【660】 焔の贈り物  (春霞 2005-09-29 01:48:11)


【No:619】:Sollaさま作 『瞳子がありえないだろ!』 
【No:647】:拙作     『サスペンス絶対領域全開』    の続きになります。 



「さて、まずはお楽しみ頂けました出しょうか。 本人曰く、紅をふった細川可南子嬢のマジックでした。 」 
 うおーー。 という、なんだかリリアンには有り得ないような歓声と拍手が沸き起こる。 
「恐縮です。 では、続きましては私の芸をお見せいたします。 支度をして参ります間しばしご歓談ください。 」 
 軽く一礼をすると、ビスケット扉の向こうへ消える。 閉まりしなに、瞳子に目配せをすると、何が嬉しいのか瞳子は楽しげに給湯室へ。 
 残る面々はというと、口々に可南子の芸を誉めながら、今宵ばかりは体重の心配を忘れて楽しくお茶菓子をぱくついている。 わけても祐巳は、それまでの由乃と瞳子の間の自席から立ち上がると、ほてほてと移動するや可南子の膝の上にちょこんと座った。 
 一瞬、その場を緊張が走る。 当の可南子は困ったような、嬉しいような複雑な顔でそうっと祥子の方を見やった。 
 祥子は可南子から贈られた大きな紅薔薇の花束に顔を埋め、深々と芳香を楽しんでいたが、祐巳のはしたない姿に、一瞬険を見せた。 それでも場をわきまえているのか、あるいは部外者の敦子と美幸がいるせいか、ため息ひとつで矛を収め、隣の令と談笑を再開する。 
 祐巳はといえば、そんな危険にも気づかずに可南子の袖を持ち上げては、 鳩は何処から出したのか、とか。 ひらひらしていたのは本物の蝶か、とか。 ずいぶんと可南子のマジックを気に入ったようである。 挙句の果てに、インパネスを何処に仕舞ったのかとばかりに可南子の服をまさぐり始めたものだから、さすがに祥子の雷が落ちた。 
「祐巳、はしたなくってよ!! 」 
 やりすぎな自覚があったらしい祐巳は、キャンッと首をすくめると尻尾を巻いてすたこら自席にもどって澄ましこむ。 このあたり蕾もずいぶん鍛えられたようで、だいぶ面の皮が厚くなっていた。 山百合会は来年も安泰か? 
 そうこうしている内に、瞳子が白い布で覆った何かを手押し車に載せて戻ってきた。 
 舞台の上に、もう一枚の白い布を広げると、傍らに台車をとめたまま、ビスケット扉をノックする。 
「乃梨子さん、よろしくて? 」 
 応えもなく扉が開くと、そこにはその銘にふさわしい真っ白い乃梨子がいた。 
 着物は白く。 袴は白く。 足袋も白く。 たすきも白い。 鉢巻きもまた白いが、そのしっとりとした射干玉(ぬばたま)の黒髪と、べにを指したようなその唇。 ふたつだけが鮮やかだ。 
 顔色は白を通り越してむしろ蒼白いところを見ると、準備と称して禊ぎでもしていたらしい。 可南子のすまなさそうな視線に気づくことなく、乃梨子は伏目がちにしていた晴眼を大きく開き、同時に第二視界(セカンド・サイト)をひらいた。 


 いかな可南子といえど、Sallosという公爵級の力を呼び込んだのでは無理もない。 その残り香や、眷属たちの足跡がそこここに黒々と残っている。 むろん、普通に見えるものではない。 幸い退出の儀はこの上もなく巧くやってあるし、普通に生活する分にはこの程度なら何の問題もないが。 リリアンの生徒会幹部室をこのままにしては置けない。 
 乃梨子は事前に相談してくれた可南子に内心感謝しつつ、舞台に上って傍らの台車から白布を取り去った。 
 白い乃梨子の清廉な気配に、固唾を飲んで見守っていた一同は、そこでほうっと息を吐いた。 あったのは何の変哲もない背の低い丸太ん棒が2つ。 誰もが拍子抜けする中、志摩子だけがその笑みを深くし、祐巳だけが小首をかしげた。 二人の様子に笑みを深くした乃梨子は、自分の前に2本の丸太を並べると、懐から木槌とノミを取り出した。 

