とある日の放課後、祐巳が薔薇の館へ行くために中庭に足を踏み入れた時のことだった。
おかっぱ頭が少し伸びたようなストレートヘアーの女の子がスカートのプリーツが乱れるのも構わず、バタバタと祐巳の目の前を駆け抜けていった。
「あれは……乃梨子ちゃん?」
その直後。
「「乃梨子さまー」」
高等部のとよく似ているがタイの所がリボンになっている中等部の制服をやはり同じようにプリーツを乱してこれまたパタパタと足音を踏み鳴らして駆けていく少女たち。
少女らの巻き起こした風が祐巳の両側で結ばれた髪先を揺らしていった。
「……なんでこんなところに中等部の子が?」
その様は、以前バレンタインデーに祥子さまのカードを狙う人たちから逃げ回っていた祐巳自身を思い起こさせた。
「なにやってるんだろう?」
祐巳が首をかしげていると今度は後方から同じように足音が聞こえてきた。
「こっちへ行きましたわ!」
「乃梨子さんをとられてしまいますわ」
「失うわけにはいかない逸材なんですわ」
「って、瞳子ちゃん?」
校舎から飛び出してきたのは瞳子ちゃんと、あと誰だっけ、確か瞳子ちゃんのクラスメイトが二人。
「ゆ、祐巳さまっ!?」
「何をしているの?」
「い、いえ、大したことではありませんわ」
なにか悪戯をしようとしていて母親と出会ってしまったような態度?
「急いでいますのでそれでは!」
「待って!」
祐巳は背中を見せたまま立ち止まった瞳子ちゃんの前に回って抱き付くように両手を首の後ろに回した。
「なっ! 何を……」
「タイが乱れてるよ?」
そう言って襟を整えてからタイを結び直した。
その様子を見ていた残りの二人は。
「それでは瞳子さん、私たちはお先に」
「失礼しますわ」
二人は早足にさっき乃梨子ちゃんが走り去ったほうへ向かった。
「あ、あなたたち、校内を走っちゃだめよ?」
祐巳がそう声をかけると「はーい」と声をそろえた返事が返ってきた。
(逃げましたわね)
「ん? 何か言った?」
「いいえ、なんでもありませんわ」
ちょっと頬を赤くして目をそらしつつそう答える瞳子ちゃん。
「これでいいわ」
「ありがとうございます」
「で、何をしてたのかな?」
祐巳はなるべく『怒ってないよ』って笑顔のつもりでそう言った。
「な、何でもありませんわ」
「さっきの、乃梨子ちゃんが追いかけられてたのと関係ある?」
面白いくらい表情を変える瞳子ちゃん。
お姉さま方の気持ちがわかる気がする。なんかクセになりそう。
「由乃さんに聞いたんだけど最近乃梨子ちゃんとかと中等部に行って何かしてるんだって?」
「し、知りませんわ!」
「そう、シラを切るんだ……」
どうやって責めようかなーっと、ちょっと楽しんでしまう祐巳はちょっとサド気あり?
その瞬間だった。
一陣の風と共にすごい勢いで黒い影が祐巳の前を横切り、瞳子ちゃんをさらって去っていった。
一瞬のことであっけにとられる祐巳。
「……なんだったの?」
ツインテールが空しく風に揺れる。
こんなリリアン学園の放課後。
無理やり終わる。