【655】 紛れもない大阪弁で  (朝生行幸 2005-09-28 14:14:47)


「なんでやねん」
「なんでやねん」
 さわやかなツッコミが、澄みきった青空にこだまする。
 しかし、あまりにも爽やか過ぎるのは、アクセントがおかしいからか。
 いま、リリアン女学園一年生の間では、大阪弁が大流行していた。

 どちらかといえば、あまり流行には振り回されたくないのが信条の、白薔薇のつぼみこと二条乃梨子は、にわかに流行り出した、関東モンがよく口にするようなエセ大阪弁に対し、嫌悪感を露にしていた。
 クラスメイトのヘタクソ極まりない大阪弁に、溜息が止まらない状態。
「もういい加減にしてよ!喋られない方言なんて、無理に使わないで!」
 5時限目と6時限目の間の休み時間、乃梨子の叫びに、教室が静まりかえった。
「乃梨子さんは、大阪弁がお嫌いなのかしら」
「大阪弁に限らず、方言は嫌いじゃないわよ。嫌いなのは、聞くにたえない下手な方言だけ」
「あら?どうして乃梨子さんは、人をそこまで下手と言い切れるのかしら」
 まるで、下手と言われたのが心外だと言わんばかりの瞳子。
「…私、本場の大阪弁が使えるからよ」
 しぶしぶと、理由と説明する乃梨子。
 乃梨子の大叔母菫子は若い頃、大阪に10年ほど住んでいたという。
 独特の節回しとテンポに魅入られた乃梨子と妹は、菫子に教わりながら、ほぼ完璧な大阪弁をマスターしたのだった。
 今の状態で理由を人に知られると、またぞろ寄って来られると思ってたので、あえて黙っていたのだが…。
 案の定、クラスメイト全員の視線が、乃梨子に集中する。
「乃梨子さん、ぜひ本場の大阪弁を教えて下さいな!」
「私もお願いしますわ!」
「いえ、私が先です!」
 いつものように、乃梨子をめぐってドッタンバッタン大騒ぎ。
 相変わらず、変な方向でモテまくる乃梨子。
「乃梨子さんは、私に教えてくださるのです!」
「いいえ、最初に教わるのは私ですわ!」
「私に決まってます!」
「誰があなたなんて!」
「いいえ私が…」
『乃梨子さん!当然私達に、大阪弁を教えて下さいますわね!?』
 奪い合っても埒があかないと判断したのか、一部を除いた全員が、乃梨子に詰め寄った次の瞬間。
 
「なんでやねん!!!」

 乃梨子の完璧な発音の「なんでやねん」が、椿組の教室に轟いた。

 6時限目は、授業にならなかった。


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