【654】 ドリルがスキンシップひととき  (くま一号 2005-09-28 08:35:51)


がちゃSレイニーシリーズ
祥子、新境地  【No:610】 風さんのつづきです。


 祥子は新聞部に申し入れをするためにクラブハウスへ来た、のだが。
ここへ来るまでが大変だった。
「私の妹は祐巳だけでしてよ。」
「姉妹複数制を取ろうなどという話が決ったわけではありません。山百合会が決める話でもありませんわ。」
「あなたを妹にする理由がありません。あなたもあなたもあなたも。ないと言ったらないのです。」

 はあ。
さすがに疲れて、新聞部のドアをノックする。自分の方からここへ足を運ぶのはいつ以来だろうか。

 返事がない。
「だれもいらっしゃらないの?」
ドアを開けると……だれもいらっしゃらないのね。はいはい。
自分たちも朝拝に出なければいけないのだから、号外の配布はいつも予鈴の10分前にはやめてしまうはず。なにをやってるのかしら、と周りを見渡せば……そういうことか。

 真美さん、その細かな配慮と男前と言っていい決断力。ひそかに慕う一年生が多く日出実さんが射止めた、という話が伝わった時にはなげいた一年生も多かった。あの暴走三奈子にはもったいないと思っていた三年生だって多かっただろう。
 その日出実ちゃんといえば、まあかわいくない一年生の代表なんだけど……みんな一度は待ち伏せ食らったことくらいあるから。でも真美さん譲りの気配りは忘れない子だったと思う。

 ふーむ。当人達も追いかけられているのか。まあ、それもいいだろう。号外配っていたくらいだから、校門かマリアさまのあたりできっとつかまっているのに違いない。

 さて、戻らなくては。

 ……ん?

「瞳子ちゃん? 瞳子ちゃんでしょ? 出ていらっしゃい。」
そう、あなたも新聞部に文句があってきたわけね。
「紅薔薇さま。」
「あなたはこの大騒ぎの中で追いかけられていないのね。」

「今、私に声を掛ける方は居ませんわ。声を掛けて欲しい人にも会いませんでしたし。」
目を伏せてつぶやく瞳子ちゃん。「ここまで素通りして来ました。」

「祥子お姉さま、私……。」
「あなたはがんばったわよ。瞳子ちゃん。あなたは何も考えずにそのまま祐巳にぶつかればいいの。」
「でも、祥子お姉さま! 私は祐巳さまにとってなんなのでしょう。あの彩子大叔母さまが末期(まつご)のとき、もしも、もしもわたくしがいなかったら、祥子お姉さまと祐巳さまは仲違いすることがなかったのではありませんか? わたくしがいたから祐巳さまは傷ついて祥子お姉さまを信じることができなかった。祥子お姉さまはわたくしがいたから祐巳さまに正直なことを言うことができなかった。違うのですか?」

「違ってよ。瞳子ちゃん。」
優しく髪をなでる。
「私が休んでいる間、あなたは薔薇の館に手伝いに来ていたのよね。呼んできたのは祐巳なんでしょ?」
「そうです。でも。」
「でもは、なし。あの子はそのあとも何度もそういうことをしているわ。仲違いしたままではいられない相手は自分の懐へ引きずり込むの。うまいのよ。あなたのほうがよく知っているのではなくて?」
「そうです。でも。」

「じゃあ、逆にあなたがあのときいなかったらどうなったと思って?」
「わたくしが、いなかったら、ですか。」考え込む瞳子ちゃん。

「私が彩子お祖母様の所に行ったままになっている。瞳子ちゃんがいない。あなたなしで、祐巳が立ち直れたとでも思っているの?」
「え? 考えたこともありませんでした。」

「じゃ、考えてごらんなさい。聞いているわよ。あのころから始まったんですってね。セクハラ祐巳。まったく聖さまったらなにを教えて御卒業なさったのやら。」
「あ・あ・あああ・あの。」
「あなたに、見損ないましたって怒鳴られて、そのあなたを薔薇の館に引っ張り込んで、そしてあなたは祐巳を支えてくれた。違う?」
ふわり、と瞳子ちゃんを抱きしめる。

「祥子お姉さま。」少し上気した顔で見上げる瞳子ちゃん。

「包み込んで守るのが姉。支えるのが妹。ちゃんとあの時から祐巳を支えてくれていたのよ、あなたは。」
「……。」
「だいじょうぶ。そんなことがわからない祐巳ではないわ。いえ、わからなかったから志摩子が祐巳のおしりをひっぱたいた。これでもわからなかったらこんどは私がおしりをひっぱたいてあげてよ。」
「あ、ありがとうございます。」こらえきれずにすすりあげる瞳子ちゃん。

「それ、よこしなさい。」
「は?」
「志摩子のロザリオ。もういらないのではなくて?」
「でも、これは直接志摩子さまにお返しした方が。」
「そう、あなたがそう思うならそうすればいいわ。今日は、祐巳と約束しているの?」
「いいえ、なにも。」
「この騒ぎ、おおかた、二年生三人がそれぞれ暴走したんでしょう。たぶん由乃ちゃんが意地になって先頭に立ってね。あなたが今日は声を掛けられそうもないなら、祐巳とゆっくり話すチャンスも増えるわ。」
「はい。」
「今度は逃がしちゃだめよ。」
「はい、祥子お姉さま。」

キーンコーン

「予鈴がなったわ。急ぎましょう。」
「はい、お姉さま。」


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