【653】 心中穏やかではない突き放す愛のカタチ  (篠原 2005-09-28 04:04:30)


 がちゃSレイニーシリーズ。【No:610】と概ね同時刻……ちょっと後か。蔦子 side ということで。


 正直、このお祭り騒ぎは蔦子には理解し難いものだった。
 黄薔薇革命のことからも大騒ぎになるだろうとは思ったが、ここまで酷いとは思わなかった。
 さて、笙子ちゃんはどうしてるだろう、と思ったそばから目の前を駆け抜けるふわふわの髪。
「笙子ちゃん!」
「あ、蔦子さま」
 いつもの笑顔、ではなく、一瞬気まずそうな表情を見せる笙子に蔦子は表情を曇らせた。
「どうしたの?」
 聞くまでもなく、笙子を追って2年、3年の生徒達がわらわらと現れる。
 まるでゾンビだな。蔦子はひそかにそう思った。
「あ、えと」
 思わずといったふうに蔦子の後ろに隠れる笙子ちゃん。

 ざわっ

 周囲に動揺の気配が走る。
「で?」
 蔦子は一文字で状況説明を促した。後ろに隠れた笙子ちゃんに視線を向けると、笙子ちゃんはぷるぷると首を横に振って見せた。ついで蔦子は、冷ややかな視線を追ってきた生徒達に向ける。


 笙子が蔦子にベッタリなのは既に学園内では有名な話だ。
 とはいえ、未だスールの契りを交わしたという話は伝わっていない。ならば遠慮するいわれはないはずだ。ましてや多夫多婦制となればなおさらのこと。3年生の何人かが代表してそういったことを告げる。多夫多婦制は別としても、姉でもない蔦子にとやかく言われる筋合いは無い。


「大勢で一人を追いかけているように見えたから割って入ったのだけれど、そういうことなら私は関与する気はないわ。どうぞご自由に」
 冷ややかな口調でそう言って、蔦子さまは笙子の前からその身をどけた。
 別に、「私を倒してからにしなさい」なんて言葉を期待していたわけじゃない。けれど、これはちょっとショックだった。少しは庇ってくれると思ったのに。
 悲しくなって蔦子さまを見上げると、一瞬だけこちらを見た蔦子さまは、すぐに前方に視線を戻して言葉を続けた。
「受け入れるならこれ以上追いかけられることはないでしょうし、面と向かって断られても追いかけてくるような恥知らずはこのリリアンには居ないでしょう。どちらにしても逃げ回る必要はなくなるわ」
 ひやり、とする物言いだった。場が硬直する。
「ごめんなさい!」
 笙子は慌てて前に出ていた。
「私、皆さまのロザリオを受け取る気はありません。本当にごめんなさい」
 皆に向かって頭を下げる。


 こうまではっきり言われて、なおかつ大本命と思しき蔦子を前にして、それ以上食い下がるものはその中には居なかった。



「お騒がせしまして……」
「別に笙子ちゃんのせいではないでしょう」
 蔦子さまは優しい笑顔を向けてくれたけど、すぐに険しい顔になる。
「それにしても、皆も何を考えているんだか」
「私は、少しわかります」
「え?」
 驚いた、というよりは、意表をつかれた、という顔だった。
「私だって普通のリリアンっ娘並には興味ありますもの。蔦子さまもおっしゃっていたじゃないですか。ロザリオの授受に込められたものは重いんだって」
「だったら尚更よ。こんな軽々しく騒ぎ立てるようなものじゃないでしょう」
「申し込む側も応える側も、勇気が要りますから。こんな風にお祭り騒ぎにまぎれての告白なら、断られても傷が少なくて済みますし」
「それはそれで真剣味が足りないんじゃない?」
 その冷めた口調は、いつもの蔦子さまらしくないな、と笙子は少しだけ思う。
「でも、今まで言い出せなかった人にとっては、なによりきっかけになるかもしれないじゃないですか」
「浮かれてか、自分の考えも無しに感化されてか、私にはその程度にしか見えないけどね」
「そういう人もいるかもしれないけど……」
 その人の胸の内は、その人にしかわからない。笙子自身、蔦子さまに妹にして欲しいとは言い出せないからこそ、そんな人達ばかりではないと思うのだ。いや、思いたいだけかもしれないが。それが無下にできなかった理由でもある。

「全てがそうとは限らないと思います」
「どうかしらね」
 そう返して、蔦子は今更ながらに今日の笙子ちゃんはなんだかいつもより食い下がるな、と思った。
 あらためて見た笙子ちゃんは、蔦子の目を真っ直ぐに見て、そして言う。
「姉妹を持つ気の無い蔦子さまには、わからないことかもしれませんね」
「………そう、かもね」
 今回、先に目を反らしたのは蔦子のほうだった。
「邪魔をしてしまったのなら、悪かったわ」
「いえ。あれは助かりました」
 そう言った後、笙子ちゃんは何故か一瞬きょとんとした顔をして、今度はいつものようにニコッと笑った。
「ありがとうございました」
 ………よくわからないコだ。そういえばたまに突拍子もない行動に出るし。
「とりあえず部室に行きませんか? ここにいるとまた誰が来るとも限りませんし」
「え? ああ、そうね」
 ふう、とため息をついて蔦子は眼鏡に手をやった。
「蔦子さま、早く!」
「わかったわかった」
 姉妹問題に関してはどうやら蔦子の方が分が悪いらしい。笙子ちゃんに引きずられるように移動しながら、蔦子はぼんやりとそう思うのだった。


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