合会の今年度の劇の題目は決まるかと思われた。
………が……。
その日の夜、福沢邸でその思いは覆された。
「…却下!」
祐麒の有無を言わせぬ反対意見に、祐巳も戸惑う。
「な、なんでなのよ? 結構うまく書けていると思うし、予算も何とかなりそうだし。 まあ、強いて言えばアクションの部分に問題ありそうだけれど、練習で何とかカバー出来そうだし。 別に不都合は無いでしょ?」
少し語調を強くして問掛けてくる祐巳に、祐麒が視線を少し泳がせながら答える。
「い、いや……その〜。 リ、リリアンで…ヴァンパイア物って言う時点で不味い気もする…し……あ〜〜違う! そうじゃ〜なくて!」
「じゃなくて、なによ?」
「……どういう理由であれ、由乃さんが死ぬ設定だけは許せない! 絶対に!!」
「…………」
《……あ〜〜、さいですか。 このバカップル!》といった視線を弟に向ける祐巳であった。
結局、花寺生徒会長の猛反対によりこの案も流されてしまった。
(劇、いつになったら決まるんだろ……)