「昨日の帰り道、途中で道草食っちゃったよ」
「いいわね祐巳さんは。私なんて家が近いから、滅多に道草なんて食えないわ」
「私も帰宅時間が長いから、あまり道草食ってる時間がないわね」
祐巳、由乃、志摩子の二年生トリオが、薔薇の館で雑談していた。
その様子を、静かに見守る乃梨子と瞳子の一年生コンビ。
「まぁ、特に用がなければ道草なんて食わないしねぇ」
瞳子にしか聞こえないような小さな声で、乃梨子はそっと囁いた。
「……」
眉を顰めて、二年生たちを見ている瞳子。
「瞳子は、道草食うのは反対?」
「え?あ、いいえ。別に構わないと思いますわ」
「そう?その割には、嫌そうな顔してたみたいだけど」
「そ、そんなことありませんわ。食う食わないは、本人の自由ですし」
「そりゃそうだろうけどね」
「私は食べたことありませんけれど…」
「?」
なんだか違和感があったが、三年生の薔薇さまたちが来たので、そのまま忘れてしまった乃梨子だった。
「祐巳さま、私も昨日、道草食ってしまいましたわ」
嬉々として、祐巳に話し掛ける瞳子。
「へぇ、瞳子ちゃんもそんなことするんだ。いつも真っ直ぐ帰ると思ってたよ」
「そりゃ、私だって道草くらい食べますわ。でも、あれって全然美味しくないですわね」
『へ?』
その場に居合わせた全員が、アンタ何言ってんだ?と言わんばかりの目で瞳子を見た。
「苦くて、青臭くて、とても食べられたものじゃありませんでしたわ」
冷や汗を流して硬直する一同だったが、納得したのか、誰ともなく咳払いする。
困った表情の祐巳を肘で突付いて、唇の動きだけで「あとは任せたわよ」と言った由乃は、そのまま何事も無かったかのように振舞う仲間に加わった。
「あのね、瞳子ちゃん」
「はい?」
ほっとくわけにも行かない、祐巳は瞳子に話し掛けた。
「道草食うのは、体にあまり良いことじゃないから、もうやらないようにしようね。私も二度としないから。ね?」
「そうですか?祐巳さまがおっしゃるなら、私もそうしますけれど」
「うん、そうしてくれると嬉しいよ瞳子ちゃん」
仕方がありませんわね、とでも言いたいような顔の瞳子だった。
さすがの祐巳も、本当のことは言えなかった。
まさか瞳子が、“道端に生えている草”を食べるなんて、思いもしなかったから。
「お嬢様って怖いなぁ…」
祐巳は、誰にも聞こえないように小さな声で呟いた。