【658】 ミッションの味わい方  (8人目 2005-09-28 23:31:00)


『がちゃSレイニー』

     †     †     †

 早朝。マリア様のお庭の前の茂みで、なにやらコソコソと密談している三人の娘たちがいる。
 彼女たちのお名前は、藍子ちゃん、のぞみちゃん、千草ちゃん。一年生ですね。

「さて、さっき祐巳さまに頼まれた噂を流す前に、かわら版号外に載ってしまいましたけれど?」

 三人のリーダー格らしい藍子ちゃんが、まず問題を提起する。

「まさか新聞部が先に動くとは思いませんでしたわ」

 ノリ体質なのか合いの手を打つ、のぞみちゃん。

「祐巳さまは『新聞部には内緒にね』と仰ってましたから、関係がないと思いますわよ」

 大人しそうな千草ちゃんが、冷静に分析している。

「そうなのよねー。収拾がつかなくなるから、とも言ってましたし」
「「どうしましょうか」」
「「「はぁ」」」

 三人はそれぞれ、かわら版号外を手にプチ会議のようなものを開いていた。
 『白薔薇さまが多姉多妹制を提案したらしい』
 『白薔薇さまが二人目の妹を松平瞳子嬢にしたらしい』
 かわら版号外には、こんな事が書かれているのだ。

「号外には、祐巳さまのことが書かれてませんわ」
「祐巳さま、まだ誰にも言ってないって仰ってたじゃない」
「じゃあ、祐巳さまのことだけにしましょうよ。噂を流すのは」
「私も、それがよろしいかと思いますわ」
「賛成」
「なら、今から三人で行動するわよ。のぞみさんも千草さんも良い?」
「一人では心細いから助かるわ」
「ええ」

 ふーん。なるほど、そういうわけですか。では彼女たちの奮闘を見守りましょう。

     〜     〜     〜

 三人が一年生の下足室に入ると、かわら版号外の影響なのか、かなり騒がしい。

『号外はもう、お読みになりまして?・・・』
『ええ?あの白薔薇さまが?・・・』
『そうなの。それでね、この号外によると、瞳子さんを・・・』
『こうしてはいられないわ。それでは早速・・・』
『えー。あなた、お姉さまがいるんじゃないの?・・・』
『それはそれ、これはこれよ。先にお姉さまにも聞いてみますけれど・・・』

 その迫力に圧倒される三人。自分たちが関係者で訳知りで冷静なぶん、尚更だろう。
 そして自分たちが何も知らなければ、かなりの確立で仲間に加わっていたであろう事も。

「私たち理由を知っているから。傍で見ていると少し複雑よね」
「うーん。人のふり見て我がふり直せ、って耳が痛いわ」
「祐巳さまは“多姉多妹制”に反対でいらっしゃるから。私たちもそれを尊重していますし」
「そう、祐巳さまには幸せになってもらいたいから。良い?いくわよ」

 藍子ちゃんが号令を出して、かわら版号外の話をしている集団に近づき、行動を開始する。

「みなさん、ごきげんよう。ねぇ聞きました?紅薔薇のつぼみのこと」
「ごきげんよう。ええ、驚きましたわ。何人か妹を迎えたらしいとか」
「ごきげんよう。妹は誰なのかしら。もしかして、この号外と関係がありますの?」

『えっ!? まさか紅薔薇のつぼみまで・・・』
『それ本当?』
『号外にも白薔薇さまの事が書いてありますし・・・』
『本当かも・・・』

「うまくいったわね。次いくわよ」
「おー」
「ふふふ」

 順調に広めています。恐ろしいですね。

     〜     〜     〜

 それから三人は、お手洗いや廊下で、紅薔薇のつぼみの噂を広めていきました。
 お手洗いでは、個室が数箇所、埋まっているのを確認して。
 慣れたのか、廊下では立ち話や、すれ違いざまに話すという荒業などもやってのけました。考えてますね。
 内容は先程と同じなので割愛します。しつこいのは嫌われますから(笑)。

「結構ドキドキしたわね」
「少し楽しいかも」
「油断は禁物ですわよ」

 あのー、あなたたち。当初の目的は覚えてますか?

     〜     〜     〜

「これくらいで、どうかしら」
「十分だと思いますわ」
「調子に乗って、張り切りすぎたかもしれませんわ」
「あとは、祐巳さまが、お昼休みに迎えに来てくれるまで、いつも通りにしていましょう」
「そうね」
「のぞみさん。秘密を言っては台無しですから注意してくださいね。祐巳さまに顔向けできませんよ」
「わかったわよ千草さん。なぜ私だけ?藍子さんもでしょう?」
「私は大丈夫よ。口は堅いほうだし、周りを見てるだけで楽しいもの」
「もう。二人とも解かってらっしゃいますの?」
「「はいはい」」
「はぁ」

 この時、リリアン女学園高等部のそこここで、小さなドラマが展開されていた事は、三人は知らない。


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