「・・・由乃さん・・・居ませんね・・・よしっ!」
お隣の玄関を覗きこみ、誰も居ないことを確認すると足早に家を出た。
このところこうやって由乃に見つからない様に出かけるのが週末の恒例になりつつある。
家がすぐ隣だからバレナイようにするのは大変なのだ。
「行ったみたいね」
「だね・・・で、どうするの?」
「後をつけるに決まってるじゃない!行くわよ祐麒君」
祐麒君は由乃から「正月あたりから令ちゃんの様子が変だ」と聞かされて、とうとう尾行にまで付き合わされる事になってしまったらしい。
どこが変なのか祐麒君が聞いてみると、一言「スカート穿いてた」とだけ。
祐麒君には女性がスカートで何がおかしいのか分からなかったらしいが、「令ちゃんは普段は動きやすいようにジーンズなんかのパンツスタイルだ」と聞かされてようやく納得したということだ。
そろそろバレンタインに向けてのセールに賑わうM駅前、駅の西コンコースに入ると彼の姿が見えた。
「お待たせ。寒くなかった?」
「いえ、僕も今来たところですから」
そっと彼の頬に手を添えると、ひやりと冷たさが手に伝わってきた。
「こんなに冷たい・・・無理しないで」
「大丈夫ですよ。令さんの手が暖かだから、余計に冷たく感じるだけですよ」
彼の頬に当てた私の手に自分の手を添えて下ろしぎゅっと握って来る。
そして、手を繋いだままで「そろそろ行きましょうか」とエスコートしてくれる。
二人、手を繋いだまま歩き出そうとした・・・その時。
「れ・い・ちゃ〜ん」
地獄の底から響いてくるような声に呼びとめられた。
「よ、よしのひゃん?」
背筋を走る冷たい悪寒に思わず声も裏返ってしまう。
振り返るとそこには真紅のオーラに身を包んだ鬼が、釘バットを下段に構えて立っていた。
「何をコソコソしてるのかと思ったら、そんなショタっ子相手にデートとはねぇ」
「な、なんですか子供扱いしないで下さ、ひぃっ!」
由乃は凍りつくような視線で「谷中さんちのお坊ちゃまは黙ってて」と一瞥をくれた。
「あ、あのね由乃、由乃は祐麒君とのお付き合いで週末は忙しそうで・・・」
「わかってる」
「私もね男性とお付き合いしてみたいなぁ、と・・・歳の差はあるけど・・・」
「わかってる」
「それでは何にお怒りなのでしょう?由乃さま・・・」
「ふっふっふっふ、令ちゃんが私に隠れてコソコソしてるのが気に入らないってのよ!
私と祐麒君とのことで令ちゃんが寂しがってると思うから、ちゃんと誰かが側に居てくれるってんなら安心できるのに、それを!」
「あの、由乃さん・・・」
高々と掲げられた釘バットが振り下ろされる瞬間、祐麒君が肩をすくめ首を振ってるのが見えた・・・そう、止められないのね・・・。
今、私は彼の小さな膝に膝枕して貰っている。
あれから十分ほど釘バットでぼこぼこにされて、由乃の息があがったところで祐麒君が止めてくれたらしい。
由乃は「これからは令ちゃんの面倒はあんたがみなさいよ!」と捨て台詞を残して帰って行ったそうだ。
全身ずたずたで痛くてたまらないんだけど・・・由乃がこんなに私を心配してくれてたなんて、嬉しくて、結構・・・幸せなんじゃないかな、と思っている。