 がつん。 一方の丸太の角を勢いよく削り飛ばす。 そのまま第二撃がくるのかと思いきや、もう一方の丸太の方に槌を振り下ろし、その角を削り飛ばす。 
 そのまま交互に槌を下ろすという不思議なやり方に周りがざわつく中、祐巳はじーっと乃梨子の手元を見つめていた。 

 きんのこな。ひのこな。あおのこな。 金の粉。 焔の粉。 蒼の粉。 
 乃梨子が槌を振るうほどに、その全身から綺羅綺羅とした金の粉が飛び立つ。 一方の丸太に注がれると呼応するように眩しい焔の粉が沸き立ち。 一方の丸太に注がれるや水晶の欠片のような蒼の粉が舞い降りる。 祐巳の目にはそんな風に見えた。 そして見えないものも有った。 
 輝く粉の残滓は、部屋の隅々にまで広がり、祐巳に見えない黒いものを焼き、静め、払拭してゆく。 

 玉散る汗に濡れながら、一刀一刀丸太に魂を注ぎ込んでいく。 
 ほどなく、荒削りながらも2体の像が出来上がった。 
 皆がいっせいに拍手する。 

「拙い芸ではございますが、令さま、祥子さま。 貰って頂けますか? 」 
 いつもは冷静沈着。無表情が売りの乃梨子が、満足感のあまり全開の笑顔で3年生に像を差し出す。 
 令はその笑顔にちょっとどきりとしながら像を受け取って、しげしげと見入った。 
「これ、不動明王? 」 
 降魔の剣を持ち、検索を持つ。 憤怒の相で牙をむく。 不動尊であろう。 だが本来男性の姿のはずが、胸元はふくらみ腰回りは円やかで、なによりも顔が由乃に似ている。 みつあみだし。 
「のーりーこーちゃーんー。 喧嘩売ってる? 」 大きく買うたるど。 われー。 
 淑女らしくない声をすっぱり無視して、もう一体を祥子に差し出す。 
「こちらは祥子さまに。 」 
「まあ、これは祐巳ね? 」 さすがに祥子さまは目ざとい。 
 頭の脇からツインテールが出ている時点で、もはや大決定らしい。  一応、宝冠をかぶり釧(くしろ)で身を飾り定印を結んでいるのだが。 
「今回は宴会芸ということで、一刀彫りの荒削りですが、預けていただければもう少し綺麗に仕上げて差し上げられますよ? 」 これは大日如来です、などとは一言もいわずに穏やかに告げる。 
「いいえ。これで良いわ。 これが良いわ。 祐巳の愛らしさと暖かさがよく現れていてよ。 」 
「うん。私もこれで良い。 由乃の事が良く表現されていると思う。 」 由乃にがぶがぶと噛み付かれたまま、令はさわやかに笑った。 

 喜んでもらえたらしい。 場も清められたし。 ミッションコンプリート、かな? 
「乃梨子。 シャワーを浴びてらっしゃい。 暖まるまで帰ってきては駄目よ。 なんなら私が付き添って行きましょうか? 」 
 ニコニコしたまま背中に焔を背負うという、器用な事をして志摩子が乃梨子に迫っている。 
 たしかに乃梨子の着物は全身ぐっしょりと汗を吸い、ここは暖房のない薔薇の館。 季節は冬である。 志麻子の言うことももっともだ。 

「ちゃんと自分一人で暖まってきます。 」 そんな焔の贈り物はいらないよう。 
乃梨子は小さくつぶやいた。 



褒められたかったのに、怒られちゃった。 (メソ 


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